11.神様、ちょっと色々譲れません
扉を開けた向こうは、数分前とはがらりと景色が変わっていた。まるで世界が裏返ったみたいだ。
昼間みたいに明るいと思った。けれど、すぐに違うと思い直す。
太陽みたいな白さはない。あるのはもっと橙色の光と、それさえも覆い隠す黒煙だ。
「何て防音性だ」
ルーナは、呆然と今までいた部屋を振り返った。窓が割れ、扉を開けて初めて気づくほど、この部屋の音を遮断する能力は高すぎる。よく見ると窓は二重になっていたし、そもそも窓は嵌めるだけで開かないタイプのようだ。
廊下の向こうから怒声と悲鳴が響いてくる。流れ込んでくる黒煙の勢いで、火の大きさも分かった。
「リリィ!」
「馬鹿! 体勢を低くして布で口元を押さえろ!」
思わず駆け出した身体をルーナが押さえる。確かに、火事で一番まずいのは煙だ。火は確かに危ない。けれど煙は、下手に吸い込むと一瞬で意識を失ってしまう。
慌てて袖口で口元を覆い、中腰で歩を進める。ルーナはいつの間にか剣を抜いていた。
廊下を二つ曲がって、愕然とした。そこはいつも大量の洗濯物をこなす中庭だ。建物に囲まれ、這うように伸びた渡り廊下の中央にぽっかり空いた土のあるスペースまでもが燃えている。
土が燃える。その理由を私は知っている。
[油が、撒かれてる]
開けたところに出て、改めて火の規模に愕然とした。
娼館全体の窓から火が噴きだし、皆が井戸の水を必死になって汲み上げている。あれだけ綺麗に着飾った女の子達の髪が焦げていた。火は、もうすぐそこだ。
消火を手伝おうとした私の身体は、逆方向に突き飛ばされた。つんのめって顔から地面に倒れ込み、鼻を擦りむく。
突っ伏した私の上で、鉄と鉄が組み合わさる音がした。これは剣と剣がぶつかり合う音だ。あれだけ戦場で聞いた音が、何でここにあるんだ。
リリィと皆が、私も入れてくれた家の中で、鳴ってはいけない音なのに。
そろりと頭だけを上げる。私を跨ぐようにルーナが立っていた。ルーナの外套が邪魔でよく見えない。邪魔にならないよう視線だけを動かす。
いつの間にか外套のフードを目深にかぶったルーナは、左手で構えた長剣で目の前の男からの剣を防ぎ、右手の短刀を逆手に持っていた。右側には折れた矢が見える。
お互い一歩も引かない剣が、ぎちぎちと音を立てる。研いだ刃物同士が立てる音とは思えないそれが、どれだけの力で押し合われているのかを証明していた。
相手は体格的に男だと分かるけれど、それだけだ。額も口元も覆われていて、目だけしか見えない。けれど、驚愕しているのは分かった。
「グラースの騎士だと……!?」
お互い顔は見えない。男がルーナを騎士と断定したのは、その得物にある。
軍人は長剣とナイフを持つのが主流で、騎士は長剣と短刀が基本なのだ。
グラースのとついたのは、ルーナが二本の武器を扱ったことが理由だ。
この世界の人に左利きはいないらしい。右脳涙目だ。短刀もナイフも、長剣が扱えない状況の予備で使われることが多く、一緒に使うのは珍しい。
私の利き手が左と聞いて、皆が物凄く驚いていたのに驚いた思い出がある。その手があったかと、砦の皆は左手でも武器を使う練習を始め、今では両利きになった人も多い。ルーナもその一人だ。
砦の皆が強くなったと言われる理由に、もしかしたらそれもあったのかもしれない。
顔のすぐ傍で、重量感あるルーナのブーツが擦りあわされたまま少し動く。
[動けるか? 動けるなら合図して向こうに走れ。合図は何でもいい、お前が決めろ。俺はそれに合わせる]
視線を相手に向けたままのルーナの言葉に頷いた。見えてないだろうけど、気配で分かってくれるはずだ。
それにしても何でもいいが一番困る。
[一、二……]
無難に日本語で、だー! までいこうとしたが、男の足が韻を踏んでいることに気付いた。日本語は分かっていないだろうが、リズムはとれるのだろう。寧ろ日本語を分かっていたら韻など踏まないはずだ。無意識にリズムを計られていると気づき、咄嗟に変更する。
高校時代、これを覚えたら十点くれると言った国語の先生の言葉でクラス中が必死になって覚えたものだ。こんな物これからの人生で必要ないとか思っていたけど、必要でした。ありがとう先生!
[じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらいまつふうらいまつ]
[…………それ、まだ続くか?]
[ごめん、省略する……ポンポコピーのポンポコナーのちょうきゅうめいのちょうすけ!]
最後を言い切ると同時にルーナが踏み込んだ。力付くで相手を押し切り、私の上から離れていく。その隙に跳ね起きて駆けだす。
[転ぶなよ!]
[分かって…………なかったね!]
しっかり震えていた足は、あっという間に縺れて盛大に転ぶ。しこたま鼻を打ち付けて悶えた。これで、鼻が低い日本人でも顔で一番高い部位は鼻だと二回に渡って証明されたわけだ。
がばりと、腕の力で上体を持ち上げる。大丈夫、震えてるけど力は入った。
そのまま勢いをつけて起き上がると、転がるように、ではなく、実際転びながら渡り廊下に飛び乗る。
こんなの、怖いに決まってる。
日本なら、「まさかー」とか「そんなわけないって」で済むことが、それでは終わらないのがこの世界である。飛び交う矢は本物で、斬り結ぶ刃物も本物で、熱気だけで焦げ付きそうな熱さが走り抜けるのも、殺意も、現実だ。
怖いのは仕方ないと昔に割り切った。出来ないことをただ嘆くのもあの頃散々やったから、もう飽きた。そして、出来ることを一所懸命しようという決意なら、既に終えている。
自分が情けないのも、みっともないのも嫌だ。私にだってプライドくらいある。けれど、自分の恥より嫌なのは、許せないのは、そんな私を守ろうとしたルーナが怪我することだ。
逃げるしかできないならしっかり逃げる。そのくらいできなくて、何が成人だ。
少し高い位置にある廊下によじ登るとすぐに、お互いの背後を守るように円陣になっている女の子達と、その中心にいる怪我人とリリィを見つけて駆けだす。
「カズキ、無事かい!? 西棟には入るんじゃないよ! あそこはもう無理だよ!」
さっと円陣が割れて私を中に入れてくれたカルーラさんはナイフを持っている。よく見ると円陣を組んでいる女の子達は、それぞれ何かしらの武器を構えていた。だが、素人目にも使い慣れているだろうと思えた人は少なく、中には花瓶を抱えている女の子もいる。
怪我人の手当てをしているリリィは、私に気付いてぱっと顔を上げた。騒動でインクをかぶったのだろうか。茶色の髪が半分黒い。
「よかった。あの部屋、外の音が聞こえないようにしてるから、呼びにいかないとって思ってた。後手でごめんね」
「…………リリィ、質疑応答宜しいか」
ぎゅっと拳を握りしめた私をじぃっと見たリリィは、初めて首を振った。
「駄目。手当が先」
淡々と手当を続けるリリィに、私は唇を噛む。駄目だは、こっちの台詞だよ、リリィ。
怪我人は女の子ばかりだ。そして、髪の色の濃い子。
正確には、夜目で黒髪に見える子、だ。
「標的なるは、私で正解ぞ」
「カズキ」
「私なるを定めた矢ぞろ」
「カズキ」
私の、所為だ。
リリィは、いつも癖のように首を傾ける動作をしなかった。
「あいつらの目的がカズキだとしても、それは貴女の所為じゃない。それで私達が怪我をしたとしても、何一つ、カズキが悪いことはないんだよ」
淡々としているのにどこまでも優しい言葉と声音に、思わず縋りつきたくなる。同時に、違うと叫びそうになる。私の所為だと叫びだしたいのに、そうだと言われると死にたいくらいつらいだろう。
我儘な自分の言い分を口に出すことだけはしたくなくて、唇を噛み締める。
その時、窓が開いた。
