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神様は、少々私に手厳しい!  作者: 守野伊音
第一章:再会
25/100

25.神様、ちょっと色々何事ですか

 次に目が覚めた時、世界は激しく上下していた。

[な、ないないないいななななななない! ないわあ!]

「うわっ! 起きた瞬間奇怪な言葉発さないでくれる!?」

[ゆれ、ゆれる、ゆれっ…………]

「あ、舌噛んだ」

 馬上では迂闊に喋らないことが推奨されます。慣れてない人間は特に!


 私はゼフェカに後ろから抱きかかえられるように馬で運ばれていた。腰をしっかり縛られているのが腹立たしい。そんなことしなくても、この速度で走り抜ける馬から飛び降りる度胸はない!

 うっかり落下はあるだろうけど。……ゼフェカ、私を固定していてくれてどうもありがとう!


 どこに向かっているのか、一度聞いたけれど答えてはくれなかったので聞くのは諦めた。どうせ行きたい場所に向かってはくれないだろうし、もう一回口を開くと自殺する気がする。私には、舌を噛み切る度胸はない。

 馬はほとんど走りっ放しだ。二人も乗せて走り続けられる馬は凄いと思ったけれど、これは恐らく軍馬だ。だって凄くがっしりしていて、筋肉ムキムキである。砦で見た馬もこんな感じだった。戦場を駆け抜けられる馬は、気性も荒い。今乗っている馬も、乗り手の事より自分の走りだ! といわんばかりにどこどこ揺れてくれる。

 駆けているのか飛び跳ねているのか分からない走りで進む馬の上では、ゼフェカから逃げなきゃとか、ルーナに会いたかったとか、大事なことが何も考えられない。私の心を占めているのはただ一つ。

 お尻痛い、である。


 ゼフェカは本当に急いでいるようで、ほとんど止まることはなかった。かろうじてトイレ休憩&簡単な食事休憩が挟まったのは救いだ。

 ちなみに、トイレはその辺に生えている背の高い草の陰でだ。背に腹は代えられないので仕方がないが、ここで一つ問題が発生した。私が逃げないか、だ。

 私の前では、真剣な顔をしたゼフェカがいる。

「俺だってそんなもの見たくない。かといって、あんたに逃げられちゃ意味がない」

「はい」

 真剣なゼフェカに、私も神妙に頷く。

「いいか? 一度でも逃げようとしたら、あんたが用を足す時でも見張ることになるからな。俺にとっても罰ゲームだから、ほんと勘弁してくれ」

「承知認識してるぞり。然らば、誓約をたてる行為ぞするにょ」

 神妙に頷いた私に、ゼフェカは今一信じきれないという顔を返す。

「誓約? あんたの世界での?」

「ぞり。掌、借用する」

「なんかすっげぇ怖いんだけど」

幼子(おさなご)遊戯の一個ぞ」

 怖がるゼフェカの手を取る。別に怖がる必要はない。日本では極々当たり前の、子どもの遊びみたいなものだ。誰もが知ってる約束の儀式……あれ? これ、意外と普段やらないな。皆が知ってるけど、別にそこまで日常の事でもなかった。しかもよく考えればこれ、今では子どもの遊びみたいなものだけど始まりは違った気がする。まあいいや。

 まずは小指を絡める。

「あ、なんか可愛い」

 ほっとしたゼフェカの力が抜けたので、小指を絡めたまま軽く振る。

「指寸断拳骨、虚偽申告すーらば、針千束飲食ぞ、指寸断!」

「すげぇ怖いやつだった!」

 顔を青くして指を引き抜いたゼフェカとの約束も済んだので、私は意気揚々とトイレ(野生)に向かって足を踏み出した。見張られない自由の世界(時間限定)だ!

