表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様は、少々私に手厳しい!  作者: 守野伊音
第一章:再会
26/100

26.神様、ちょっと夢が見たいです

 これ以上怪我をしないように足元を気にしながら、ゼフェカについていく。鎖は途中で外してくれた。もう逃げないと判断されたのだろう。

 人払いがされているからか、普段からこうなのかは分からないけれど、廊下を歩いている時に誰かと擦れ違うことはなかった。等間隔で左右に兵士さんが立っているだけだ。

 そして、はたと気が付く。

 足元ばかり見ていたから、まったく道が分からない。どこをどう曲がったらさっきのえっけんの間、に戻れるのか分かる気がしない。こうなることを予想していたら、ちゃんと道順を覚える努力はしたのに!

 覚えられるかどうかは、また、別のお話である。

 そして、『えっけん』の漢字が思い出せない。どんなに思い出そうとしても『閲覧』しか出てこない。まず『えっ』が駄目だ。全然出てこない。越境の『えっ』とか? 絶対違うのは分かった。

 ああ、携帯が恋しい。携帯といえば、私のバッグはどうなったんだろう。エレナさんのお家に置いてきてしまった。リリィ達がくれたお助け袋も取り上げられたままだ。ルーナの元に戻ったという、あの可愛い首飾りも、どうなったんだろう。

 唯一残っているのはリリィから貰った首飾りだ。それを服の上から握りしめる。

 大丈夫。大丈夫だ。特に根拠はないけど、そう思えている内は大丈夫だと思うことにしている。大体、大丈夫って、大きく丈夫と書くのだ。私は丈夫だ。更にそこに大がつく。小でも中でも並でもなく、大がつくのだ。そう考えると、どこまでだって行ける気がしてきた!

 この考え方を友達に話したら『うん……あんたならどこまでも行けるよ。それで帰ってくんな』と言われた。私の友達は凄く優しい。優しすぎて涙がちょちょ切れそうだ。


 足音が消えたことに気付いて顔を上げれば、大きな扉の前に立っていた。

 さっきから何度も通った扉も凄かったけれど、いま目の前にある扉は格が違う。屋内にあるから扉だと思っていたけれど、これは、扉というより門に近い気がする。

「俺はここからあんたを黒曜とは呼ばない。カズキって呼ぶからな」

 左右に兵士さんが三人ずついるのに、そんな人なんて居ないかの如く振る舞うゼフェカに違和感がある。王宮とか偉い人の家では、兵士さんとかメイドさんとかは、そこにいても用がない限りいないものとして振る舞うのが一般的だと聞いたことがあった。けれど、無視するのも気が引ける。例え知らない人でも会釈ぐらいはするほうが、私にとっては気が楽だ。

 とりあえず会釈してみたら、無表情だった兵士さんの眉がぴくりと動いた。

「こっからは城の中でもわりと開放されてる部分になる。下手すりゃ商人とかも入ってこられる区域もあるから、まあ、余計な事するな、言うな。いいな」

 ルーナから離された恨みで、沈黙で返すと念を押された。

「したら荷物な」

「了解ぞ」

 私の意地もなんのその。即答してしまった。あちこち痛いのでこれ以上の打ち身は勘弁願いたい。

「おい、開けろ」

 左右の兵士さん達は射殺しそうな目でゼフェカを見ている。目は口ほどにものを言うと知っていても、本当に実感したのはこっちの世界が初めてだ。

 大きく分厚い扉が数人がかりで開かれていく。開いた先には左右四人ずつ兵士さんがいる。彼らは皆一様に同じ表情をしていた。

「黒曜様っ……!」

 悔しいとその眼が語っていた。

 別に誰が悪いわけではないのに、いや、ゼフェカは絶対悪いけど、彼らがそんな顔をする必要なんてない。

 だから、大丈夫だと伝えようとへらりと笑い、軽く会釈してその前を通りすぎる。

 皆が痛ましいものを見る目になった。

「気丈に笑われてっ……なんてお労しい!」

 秘儀、笑って誤魔化せ作戦の成功率は、かなり低いようである。



 ゼフェカが言った通り、扉の先は同じ城内のはずなのにまるで別の建物みたいだった。ここに来るまでは、廊下も含めて全て室内だったのに、扉を出て少し歩けば中庭のような場所を見下ろせる渡り廊下を通った。確かに豪雨である。