リリィの左側に聳えるのは北棟で、あそこは四階だろうか。まだ火が回ってないらしく、ぽかりとした暗闇が口を開く。
暗闇に星が瞬く。違う、あれは。
窓から突き出ていたのは弩だ。ただの弓より扱いやすいと戦場でも重宝されていたものが、何でここで、リリィを向いてるんだ。
「リリィ!」
咄嗟にリリィを引きずり倒して覆いかぶさった。小さな身体は、昔ルーナに感じた華奢さ故の不安を私の手に伝える。
「カズキ!?」
非難と悲鳴が混ざった声でリリィが叫ぶ。リリィの左側の髪はインクで汚れて黒い。
矢は、リリィに向けて放たれた。
小さな手が私の頭を庇うように抱きこむが、私は小さな頭を胸に押し付ける。
『カズキがずっとお姉さんだね』
そうだよ、リリィ。だからね、私の身体はリリィを隠せちゃうんだよ。
ぎゅっと瞳を閉じる瞬間、視界の端を光が通りすぎ、次いで矢が木製の何かに刺さった音がした。ミガンダ砦で、すぐ傍の樽に矢が刺さって腰を抜かした時と似ている。
そして、重たいものが高い所から落ちて潰れた音。
恐る恐る目を開けると、目の前に、昼間の時よりちょっとグレードダウンしたマントを羽織ったアリスがいた。
「…………アリスちゃん?」
「だから、それもやめろ!」
腕に嵌めた簡易の小盾から矢を引き抜いたアリスは、私の視線が動くのに合わせてマントを払った。一応お忍びマントなのだろう。色合いも黒に近い色だ。
「見る必要がないものは見るな、たわけ」
マントが視界を遮る一瞬、それを見てしまう。喉元に深々と小刀が突き刺さったそれは、ぴくりとも動かなかった。
「あ、ありがとう」
「……ふん」
振り返ると、短刀を投擲したままの体勢だったルーナが、遠目にも安堵したのが分かる。対峙していた男は、窓から落ちた男と同様に地面に倒れていて、そっと視線を外した私の身体が強引に引っ張られた。
「カズキ! 怪我は!?」
私の腕から抜け出したリリィは、がばりと私の服を捲り上げる。急回転して回れ右したアリスのマントが、勢いがつきすぎて私の頬をビンタしていった。痛い。
「怪我、カズキ怪我は!?」
リリィは次から次へと私の服を剥ぎ取ろうとしている。
「無傷! 無傷だぞろリリィ!」
「鼻怪我してる!」
あ、これは寧ろ、鼻以外を怪我してたら落ち込むところです。
リリィが怒ってる。
樽引っくり返しても、桶引っくり返しても、滑った拍子にチョップしちゃっても、絶対怒らなかったリリィが、物凄く怒ってる。
早足で近づいてきたらしいルーナに、ヘルプを出す為に視線を向ける。
「うぉわああああああ!?」
なんか怖いのきてると思ったらルーナだった。
こっちはこっちで慄くくらい顔が怖い。よくよく見ると、こっちが阿呆な事をした時に見せる、何か言いたいけど何を言うべきかみたいな諦め半分、苦笑半分みたいな顔だった。けれど、記憶にある顔との差が激しすぎた。さっきの間でちょっと慣れたと思ったけど、炎を背に逆光状態で不意打ちされると慄く。
私の悲鳴にちょっと傷ついた顔をしたルーナに、ぺしりと額を叩かれた。意識がそっちに逸れたことに気付いたリリィは、私を引っ張る。
「カズキ!」
「はっ!」
「私、カズキの所為じゃないって言ったよ!」
「はっ!」
「だから、カズキがこんなことする必要ない! もう二度としちゃ駄目!」
私の身体のどこにも矢が刺さってないことを確認したリリィは、硬く強張った身体で私を睨み付ける。 ごめん、リリィ、可愛い。
「えっと……[ごめん、ルーナ。翻訳して。ちゃんと伝えられる気がしない]」
「俺はいいけど…………そっちはよくないんじゃないか?」
[え?]