「あぶぁ!」

 輝かしい第一歩を踏み出すと同時に視界が回る。ぐきりと足首が曲がって、盛大に地面とキスをした。地面とそんな熱烈な仲になった覚えはない。私にはルーナという人がいるのだ。

 何が起こったのだろうと視線を向けると、すっぽり開いた穴に私の右足が足首くらいまで嵌っていた。

「……一歩目で土竜の穴に落ちる奴、初めて見た」

 ゼフェカの憐れんだ目を無視して立ち上がる。ぱたぱたと砂埃を叩き、唇を拭う。

 そしてすぅっと息を吸った。誰も言ってくれないから、自分で言おうと思う。

[私、どんまい!]

 生きるって、それだけで大変だ。

 いつの間にか明けていた朝日がとっても目に染みた。



 ついでにいうと、足は挫いた。





 ゼフェカの腰としっかり結び直されて、再び馬上の人となり、早丸一日。

 暗くなった空を見上げながら、薬もお腹パンチも関係ないのに、私の意識は朦朧だ。お尻は絶対重体だ。座布団を、座布団を要求する! そして足もがくがくだ。これ、絶対地面に下ろされても歩けない。生まれたての小鹿状態だ。いや、自分を小鹿呼ばわりとか図々しい。あんな愛らしさは私にない。

 あれだ。吊り橋を渡っている高所恐怖症の人状態だ。


 がくがく揺さぶられながら朦朧とした意識で流れていく景色を見ていたが、次第に私の目は釘付けになっていく。

「あ、あれなるぼほぁ!」

 答えが返るかは分からなかったけど、問わずにはいられないと身を乗り出した私の顔面に虫がクリティカルにヒットした。いろんな意味で痛い。そして虫さん、ごめん。特にはごめんと思わないことにごめん!


 遠目にも分かるほど巨大な建物が見える場所で、ゼフェカはようやく馬の歩調を緩めた。

「あんたほんと、絶妙についてないなぁ」

「あれ! あれなるは、城! それなれば、こちらなるは帝都帰還!?」

「立ち直り早いな、おい。そうそう。これ帝都。あんたが最初に現れた場所」

 何度も見上げた建造物が、今日も悠然とそこにある。

 あの建物自体には特に愛着はない。あるのは、あれを見上げた場所にだ。

「リリィ……」

 帰りたい。戻りたい。

 あの優しい人達に、会いたい。

 目に見えてそわそわし始めた私に、ゼフェカは頭の上からすっぽり外套を被せた。

「顔出すなよ。後、妙な動きするなら即行眠らせるから。つーか、もう眠らせていこうか?」

「精密に辞退なさるぞ……」

 これ以上薬やらお腹パンチやらで眠らされると、身が持たない。それに、私が迂闊に助けを求めて、誰かが傷つけられるのは嫌だ。

「神妙に旅路につくぞ……」

「え、俺らまた旅に出るの?」

「信頼関係築くなるが困難なる場合、指寸断の誓約なるを」

「さあ、行くぞ!」

 小指を立たせた腕を持ち上げると、ゼフェカは即座に馬を進めた。


 そんなに時間が経っていないはずなのに、ここにいた頃が随分昔に感じる。

 と、思うかと思っていたけど、そうでもなかった。寧ろ、あの地下にいた時間が夢みたいに思える。

 私達が通っている通りは、リリィと歩いた通りとは一本ずれている。だからちょっと新鮮だ。店先には駐輪場みたいに馬を繋いでおける場所が用意されていたり、『愛馬へのお水サービス!』と書かれた看板の横に水桶が置かれていたりする。

 この新鮮な気持ちを伝える相手がゼフェカなのだけが残念である。だから伝えないでおこうと決めた。

 ばこっばこっと重い音を聞きながら揺られ、顔を隠した隙間からぼんやりと周囲を眺める。馬の足音はぱからっぱからっ、みたいな軽快な音だとこっちの世界に来るまでは思っていた。