 人の通りも多く、高そうな服を着た人達や、その人達に礼をして道を譲るメイドさん達がいた。それなのに、私達が歩く道ではほとんど誰とも擦れ違わなかった。

 ひょこたんひょこたんと不恰好に歩く私の歩調に合わせてくれる、ゼフェカの優しさが悔しい。いっそ物凄く嫌な人だったらスムーズに嫌えた。フレンドリーさが欠片もなくて、ただ怖い人なら素直に脅えられた。はっきり言って、心底憎むという気持ちが今一分からない。たぶん一番近いのは金歯に飛び掛かった時の感情なのだろうけど、あんな激情、日本ではめったにお目にかかれなかった。

 そもそも、嫌うのは苦手なのだ。嫌いなものに気力を向けるくらいなら、好きなものに飛びつきたい。ついでに、苦手なものは先に食べる派である。先に片づけてしまい、最後は好きなものをたっぷり堪能するのだ。ただし、宿題は例外である。あれは最終日に徹夜する物だ。

 特に会話もなく、とにかく歩くことだけに集中する。たまにちょっと物陰に入って人をやり過ごしたりする以外、これといって出来事はない。

何で隠れるのだろうと思ってゼフェカを見上げたら、面倒だからとだけ返ってきた。何が面倒なのかまで聞いても答えてくれないだろうと思ったのでそれ以上聞かない。

 建物や内装が物珍しいので映画みたいだときょろきょろしていたら、それも禁止された。だから、顔は動かさないように目だけぎょろぎょろさせて頑張っていたら怖いと言われた。全く、難しい男である。

 流石お城というべきなのか、壁は厚くてしっかりしているようで、屋内に入れば雨の音はほとんど聞こえない。開けた通路などでは雨音で会話も聞こえないくらいだった。

 どこをどう歩いたのか、どれくらい歩いたのかも分からないまま、ただただゼフェカについていく。すると、いつの間にか辿りついていたらしい。左右を兵士というより騎士に近い男の人が固めている扉の前で立ち止まったゼフェカは、彼らを手だけで制して中に入ろうとした。男の人は、素早い動作でその耳元に何かを囁く。

「…………て?」

「……い。…………すが、……………………と」

 何か予定外の事でもあったのだろうか。ゼフェカは小さく舌打ちして自分で扉を開いた。促されるままに部屋に入る。

 そこには誰もいなかった。たぶん、こういった場所ではごく一般的なのだろう、私からしたらアンティークっぽいなと思う家具が揃っている。奥に続く扉の先は寝室だろうか。トイレだったらどうしよう。カズキの冒険はここで終わってしまった! の再来だろうか。

 私を椅子に座らせたゼフェカは、扉の前の男の人に何か指示を出している。聞こえない。聞き耳を立てに行きたいけれど、一度座ってしまうとどっと疲れが出て立ち上がれなくなってしまった。足とかお尻がぷるぷるしている。攣りそうだ。これは、計らずもヒップアップ体操をしてしまったのではないだろうか。嬉しいじゃないか!

 ルーナ、次に会えた時は見違えた私を見てください。体重計がないから分からないけど、いろいろ引き締まって、スタイル良くなってるはずだから! 

 きっとこういうのを怪我の功名というのだ。ただでは転ばないともいう。

 このままいけばきっと私は、憧れのナイスバディ所持の大人の女になれる!

 キュッ、キュッ、キュッ、だ!

 …………あれ!? ボンどこいった!?

 今度バストアップ体操しよう。



 目の前のテーブルにお茶が用意されていく。この世界ではペットボトルもお茶パックもない。ちゃんとお湯の温度とか、茶葉の量とか、茶葉を浸してからの時間とかを考えながら入れないと、鬼のように苦くえぐく苦しく悲しいお茶が出来上がる。身悶えながらも全部飲むのを付き合ってくれたルーナ、本当にありがとう。そしてごめん。

 それに、向こうでの『美味しくお茶を入れるやり方』の問題だけでなく、こっちの世界の茶葉は凄まじく味が濃いので、一つまみでいいのだと大笑いしながら教えてくれたティエン。日本茶の感覚で茶葉を入れていた時にどうして教えてくれなかったのか。げらげらとお腹を抱えて笑い転げるティエンを背負い投げしたルーナは、この世の誰よりかっこよかった。勿論、あっちの世界でも誰よりかっこいい。