視線で促されて目線を戻すと、リリィが半眼になっていた。ごめん、リリィ、可愛い。
「カズキの言葉がいい。カズキの言葉で、ちゃんと伝えてくれるなら、聞く」
周りではどこかでガラスが割れる音がしているし、自警団の皆が襲撃者と戦闘を繰り返しているのに、私は言語力が試されている。こんなことをしている場合じゃないと思うのと同時に、いま、これ以上大事なことはないとも思えてしまうのは何故だろう。
「えー……と、リリィ」
「うん」
「これなる事態が私の所為なるぞ有無は、少々の期間あちらこちらに配置するぞろしても」
「うん」
「私、何卒の前提が存在ぜずとも、リリィ負傷、嫌ぞろ。であるからすらば、私、次なる前例が存在にょろも、再度再びやるにょ! ごめんぞろり!」
どこかでまた、ガラスが割れる音がする。
こんな事態を引き起こしたことへの謝罪より先に、頭を下げることがあるとは思わなかった。でも、撤回はしない。ごめんね。
「駄目」
「うん」
「許さない」
「うん」
「……いつもと、逆だね」
「ぞり」
「そっちが定着しちゃったね」
どうしてだろうねと、リリィがこてりと首を傾げて苦笑する。
「リリィにご教授願ったぞろ関わらず、このような結果であるが大層不徳と致す遺憾が申し訳ないにょろり」
小さな手が両手で私の手を握る。くんっと軽く惹かれて傾いた頬に、柔らかい感触。
「ありがとうのほうが、好き」
「ありがとう!」
「私こそ、庇ってくれてありがとう」
リリィが頬にキスすると同時に囁いた言葉に即座に反応したら、まるでキスに対してお礼を言ってるみたいになった。あながち間違ってもないけど。
「…………俺のときより嬉しそうな顔してないか?」
ルーナがぼそりと呟く。あながち間違いでもないね!
とりあえず廊下が入り組んだ場所まで移動する。ここはまだ火が回っていない。その為暗いけど燃えてるより余程いい。
怪我人をそっと下ろして、無意識に息を長く吐いていた。
「きっと、私が色々買い物に付き合わせちゃったから、目立っちゃったんだと思う。今はとにかく逃げて。ここに隠し通路があるから」
暗がりでよく見えないけれど、扉がある壁の右下に通風孔みたいな四角い場所がある。壁にぽかりと開いた長方形の穴は、ここだけではなくあちこちにあるのを見かけた。ここにあるのは心成しか少し大きく見える。成程、一般的な通風孔を模していれば、確かに探しにくいだろう。木の葉を隠すなら森の中という奴だ。
かろうじて人が一人通れそうな穴をじっと見つめる。這うのは大変そうだけど、頑張るしかない。
「そういえば、騎士アードルゲはどうしてここに? 騎士ホーネルトはジャウルフガドールと知り合いだから分かるけど」
そういえばそうだ。
明日また来ると言っていたのに、どうしてこんな時間、こんな時に戻ってきたんだろう。
周囲をちらりと見たアリスは、「今更か……」と呟いて嘆息して話し始めた。
「…………数名の黒曜候補が襲撃を受けた。よもやと思いここに来た次第だが……まさか騎士ホーネルトがいるとは思わなんだ」
「黒曜候補が?」
怪訝そうに眉を寄せたのはカルーラさんだ。その話と娼館襲撃に何の関わりがと言いかけて、
その眼が緩慢な動作で私を見る。
何故か、この世の苦行を一身に背負ったという雰囲気を醸し出したアリスが、重い声で続けた。
「……異世界等という信じられん場所から来た所為で言葉が『少々』苦手な、黒髪黒瞳で、少女のような成人女が実際の黒曜だと…………伝聞は、知っているだろう」
娼館の皆の視線を一身に受けて、私はへらりと笑った。
「…………黒曜」
「う、うはん?」
「…………黒曜?」
「うほっ!」
カルーラさん直伝の秘義を発動させたのに、何故だろう。何かとても遣る瀬無いものを見るような目が私を囲む。その中でただ一人、ルーナだけが半眼だ。目つきすっごく悪い。暗闇で見るとどんなホラーかと思うじゃないか。