 実際は地面の状態にもよるけれど、もっと重たく鈍い音がする。

 そして、さっきまで猛烈に揺れる馬上にいたので、目立たないように普通の速度で進まれると眠たくなる。疲れもあるだろう。

「ゼフェカ……」

「あんま喋らないでほしいんだけど、何」

「どちらなるに、進軍するのよ」

「あ、語尾すげぇ! 語尾だけすげぇ!」

「にょろりんぬぅ」

 どうだとドヤ顔したら、凄く残念な物を見る目をされた上に、顔を逸らされた。

 そのままごとごと馬は進む。自分でも何かやらかした気はするので突っ込めず、仕方なく黙る。

 この世界に再び登場して、何だか色々あった。映画とかだと、この辺りになるといろんな人と出会って、色んな事情を知って、気合を入れ直すところだと思うのだ。だってスタート地点に戻ったのだから。俺達の戦いはこれからだ! となるところではないか。

 それなのに。

[何一つ分からない!]

「あ、うるさい。何言ってるのか分かんないけどうるさい。ちょっと静かにしてて」

[あの金歯が誰かも、鉄の街がどこなのかも、全く分からないんだけど!?]

「ちょっと、今から城に入るんだからほんと黙ってて。黙らなかったら荷物扱いするよ」

[お城!?]

「はい、荷物扱い決定」

 がっと首に衝撃が来て、私の意識はいったん途絶えた。

 私の扱い、非常に雑じゃないだろうか。




 誰かの話し声が聞こえる。ふわっと大きく声が聞こえたと思ったら、凄く遠くで喋っているようにも聞こえた。

目が覚めた時、何故か椅子に座っていた。ぼんやりとした視界で周囲を見回す。たくさんの人がいる。たくさんの…………。

「うぉわぁ!?」

 広々とした部屋のほぼど真ん中にいることに気付いて慌てて立ち上がる。挫いた足に力を入れてしまってよろめいた上に、お尻とか太腿裏とかの筋肉がぶるぶるしている。寝起きでは当然身体を支えきれずに、盛大に頽れた。

「カズキ!」

「ルーナ!?」

 あんなに聞きたかった声がして反射的に顔を上げたら、誰かの背中が邪魔だった。

「障害物撤去!」

「俺を障害物扱いとくる」

 私の前に立ちはだかって小声で答えるゼフェカが邪魔で、椅子を支えに立ち上がりながら身体をずらしてルーナを探せば、凄まじく怖いルーナがいた。

 あれは、二人や三人殺ってる!

 思わず悲鳴を上げかけたら、また視界が遮られた。怖いけど見たい私からすると、凄く邪魔です。

 私のほうを向いたゼフェカは、いつの間にか結構いい服に着替えていた。ラフな格好ではなく、どちらかというと騎士の制服に近い。対する私は変わらない。こっちの世界では誰もが認める普段着だ。他の人もおめかしの格好なのに、私だけ普段着ってどうなんだろう。ちょっと居た堪れない。けれど、ゼフェカに着替えさせられるのとどっちが嫌かといえば、断然ゼフェカだなと思い直す。それなら、この格好も仕方ない。背に腹は代えられないけど、背にプライドなら代えられる。

「目が覚めたのなら仕方ないけど、神妙な顔して黙ってろ。喋ったら殴るぞ」

 ゼフェカはそんなことしない、とは全く以って信用していないので、黙る。たぶん、必要なら躊躇わずに殴られるだろう。何となく、そんな気はする。既にお腹を、首を、殴られていることだし。有言実行、非常に迷惑です、ゼフェカ。

 そのままくるりと前に向き直ったゼフェカを睨みつつ、周囲の様子に気づいて、思わず頬が引き攣った。

 映画とかで見たことがある。ゼフェカが向いているのはたぶん玉座で、ここはえっけんの間とかそれ系の部屋じゃないだろうか。この広さはもう部屋じゃない。大会議室というレベルでもない。体育館だ。そして、えっけんってどんな漢字だったっけ。