 何の躊躇いもなくお茶を入れている様子で、ゼフェカの慣れを感じる。だったら安心して飲めそうだけど、目の前に現れたお茶を受け取りつつ、口をつけるのをちょっと躊躇う。確かに喉はからからだ。からからだけど、本当に何も入っていないのだろうか。何か入っていても答えてくれないだろうけど、一応安全か聞いてみよう。

「こちらなる茶は、破損はないか、ぞり」

「不良品じゃないはずだけどな」

 そう言ってあっさり自分の分を飲み干したゼフェカを見て、私も口をつける。慎重に飲むはずだったのに、あまりに喉が渇いていて一気飲みしてしまった。ちょうど良い温度でした。

「美味い?」

「………………ぞり」

 たぶん美味しかった。一気飲みしたから後味しか分からないけど。

「ありがとう」

 お茶を入れてくれたから、お礼はする。

 けれど忘れちゃ駄目だ。忘れているつもりはなかったけど、どうしても意識から外れがちになってしまう。

 ゼフェカは、凄いことをしている。凄い、悪いことをしているのだ。何も分かっていない私が悪いとか決めたらいけないのだろうけど、犯罪なのは確かだ、と、思う。

 そんな相手とこうやってお茶を飲めているのは、私が平和ボケだからだろうか。ゼフェカをいい人だなと思っているわけでは決してないけど、極悪人や嫌な奴だと思いづらいのはこの気さくな感じがあるからだろう。

 やっぱりつんつんして、クールに接するべきだろうか。それとも少しでも仲良くなって、情報を引き出すとか…………馬鹿に出来るだろうか。


 悶々と考え込んでいると、その様子を興味深げに眺めていたゼフェカと目が合った。なんですか、私が考え事をしてたらそんなに珍しいですか。私だって常に考えている。その結果が珍妙ではない保証はないけれど!

 まじまじ見られて、ちょっと居心地悪くなる。場を持たせるためにお茶を一気飲みするも、空だった。そういやさっき飲み干したんだった。

「あんたってさぁ、真面目な顔してたら普通に見えるのになぁ」

 寧ろそれ以外の時はどんなふうに見えてるのかを問い詰めたい。

 たわけ? 珍妙? 阿呆? お馬鹿?

 碌なものがないね!

「あんたっていつも元気だよなぁ。それもお国柄? そういや、あの変な恰好なんなんだよ。俺がかっこつけてるのに台無しだろ。あ、それともなんかの儀式? クッキーの時みたいな儀式の一環? なあ、もっかいやってみてよ」

「拒否拒絶」

 あれは大切な人達に私は元気だと伝えるための手段であって、ゼフェカを面白がらすためじゃない。足痛いし。今やると絶対に足が攣る。自信がある。満々だ。

「ゼフェカがルーナなるなら、如何様に幾千万回でもって、存分に披露実行を躊躇しないにょろりが、対戦相手がゼフェカなるは多大に不平不満が大爆発にょ」

 ルーナがやってというのなら喜んでやろう。足が折れてても頑張る。でも、頑張って見せる相手がゼフェカではやる気も出ないというものだ。そもそも、ゼフェカを喜ばせようと思わないし、何をしたら喜ぶかも検討がつかない。

 思い出すのは苦しそうな顔をしたルーナだ。あんな顔ばかりさせている気がする。笑ってくれたら物凄く嬉しいのに、その為なら奇怪ダンスでも何でも踊るのに。

 珍妙ダンスを踊る私を見て笑うルーナを夢想する。あ、アリスちゃんが痛いものを見る目で私を見ている!


 何だか思考がうまく働かない。いや、アリスちゃんの目は簡単に浮かび上がるけど。

 ぼんやりとした思考の中で、ゼフェカの声がぐるぐる回る。なんだか夢の中にいるみたいに身体がふわふわしてきた。

「騎士ルーナなぁ、あんたと恋愛してるってのが未だに信じられねぇよ。あんたも恋愛してるってのが信じられねぇ。本気で。そもそも、あんたが女だってことも未だに不思議でならないんだけど、ねぇ何で?」

 真顔で言われても困る。それと、何だか物凄く疲れた。頭がぐらぐらしてくる。

 やはり、また薬か!?

