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第6章 中神の休日 下

「…に、にいちゃーん、そ、そんなに怒らなくてもいいじゃんかよぅ~」


 着替えを済まして降りてきた中神は仏頂面だった。

 飛び込んできた妹は、俺の絶叫を聞いて暫くビックリしたのか目を見開いて驚いていた。「ど、どうしたの?まだ痛かった?」

 そのときの美枝の顔からは心配していることがよくわかる、悪意がないことも。

 俺はその兄想う気持ちが嬉しく、ニンマリと笑顔になったあと、思い切り美枝の頭を叩いたのだった。


「馬鹿いえ!俺は待てとお願いした、なのにお前は突っ込んできた、この意味がわかるか?」


「うう~」


「お前が心配してくれてて、悪意がなかったことは分かってる、それに免じて殴るじゃなくて叩くにランク下げしてやったんだ」 


 2度目の全身を駆け巡る痛みは、頭に火鉢がでるほどに痛かった、意識が飛びそうになるレベルだ。

 妹じゃなく涼宮が同じ行為をしてきていたら、同じ苦しみを味あわせるレベルまでぶん殴っていたところだ。

 魔の突進を食らってから暫くして、痛みが引いてきた中神は予定より20分のタイムロスにより、1階の食卓へと有りつけたのだった。


「あらあら、まだ体痛むのね~、どうする、病院でもいって精密検査でも受ける?」


 不意に心配になってきたのか、どこか専門的な病院で検査を受けさせたいらしい。


「そーだよ!見た感じどこも怪我してないのに痛むなんて、なんか病にでも掛かってるんじゃないの・・・?」


「あ~・・・え、えっとだな」


 妹まで心配そうに尋ねてくる、あまりに純粋な質問に、口ごもってしまう。

 力を使った反動で痛む体は外見では傷一つ付いておらず、内側の筋肉だけバラバラにされたような奇怪な状態だと予測される、

 だが予想というだけであって、普通に動かす分には痛まないなど明らかに筋肉痛ではない

 

 これは調べればわかるようなものじゃない…全くの別物だ。

 

 仮に精密検査を受けても『原因不明』となるだろう、それで良からぬ心配を掛けたくはなかった。


「…学校の友達と柔道ごっこしてて背負い投げバンバン食らったせいだろ、容赦なく床に叩きつけられたからな、一時的なもんだろ、直に治るって」


 だから俺は余計な心配を掛けないため、もっともらしいウソを付くことにした。


「あら、そうだったの…あら?電話かしら」


 プルルルルと、電話が鳴っている

 電話に出るため台所にいってから話をしている会話が聞こえる。「あら、ちょっと電話でるわね」「どうもこんばんわ~」「あ、はい…そうですか~わかりました~」なんていう会話が聞こえてくる。


「ちょっとお友達と会いに行くから、お留守番お願いねー、ご飯は作っといたから、温めればすぐ食べれるから~」


「いってらっしゃ~い」


「あいよ、いってらー」


 どうやら誘いの電話だったようだ、

 ウキウキしながら母さんは出かけてしまった。  

 

 美枝は母さんのやり取りで間が抜けてさっきの話を忘れたのか「さっきなんていったっけ」と聞いてきたのでしょうがなくもう一度話しなおす。


「しかし以外だなあ、にーちゃん柔道ごっこなんてしてたんだ、

 以外に子供っぽいね、でもさ、ちょっとやり過ぎだと思うんだよねぇ、そんなに全身が痛くなるくらい打ち付けられるなんて

 …でさぁ?」


 何やら引っかかる部分があったのか、急に険しい目つきで睨んでくる。


「兄ちゃん」


「な、なに?」


 『にーちゃん』じゃなく、『兄ちゃん』と呼んだ、

 美枝は普段は自由気ままで活発な中学生だが、真剣になったり怒ったりすると不陰気がガラリと変わるところがある。

 『にーちゃん』じゃなく『兄ちゃん』と呼んできたということは、現在絶賛怒り中ということだ。


「一つ矛盾してない?」


「な、何が?」


 美枝の指摘にドキリとする、

 一瞬顔の出そうになり内心焦りながらもなんとか平静を装ってるように見せる。


「兄ちゃんは柔道でバンバン打ち付けられたっていったんだよね?」


「お、おお」


 滅多に無い美枝の気迫に押されておもわず声が震えそうになる。


「おかしいよね?