 しかも玉座らしき隣の、同じくらい豪華そうな椅子があって、玉座にいるおじさんと同じくらいの歳のおじさんが座っている。おじさん達の胸元には、それぞれ国旗と同じ刺繍がでかでかとあった。つまり、グラースとブルドゥスの紋様を胸に抱いたおじさん。

おじさんの隣には、これまたそれぞれ若い男の人がいる。一人はラグビー部みたいな人で、一人は書道部みたいな人だ。

 そして、前に後ろに左右に、沢山の人がいる。五十人はいるはずだ。あそこに座っている人が本当に王様とかだったら、たぶん、この人数はとても少ない。だから、これは秘密の会見とかだと思う。たぶん、おそらく、予想では。

 その視線全てがこっちを向いていることに気付いて思わず現実逃避したくなった。えっけん……絵犬とか可愛い。絶対違うけど。


 高い天井、遠い玉座。玉座よりは近いけど、やっぱり遠いルーナ。まずい、泣きそうだ。

 何が何だか分からないけど、とりあえず泣きそうだ。

「要求を呑むかどうか、数日内に決めてもらいますよ。もう時間もない事ですしね」

 玉座に座っている髭のおじさんに向けてゼフェカが話している。向かって左側にルーナがいる。アリスちゃんもいた。その他にもちらほら見知った顔がある。砦にいた皆だ。

 ギニアス隊長もいた! 何て懐かしいつるっぱげ! 相変わらずなんて見事なつるっつる! 頭の形が丸く綺麗だから、つるりんちょが際立って思わず触りたくなる一品! つるりんぱに加速がついたのはティエンが部下になってからって噂は本当ですか!? かろうじて残っていた一本が抜け落ちたのは、私が砦に現れたからっていうのは事実ですか! ごめんなさい!

「俺らに手出しは厳禁ですよ。もし何か仕掛けてきたら、その度黒曜が傷を負うことになります。手を出せないと思わないことですね。見ての通り」

「いっ!」

 丁寧に磨き上げられた泥団子を見た時みたいにテンションが上がっていたら、頭に激痛が走った。すわ隊長の怨念かと思ったら、ゼフェカに髪を掴まれている。そのまま引きずりあげられるように引っ張られて、思わず涙が滲む。

「逃げようとするたびにお仕置くらいはさせてもらいましたよ」

[いた、痛い! 禿げる! はげ、隊長になる!]

「黙ってろって言っただろ」

 理不尽すぎる。

 突き飛ばすように手を離されて、床に尻もちをつく。絶対何本か千切れた。枝毛&切れ毛になったらどうしてくれる。いや……それでも髪があるだけ有難いと思うべきだろうか。

髪を手で直しながら顔を上げて、上げかけた悲鳴を飲み込む。ルーナの顔が超絶怖い。あれは四人や五人は殺ってる顔だ!

 そこで自分の状態に気が付く。頭には再び包帯が巻かれていたし、首にはガーゼの感触がある。左の指は二本纏めて添え木入りの包帯で膨れているし、足首にも包帯が巻かれていた。

 駄目だ。これじゃルーナが心配する。大丈夫です、ルーナ。これの大半は自分の所為です! 足首は土竜の穴です!

 でも喋ったら殴られる。何とか元気だと伝えたくて、へらりと笑ってみた。秘儀、笑って誤魔化せ作戦だ。

 結果、ルーナが六人や七人殺ってる顔になり、アリスちゃんが痛ましいものを見る目になった。

 秘儀は失敗に終わったようだ。



「…………よくもぬけぬけと」

 玉座らしき高そうな椅子に座っているおじさんが唸るような声を出した。王様とは王冠をかぶっている物だと思っていたけど、そんな物はなかった。思い込みはいけない。

その隣に設置されている、玉座より装飾が少ない脚の椅子に座っている青年二人は王子だろうか。本物の王子様にミーハー心が顔を出しかけたが、今は恐怖画像みたいになっているルーナの顔を何とかしなければ。

 考えろ、考えろ。

 喋るのは駄目。走るのは……片足に足枷がついている。しかも足枷の鎖はゼフェカの手の中に繋がっている。枷がついているのが挫いていない足だったのが救いだろうか。単純に足首の包帯を見せる為な気もする。

 そこまで見て、はっと思いついた。言葉を発せられないのなら、身体で伝えればいいのだ!