でも、ちょっとだけ慣れてきた。順応って素晴らしい。
「カズキ、裏方じゃなかったのか。どうして男を誘惑する術を会得してるんだ。間違ってるけど」
「あれがそうだと何故分かった!?」
「騎士アードルゲ。俺はカズキが『もぎゃ』『ぷも』『べるんちょ』としか発音できなかった時からの付き合いだぞ」
ああ……みたいな空気が流れた。
いやいやいや。だって皆が何を言ってるか全く分からなかったんですよ。発音とかも全く耳慣れないし、舌の動きとかどうなってるのそれって思ってまじまじ口ばかり観察してましたよ。
私の異世界語習得は、一所懸命ヒアリングして、喋り始めや語尾を真似することから始まった。自分では真似ることができているつもりだったけれど、舌が全くついていかなかったし、耳慣れない言葉ばかりで、結果ああなった。
そこから、状況や頻度を考えて、少しずつ今の状態にまで持っていった。そりゃ途中からは、恐るべき精度で日本語を覚えたルーナの助けを多大に借りたけれど。
ちなみに、『もぎゃ』が肯定や分かったの返事、『ぷも』が否定や疑問を感じたとき、それ以外が『べるんちょ』だ。
廊下の向こうからバタバタと足音が聞こえて、ルーナとアリスが弾かれたように剣を構えた。
焦げくさい臭いを纏って現れたのは、ネイさん率いる自警団の皆と、酒樽さんだ。
「お嬢様、あっちの避難は完了しました。怪我人は出ましたが、死んじゃいませんのでどうぞご安心を」
「うん。よかった。じゃあ、こっちも避難始めよう」
リリィがこくりと頷いて、ネイさんと一緒に私を見た。二人とも同じ顔でにこりとしないでほしい。謝らせてもらえないのも堪えるんです。
「後、ギャプラー殿、女性陣の下着は返却してもらいますからね。なんつー火事場泥棒してるんですか……」
酒樽さんは明後日の方向を見た。そっちには真っ暗な壁しかない。
「大丈夫ですよ、カズキ。要は生きていればいいんですから」
「後、台帳があると完璧。ここにあるから完璧」
どうやって入れていたのか、リリィが胸元からずるりと取り出したのは分厚い冊子だった。
「経営は数字さえあればやり直せるし、なくても、一度や二度の火事で潰れてる体力じゃ、ガルディグアルディアは名乗れない」
「大丈夫、大丈夫だよ、お嬢さん。わしも再建への援助は惜しまんし、裏三家最後の一家、ドントゥーアも同じじゃよ。わしらはそうやって生きてきたんじゃからな。わしらがいがみ合っとたら、帝都なぞその形も保てんわな。女の子はなーんも心配する必要はない。心配する必要があるのは、二家の筆頭が揃ったガルディグアルディア本家を攻撃したあ奴らのほうじゃて。な?」
酒樽さんは、体形に比べて意外と小さな手をぽんぽんと私の頭に乗せた。三回目のぽんが来る手前で、ルーナの手が酒樽さんの手を握る。
「二回までです、ギャプラー殿」
「お固いのぉ……しょんぼりじゃて…………挨拶に頬にキスくらいはかまわんか?」
「十年ぶりに再会できた俺が出来てないのに、いいわけないでしょうが!」
ルーナが積極的だ。おかしいなぁ。昔はもっとこう、手を繋ぐのにも顔真っ赤になってたのに。十年って凄い。なんだか親戚の子どもの成長を見守るおばちゃんの気分だ。その目線で見ると、顔が怖いのも愛嬌に思えてきた。笑窪? 笑窪なの? 痘痕も笑窪なの?
この顔に笑窪ついたら…………怖いことには変わりないな、うん。
くいくいと袖を引かれる。頭の中で笑窪のスタンプを押してみた頬から視線を外せば、ちょこんとしたリリィ。可愛い。
「恋人より先にしちゃって、ごめんね?」
「マッチョご褒美ぞろ!」
「…………いっそ?」
「いっそぞろ!」
こてんと首を倒すリリィが可愛すぎてどうしよう。