 全身が昨日は動けないくらい痛むなんて、相当な力で打ち付けられないと痛くならないはずがないよね、それも何回か必要なはず」


「…それがどうしたってんだよ」


 遠まわしな言い回しに思わず眉を潜める。


「ウチが言いたいのはね、喧嘩でもなきゃ、単純勝負でそこまでやらないだろうっていいたいの、だったら取っ組み合いとかになると思うし、それに骨が痛まなく、外見は赤くもアザ一つ、傷一つ付いてない、なのに筋肉だけ痛む、何か不自然だと思わない?」


 …この前涼宮と殴り合いしたといったときは軽く流したくせに…

 

 こいつはたまに脅威的な直感力を出す、しかも俺だけに働く能力らしい、なんて才能の無駄使いなんだろうか。


「傷は無くても皮膚が赤くなったり、腫れ上がったり、熱を持ったりするはずなんだ…兄ちゃん、ちょっと背中見せてみて、柔道するなら背中を一番打ち付けるでしょ?」


 下手な抵抗も反論もできず、されるがままにシャツを捲って背中を見せる。

 美枝の発言にぐぅの根もでなかった。


「やっぱり…傷どころか、赤くない正常な肌色、腫れ上がっても熱を持ってるわけでもない…最初に触ったとき、熱を持っていないから不自然だと思ってだんだ…

 ねえ兄ちゃん」


 怒りながも戸惑いながら、それでもしっかりとした声だ。


「嘘…ついてるよね?」 


 真剣な怒りの感情が込められた一言。

 何も言い返せない。

 下手に嘘を付いてばれれば余計に状況が悪化してしまう可能性がある、だからと言って真実を言うわけにもいかない。

 どうせ説明しても信じないで大笑いするか、怒るかだろうけど、万が一のことがある。やたら無闇に話さないほうがいいだろう。


「悪い」


 だから謝ることにした。


「確かにウソをついた、ごめんな」


「なんでウソなんてついたの」


「理由は言えないんだ」


「…」


 明らかに心配した目で俺を見ている、

 とても不安そうな目だ。

 実の妹に心配されるなんて、だめな兄だな…


「大丈夫だ、大体2日目で動けるようになるまで直ってんだ、すぐ直るし、そんな心配するなって」


「どうしても言えないの?」


「ああ、どうしてもだ」


 美枝は何かを考えるような顔になったが、すぐに諦めたように深いため息をついた。


「もう…分かったよ、これ以上は聞かないよ、でもね、一つだけ約束してね」


 人差し指を立てて、俺の鼻先まで突き出してきた。


「ああ、分かったよ、何を約束すればいいんだ?」


「本当に、困ったことがあったら悩まずにお母さんでもあたしでもいいから言いなさいよ?」


「…」


---その心使いだけで十分だ。


「分かったよ、困ったら真っ先に美枝に相談するよ」


「本当だね?じゃあ指きりげんまーんう~そついたら~」


 美枝が勝手に俺の指に合わせて指きりしてくる。

 笑顔で指きりげんまんしてる美枝をみて、罪悪感でちくっと胸が痛む。

 

 指きりしても俺はどうせ約束を守らない、俺は嘘つきだからな…嘘がばれたら針千本飲ますだっけか、じゃあ俺はこれから何回飲まなきゃならなくなるんだろうな…。


「---殺す、指切った!」


「殺すなよ!」


「え?」


 5秒前の感動を返せ!


「え?じゃねえだろ!嘘ついたら殺すってなに?!

 そんな指きり聞いたことねえよ!どんだけ重大な約束破ったらそうなるんだよ!」 


「そうじゃなきゃ簡単に約束破りそうなんだもん」


「元は針千本飲ますだったよね?それで十分だと思うんだけど!」


「針千本なんて飲ましたら死んじゃうじゃん!」


「お前の言う殺すと死んじゃうってなにが違うんだよ!」


「殺すは脅しに決まってるじゃない」


「脅すな!」


 余りに馬鹿馬鹿しくなって呆れてしまった

 

 とにかく腹の虫が治まらないので飯を食おうと美枝に背を向けて台所に向かったのだが、直後に美枝が大声で叫んできた。


「だ、だって!にーちゃん嘘つきなんだもん!!!」


 あまりに突然すぎて驚いた

 振り向くと、さっきまで笑顔だった美枝は涙目でうつむいている。

 顔を上げた家美枝は涙を堪えているようだった。


「昔から約束したって、簡単にすっぽかすし…あたし知ってるんだよ?

 何かあってもお母さんにもあたしにも何も相談しないで、自分一人で解決しようと頑張ってるの、にーちゃんはバレてないと思ってたかもしれないけど、あたしには分かってた!」


「…ッ!?」


 まさかの発言に息が詰まる。

 家族に心配を掛けないように一人で解決してきていたのに、それが妹にはばれていた、だったら…なんで。


「なんで…知っていて聞いてこなかったんだ?」


 聞いてからすぐに失敗したと気づいた、聞かなくてもわかるだろうに。


「だって…兄ちゃんが自分から言わないのは、あたしやお母さんに心配掛けないようにするためでしょ?