 まず、鎖が鳴らないようにそろりと立ち上がる。そして、両腕を伸ばした状態で頭の上に広げ、手首を左右に曲げる。挫いていない足を軸に片足を上げれば完成だ。

 秘儀、特に意味のないポーズ!

 満面の笑顔をセットにしてみた。


 ふぶっと空気が漏れだす音が聞こえた。ラグビー部っぽい王子様の口元が波線みたいになっている。

 ゼフェカが振り向く前に体勢を戻し、神妙に俯く。何か言いたげにまた王様に視線を戻したのを見計らい、腰を落としながら両腕を使って何かを掬う。足は痛いけれど、蟹股は大事だ。

 秘儀、ドジョウ掬いの舞!

 今度は顎をしゃくれさせてみた。

 ルーナの目元が揺るぎ、アリスちゃんが痛いものを見る目になった。

 今度は勢いよく振り向いたゼフェカの動きも読んでいた。既に神妙に俯いた私に舌打ちが聞こえる。また前を向こうとして、フェイントでこっちを見たのにはびっくりしたけど、次は何をしようかと悩んでいてラッキーだった。

「…………要求を呑んだとして、その後はどうするつもりだ。このような一時凌ぎが長続きすると本気で思っているのか」

 淡々とした声を上げたのは書道部っぽい王子様だ。かぼちゃパンツじゃない。かぼちゃパンツに白タイツは、それがどれだけイケメンでも厳しいと思う。イケメンじゃなかったら更に厳しいと思うのだ。だって、そのかぼちゃパンツを触らせてほしくてミーハー心どころじゃない。でも、実物を見てみたくもあったのでちょっとだけ残念だった。

 どうやら、この場にいる全員vsゼフェカみたいになっているようだ。なのに、誰も抑え込みに来ない。脅されてでもいるのだろうか。もしくは質でもとられてるとか…………私か!?

 嫌な事に今更気づいてしまったが、とりあえず私がしなければならないことを全うする。

「ご心配頂かなくても結構。こちらも考えくらいありますよ。勝機がないのに、こんな大胆なことをしでかすと思ってるんですか?」

 Y!

 心の中では白鳥の主役プリマ!

 カズキの叫び!

 椅子に座って考えるカズキ!

 ラジオ体操第一――! 第二は知らない。

「こ、このような真似をして、ただで済むと思うな、下郎が」

「……肝に銘じておきますよ」

 片手で顔を覆って、腰を捻り、ドドドドドドと効果音をつけたいポーズ!

「ふぐ……」

「………………」

 書道部っぽい王子様の喉から変な音が漏れた。

 思いつく限りの芸や文字をやってみる。最終的には、足首と筋肉痛に耐えながら、蟹股になって踊り、横歩きしている時にゼフェカが振り向いた。勿論、笑顔は大事である。

「……………………おい」

 喋っちゃ駄目って言われてるので喋りません。

 口の前でバッテンを作って、そうアピールする。

 ゼフェカに巨大な溜息を吐かれた。なんですか、私は一言も喋っていませんよ。あ、神妙な顔を忘れていた。

 両手を頭の上に乗せ、蟹股のまま神妙な顔にする。

 即座に両手を引き裂くよう真ん中にチョップが落とされた。ゼフェカの指示に従ったのに、酷いじゃないか。


「そういうわけですから、早いとこ結論を出してくださいね。では、俺はこれで失礼します。ほら、黒曜。立って」

 嫌だよ。

 私は即座に座り込んだ椅子から、頑なに立ち上がらない。だって、そこにルーナがいるのに、どうしてゼフェカと行かなければならないんだ。そこに皆がいるのに、どうして離れていかなきゃいけないんだ。