 ぐわっと目を見開いて睡魔に耐えると、ゼフェカが仰け反った。

「うお!?」

「睡眠をとるのも仕事の内だぜ! なる作戦失敗ぞ!」

「へ?」

 そう何度も眠らされてなるものか!

 テーブルに勢いよく額を打ち付ける。視界がぶれて星が散ったけれど、目はしっかり覚めた。

 そんなに簡単な女と思わないでほしい。早々何度も同じ手に引っかかる程甘い女ではないのだ!

 どや顔でゼフェカを見ると、凄く残念なものを見る目で私を見ていた。そうだろうとも! 作戦失敗で残念だろうとも! 

 やっと出し抜けたと胸を張っていたら、深々と溜息をつかれた。

「俺、なぁんにもしてないんだけど」

「虚偽申告ぞ――。理屈なるは、私ぞ凄まじき、お、あいつ寝ちまったぜ、だりょ!」

「いや、あんたそれ、普通に疲れて眠いだけだろ。丸一日馬に乗り続けて疲れない人間がいたらお目にかかりたいぜ」

 呆れたように言って、吸いこまれそうな大口で欠伸したゼフェカをよく見ると、目の下にべったり隈があった。途中眠って(眠らされて)いた私と違い、延々と長距離馬を操っていたゼフェカは私以上に疲れているはずだ。

 あれ……? じゃあ私、無駄骨ならぬ、無駄額?

 じんじんする額に、どっと疲れが溢れた。

「そのような――……」

「そんなぁ……って言いたかったのかなと思ってるんだけど、正解?」

「回答拒否拒絶にょ…………」

 力が抜けて椅子の背凭れに倒れ込む。身体を捻って背凭れに頭を押し付けて目を閉じる。もう、体中バキバキだし、痛いし、足腰なんてそろそろ感覚が無くなってきた。

 あ、もう寝たい。なんだか常に眠っている気もするけど、全身がだるいし、疲れた。

 でも、お風呂も入りたい。

 こっちの世界のお風呂はボタン一つでお湯が溜まったりしない。水を汲んできて沸かして、それを更に風呂場へ運ばなければならない。リリィ達の所みたいに一階に大浴場があって薪で沸かすんだったらまだ楽なのに、上の階にお風呂がある場合、水を運ぶのは必須だ。

 今の状態でお風呂の準備をする気力も体力もない。もう寝てやる。それで、夢の中でルーナに会うんだ――……。

「あんたさぁ、泣かないねぇ」

 聞いたことのない響きの声が上から降ってきた。優しさとも、穏やかさでもない。なんだか淡々としているのに、それでいて冷たさを感じない声音だ。

「流石に、騎士ルーナに会えたら感極まって泣き出すかと思ったんだけど、まさか奇怪ダンス踊ってるとは思わなかった……」

「私なるは、ルーナが元気溌剌いい天気なるにょが、一等ぞ」

 だからゼフェカの予想なんてどうでもいいです。

 その気持ちを態度で現す私に苦笑が聞こえた。もう目も開けたくない。このまま眠りたい。

「なあ、あんたはさ。自分の世界に」

 眠りたいし、もう喋りたくないという態度を全面的に押し出しているのに、それを気にも留めないゼフェカが話しかけてくる。まあ私も、ゼフェカの要望を気にも留めないのでお揃いだ。

[カエリタイ?]

 そんなこと分からない。帰りたくない訳じゃないけど、その結果がルーナとの別離なら選べないし、選びたくない。だから答えない。そもそも、何でゼフェカにそんなこと答えなければいけないんだ。自分の中でも結論を出せていないことを、ルーナと会えない原因を作ってるゼフェカに答えたくない。

 うとうとしてきた思考に何かが引っかかる。それに思い至った時、眠気は完全に吹き飛んだ。飛び起きた私に、ゼフェカは驚かなかった。

[日本語!? ゼフェカ日本人!? なんで!? え!? いつから日本人!? 昨日!? 今日!? 明日!?]

「あ――、何言ってんのか分かんない。俺が知ってるのそれだけだから、他は全く分かんないの。とりあえず座って座って」

[これが座っていられるか――!]