 それを隠れて一生懸命やってる兄ちゃんを見て、とても言えなかった、聞けなかったの、だから知ってて黙ってたんだよ」


 案の定、予想していた言葉通りだった。


「そっか、それじゃあ美枝はお母さんに黙っててくれてたんだな」

 

 しみじみと妹の優しさを感じながらコップに入っていたお茶で喉を潤す。


「いや、真っ先にいったよ」


「ごぼべがばらぁ!?」


 飲み込もうとしたお茶で思い切りむせた。


「げほごほ、はぁあ?!

 な、なんで真っ先にいうんだよ!」


「え?だって、心配だったんだよ!」


「それはわかった、でも普通母さんに言うか言わないか躊躇わないか!?」


「なんで躊躇うのよ」


「俺が秘密にしてた大事なことを糸も簡単に話すかって話だ!」


「躊躇う必要なんてないじゃん」


 そういって俺を見る、これが正しい選択で間違いないと自身を持っている目だ。


「じゃ、じゃあなんで母さんはなにもいってこないんだ?」


「あたしと同じ考えなんじゃないかな、気を使ってくれてることにあたし達が気づいてて、何か言えばどう思うかわからなかったから」


 そうだったのか。

 二人はずっと前から知っていて黙っててくれたのか。


「そうか、ありがとな、あとで母さんにもお礼言わなきゃな」


「うん、そうだよ、お母さんビックリするだろうね~」


 そこまで話てから、美枝はいつも通りのおちゃめな美枝に戻っていた。

 他にも何か話そうと思ったが、ぐぅ~っとお腹が鳴る。

 いい加減何か食べ物を胃に送らないと、腹と背中がくっついてしまう。


「そういえば飯食ってねえじゃん、母さん何作ったのかな」


 台所を見回すがきんぴらごぼうといんげんの炒め物と、バターを使った農耕なコンソメスープ、それにとんかつがラップして置いてあった。


「うおー、朝にしては高カロリーな飯だなおい」


 母さんは、何かとこってりとした味が好きで、少々カロリーが高めな日が多い。

 だが、味は普通にうまくて後味も悪くない、空っぽの胃には少しきつめだが、その際あってなおさらおいしく感じる。


「ふぃー、食った食った」


 すっかり忘れ去られていた胃を、コレステロールが高そうな朝飯で胃を満たして一服。


「よく食べたねにーちゃん、ご飯何回おかわりしたの?」


 美枝が目を丸くして驚いていた。

 とにかく食うことで頭がいっぱいになってしまい、自分でも何回おかわりをしたかわからない。


「うーん、腹減ってて、とにかく食うのに夢中になっちまってたからな…4、5杯か?」


「よ、よくそんなに食べられたね」


「うむ、空っぽだった胃は完全にいっぱいでござる」


「フフ、まあ元気になってよかったね~」


「そーだな、なんかいっぱい食ったら体の調子も良くなった」


 食い終わって、体の痛みがすっかり消えていた。


「ただ単に腹が減っていて痛かったとかいわないよね」


「いわねえよ、腹が痛くなるまで抜きとかどんだけだ」


「いやにーちゃんだし、痛みと腹減りを間違えていたんじゃないかと」


 聞き捨てなら無い言葉がある。


「お前まで兄をバカにするのかよ!」


「バカなにーちゃんだから、家族も迷惑してるんだぞ♪」


 まるで世話の焼ける兄に叱りながらウィンクしてるとても可愛らしい仕草を見て一言。


「うわ、うっぜぇ」


「ちょっと!なんで今のうざいのよ、そこは可愛らしいでしょ!」


「自分で可愛らしいとかいってるわー、痛い子だわー」


「なによ!文句あるの!」


「ナンデモナイデスヨー」


 そして不毛なやり取りが始ろうとしていたが、電話が鳴っていることに気づく。


「あ、俺出るわ」


『もしもし、あ、正野?ちょっと友達の家に泊まることになっちゃった、てへ☆」


「うん、それで?」


 いい年した親がドジッ子のような発言をしたがあえてスルーすることにした。


『明日の夕方には帰ると思うから、ちゃんと栄養あるもの作って食べなさいよー?母さん心配で心配で』


「病人家に置いて心配だなんて親がどこにいる」


「あら、ここにいるじゃない」


「そうだ、なんで開き直る!」


『ふふ、でも元気になったみたいじゃない、よかった、急に泊まることになっちゃったからね、ちょっと大丈夫なのか心配だったけど、大丈夫そうね』


「ああ、そうだ母さん」


『なに?』


 お礼を言おうと思ったが、やめた。

 家に帰ってきたときに、きちんと礼を言うべきだ。