「立て」

「拒否、拒絶」

「……殴るぞ」

 無造作に振り上げられた拳に思わず頭を庇う。

 がっと鈍い音がした。一瞬殴られた音かと思ったけれど、痛みはない。恐る恐る腕をずらして顔を上げる。ゼフェカの拳は、私の顔を通り越して背凭れを殴っていた。

 剣に手をかけて今にも走り出そうとしているルーナを、隊長とアリスちゃんが必死に止めている。

「喋るなって言っても聞きゃしない、立てって言っても聞きゃしない。なあ、騎士ルーナ。あんたが黒曜を説得してくれないと、梃子でも動きそうにないな、これ。別に、哀れな捕らわれのお姫様をこの場で救出に来てくれてもいいんだぜ? かっこいいよな、巷で流行りの、あんたらを主役にした小説だなぁ。でもな」

 大仰に広げた手を流れるように胸の前につけ、まるで騎士のような一礼を披露したゼフェカに、周囲の誰もが苦々しい顔をした。

 ルーナの眼光が凄まじいことになっている。視線だけで人が殺せるなら、ゼフェカは即死だろう。余波を食らって私まで即死しそうだ。とばっちりである。

 そんな視線をもろに喰らっているはずなのに、ゼフェカは平然と口端を吊り上げた。

「できないよな。二国の王冠は俺らの手の内だもんなぁ。いいんだぜ? 式典を前にして、王冠を二つとも熔かされたいんなら」

「貴様ぁ!」

 アリスちゃんが、ゼフェカを噛み殺さんばかりに怒鳴った。

「オウカン」

 知らない単語だ。

「おっと、黒曜は知らないか。国王が頭にかぶるやつって言ったら分かるか?」

[王、冠……?]

 王様の頭にあると思い込んでいた物。こっちの世界ではないんだなと思っていたのに、本当はここにないといけないものだった?

 驚いてルーナを見れば、ぐっと何かを飲み込むような顔をした後、小さく頷かれた。

「な、何故にして!? オルカン、非常重大重要禁則事項!」

「どこにだって裏切り者はいるさ。グラースにも、ブルドゥスにも。この世のどこにも、誰もが不満を抱かない治世なんて存在しない。そしていま、誰が多大な不満を噴出させているか、あんたらが一番分かってるはずだ」

 沈黙は、肯定だ。

 ルーナ達から表情が消え失せ、王様やその近くに並ぶ人達がぐっと何かに詰まった。

 大事な話をしている時を丸々寝こけていたようで、何も話が分からない。

「騎士ホーネルト」

 グラースの王様が低い声で言った。

「ルーナ、待機ぞ」

 隊長が呻くように言う。隊長、言葉を覚えるなら俺のが先達だとお手本になってくれた隊長。貴方のおかげで、私の評価は今日も珍妙です。

 分かっているのは、私はまだルーナに飛びついて泣けないこと、今更だけどゼフェカが敵なこと、二国とも王冠を奪われる大ポカをやらかしてること。

 分からないのは、いつになったらルーナに飛びついて泣けるのか、ゼフェカは何をしたいのか、不満いっぱいなのは誰なのか、王冠はどこにあるのか、今日のアリスちゃんのパンツの柄は何なのか、だ。

 たぶん、どうにかなるのなら、皆はいま私を助けてくれた。だけど、苦々しい顔をしながらもルーナのほうを止めているというのなら、そういうことだ。

 ルーナが苦しそうだ。噛み切りそうになっている唇が、渾身の力を持って開かれていく。

 駄目だ、と、反射的に思った。ルーナに言わせちゃ駄目だ。

「ルーナ!」

 視界の端でゼフェカが動いた気配がして、ばっと腕を上げて顔を庇う。喋ったので殴られるかと思ったけれど、ゼフェカは肩を竦めただけだった。

 ほっとする。殴られるのは痛いし怖い。

 でも喋る。だって、ルーナに言わせちゃ駄目だと思うのだ。私だって言いたくないけど、元年上の意地もある。

「私、私なるは平常! 通常業務が元気溌剌いい天気!」

 笑え、笑え笑え、私!