 落ち着けと言われて落ち着けるものではない。勢いのままに立ち上がった私は、挫いた足に全体重を乗せてしまった。

[うぉふぅ……]

 勢いは完全に挫かれ、へなへなと椅子に崩れ落ちる。痛い。

「…………あんた、ほんとに馬鹿だろ」

「…………至極尤も恐悦至極」

「ほら、足見せてみろ」

 どこからか救急箱みたいなのを持ってきたゼフェカは、手慣れた様子でとろりとした液体を足首に塗る。その上にガーゼが乗り、包帯がきっちりと巻き直されていく足首は、きつくはないけど動かせない。固定するように巻くやり方も昔習ったけれど、私はうまく巻けなかった。

「あんたは、もうちょっと怪我しないようにうまく立ち回れよ。あんたの男が泣くぞ。後、俺が殺される。すげぇとばっちり」

「少々はゼフェカの責務にょ」

「大半はあんたの所為だって認めるのかよ」

 ははっと声を上げて笑う様子は、まるで普通の人みたいだ。気の合う男友達みたいに思えてしまう。打てば響く人は大好きだから、余計にだ。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 線引きを間違えちゃいけない。礼儀は守る。これは相手の為じゃなくて自分の為だから。

 けれど、ゼフェカの為には、動かない。

「ゼフェカは、何事?」

「せめて何者って聞いてくれよ……」

 がっくりと項垂れた後頭部を見て、いやぁと頭を掻く。その辺はいつも申し訳ない。

「内緒」

「てめぇ顎がたがた言わせるぞごらぁ! ぞり…………」

「すげぇしょんぼりしながら怖いこと言わないでくれる!? ミガンダ砦の奴ら、ほんと碌な事教えてないな!」

 そんなことはない。皆、いろいろ話しかけたり教えたりしてくれた。なのに、ちゃんと覚えられなかった私がいけないのだ。まあ、どんどん珍妙になっていく様子を面白がって加速させてくれた面々は酷いと思う。正しく覚えた部分を改悪されたと知った時は思わず空に向かって吠えてしまったのも、今ではいい思い出だ。あの日からしばらくの間、私のあだ名が野犬になったのは許さないけど。せめて狼にしてほしい。かっこいいから。

「ゼフェカ、これは一体何事な言語は如何様に習得獲得したのわよ」

 まさか、自分とルーナ以外から日本語を聞くとは思わなかった。当初私が、こっちの単語を『もぎゃ』『ぷも』『べるんちょ』としか発音できなかったように、皆にとっては日本語の発音が難しいのだ。

 それに、私から覚えたとは考えにくい。だって、私は帰りたいなんて言ってない。今は勿論、十年前だって。ルーナの前でも、言わなかった。

「ゼフェカ!」

「あんたの狼狽えた顔見れて俺は満足だし、お喋り終わり。時間切れだし」

「制限時間?」

「そ、時間切れ」

 ひょいっと竦められた肩越しに見える扉がいきおいよく開いた。

「ゼフェカ!」

 部屋の中に飛び込んできたのは、綺麗なドレスを着た、綺麗な女の子だった。目が大きい、顔小さい。後、異様に肌が白い。この世界では珍しく、髪も瞳も黒色だから余計にそう思うのかもしれない。黒は女を美しく見せるそうだしね!

 ちなみに、その特典は私には当てはまらなかった。地味になっただけだった。もしくは制服。泣けるね!


 女の子は駆け込んできたいきおいのまま、ゼフェカに抱きついた。

「ゼフェカ! 良かった! 無事だったのね!」

「はいはい、無事だって。勝算がなきゃこんな賭けには出ないって散々言っただろ?」

「でも、心配で」

「うん、心配してくれてありがとう」

 危なげなく女の子を受け止めたゼフェカは、今まで見たこともないほど優しそうに笑って、優しそうな声で名前を呼んだ。

「スヤマ」

「何ぞり」

 鳥肌立った。あんた馬鹿だろって言ってくれた方が何百倍もましだ。そんな声音で呼ばれて、きゃあ! 恥ずかしい! とか思えるのはルーナだけです。

 それまで嬉しそうにゼフェカに抱きついていた女の子が弾かれたように私を見た。そしてゼフェカに視線を戻し、もう一回私を見た。二度見ありがとうございます。

「こく、よう?」

「そう、彼女が本物の黒曜」

「これが!?」

 三度見頂きました!

 本日もご利用頂き、誠にありがとうございます! またの二度見を心よりお待ち申し上げております!


 そろそろ私の二つ名が決まりまそうだ。

 私の名前は、二度見のカズキ!

 宜しくね!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