 ルーナがいなくても平気なんて言いたくないけど、いまこの状況を耐えろなんてルーナに言わせたくない。ルーナは何も悪くないのに、私の我慢までルーナに背負わせちゃ駄目だ。

 私が大丈夫なのは、私の所為だ。だから、大丈夫じゃなくなっても、ルーナの所為にだけはならない。そうなったら私の所為だ。後、ゼフェカ。

 ぐわっと口を上げて笑う私に、アリスちゃんが教えてくれた。

「カズキ、外は豪雨だ!」

「豪雨ぞり!?」

 いつの間にか外は豪雨だったようだ! ついでにいうと、私の胸中も豪雨だよ!

 事情も事態も、何も分からない。だったら私は、私のことをしよう。私にとって大事なことを優先しよう。

「ルーナ、私は大事ない! 平常、通常、普遍! 平和的解決、物理も可! 平時、日常、毎日! 平穏無事に推奨物理!」

「黒曜、言いたいことは分かるのに、全然心に響かない。後、変なの混ざってる」

「ゼフェカなるからは、放置希望」

 ほっといてください。ルーナに響けばいいんですよ、ルーナに。

 退出しようとするゼフェカに引っ張られてルーナが遠くなっていく。挫いた足を庇いながらひょこたんひょこたん歩いてついていくしかない。じゃらじゃらと鎖がうるさい。

 口元を引き結んだ兵士さんが大きな扉を開けてくれる。

「黒曜様、どうか、ご無事でっ……!」

 悔しそうな様子に、私のほうが申し訳なくなる。

 続く天井の高い長い廊下が見えた。どこまで続くのだろう。そして、この長い道を頑張って進んでも会いたい人はいないんだなと思うと、足が鈍る。

「おい」

 ゼフェカの咎める声を無視して、もう一度振り向く。

「ルーナ!」

 唇を噛み締めたルーナがまっすぐに私を見ている。こういうルーナは怖くない。

 昔はよくこういう顔をしていたから、その度に、抱きしめるかチョップするか後ろから膝かっくんした。でも、今はそのどれも出来る距離にいない。

 ならば口で伝えるしかない。大体、私は元気だと伝える前にこれを伝えるべきだったのだ!

「ルーナ、恋愛してる! 凄まじく恋愛してる、非常事態に恋愛してる――!」

「カズキっ……! 俺も、俺も愛してる!」

 そうして扉は閉まったのだけど、左右の兵士さんががちゃがちゃいってるのは何故なんだろう。寒いんですか、震えてるんですか、風邪ですか。重たい鎧着て大変ですね。

 彼らがさっきより悲痛な顔をしている気がするのは気のせいだろうか。物凄く口元を引き結び、何かに耐えるように目を見開いている。いつもお仕事お疲れ様です。

「まずい……騎士ルーナに勝てる気がしない。敵に回すべきじゃなかったな…………」

 ゼフェカの呟きの意味は分からなかったけど、ルーナが凄いのは事実なので、堂々とどや顔しておいた。

 兵士さん達の呼吸が物凄い勢いで噴火した。異世界の風邪は恐ろしい。

 後、凄い唾が飛んできた。


 それを見たゼフェカに「自業自得だよ」と冷たい目で言われたのが納得できなかったので、「私はルーナを緊急招集に恋愛してるぞり!」と胸を張ったら、兵士さん達の頬が爆発した。

 異世界はまだまだ、理解できないことで満ち溢れている。

 後、凄い唾が飛んできた。


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