「いや、飯ちょっと高カロリーすぎたんだけど」


『あらそうだった?いきなり胃に入れる食べ物にしたら悪かったかもしれないわね』


「もうちょっとカロリー控えめな日を増やそうよ」


『ごめんね~、今回買い物行ってなくてね…』


 それだったら仕方がない。


『そろそろ寺の方に替わらないと迷惑になるし、電話切るわね」


「ん?あ、ああわかった」


 といってから、ちょっと気になった。


「あ、待って、そういえば母さんどこに泊まるんだ?」


『うん?ちょっと親戚の人に呼ばれてね、正野が小さい頃に行ったことのある神社の寺よ」


「俺が小さい頃?神社なんていったっけ?」


『あら、覚えてないの?無理もないわね、5年以上前だもの』

 

 何かもやもやした感じがある、思い出せないジレンマのせいだろうか。


「そう、わかったよ、うん、じゃあね」


 長電話は確かに他の人にも迷惑だろう、得に追求もせずに電話を切った。

 う~ん?何か所々おかしかったような、寺の記憶だけじゃないもやもやがあるような気がするんだが…気のせいか。


「お母さんから?」


「そう、母さん泊まるんだって」


「ええ!?」


「いや、明日の夕方には帰ってくるらしいよ」


「じゃあ昼と夜の飯は!?」


「いや、ガキじゃあるまいし…作ればいいだろ」


「どうやって?」


「どうやってって…お前なあ」


 そういって冷蔵庫を空けて中を見回す。 


「ねえ、どうやって冷蔵庫に何も無いのに昼と夜を食べるの?」


 中に入ってるのは、お茶とスポーツドリンク、おいしい水、なぜか飲み物ばかりだ。

 冷凍庫にはしもと氷しかない。


「はあああああああああああああああああああああああああああああああ?!」


 人間は二日や三日程度なら、飯を抜いても簡単には死なない、しかし、1日でも飯を抜くのはしんどい。


「ちょ…かあさあああん?!なんでこんなすっからかんになるまで買い物行かなかったんだよ!」


 冷蔵庫みてから電話にでるべきだった

 これもう買い物忘れちゃだめだろ、なにしてんの母さん。

 冷蔵庫空っぽなら言おうよ、普通いうでしょ?!


「そういえばテレビで物価が高くなるっとかいってたんだよね」


「…待て、ということは」


「うん、お母さん『あらあら、値上がり?じゃあ冷蔵庫の中をすっきりさせてから沢山買い置きしなきゃね~』なんていってたような」


 ここまで空にする必要があるのか母さん!


「じゃあ今日無駄に高カロリーだったのは」


「残り物で作ったんだろうね~」


 無駄なく使い切った中身のない冷蔵庫、ここまでくるとプロだ。


「しかし…電話しようにも電話番号がわからねえしなあ」


 こうなるなら電話番号を聞いとけばよかった。


「ウーン…あ!兄ちゃん!携帯があるじゃん!」


 そ、そうだった、一家に一台はある携帯電話、小型で持ち運びのできる便利な電話機。


「さすが我が妹だ!」


「ふっふっふ!天才といいなさい兄ちゃん!」


 すかさず自分の携帯を探す、

 が、見つからない。

 ひたすら家中を探す、

 が、見つからない。


「あ、あるぇ~?見つからないよー?」


 いたるところを探しても、愛しのマイ携帯が見つからない。


「な、なぜなんだ!どうして見つからない!」


 自分の部屋を見回し、あちこちを探る、それでも見つからないため思わず叫ぶ。


「うーん、どこに携帯やったんだ?」


 何かを求めるように、澄み切った空を見ようと窓から顔を出して、気づいた。

 何か見に覚えのあるものが一瞬目に入った。


「ん?」


 よく見ると少し離れた隣の屋根に、なぜか自分の携帯が乗っかっている。


「なんで!?」


 自分の携帯は物置の屋根に乗っかっているようだ、

 あまり高くない、

 ちょっとした台を用意すれば簡単に取ることができそうだ。


「でも、よりによってなんで…あの家に」


 隣の家は犬を飼っているのだが、主人以外には敵対心が高く、近づくだけで追っかけまわされる。


「にいちゃーん?見つかったのー?」


 部屋に美枝が入ってきた。


「ああ、見つかったんだけど、よりによってあの家に」


「なんであんなとこに携帯が乗っかっているのよ」


 猛犬による問題よりも、何故携帯が隣の屋根に乗っているかが不思議だったようだ。


「知らん、なんでか乗っかってた」


「携帯が勝手に動くわけないんだから、何か理由があるはずよ」


「そういわれても、あんなとこに投げるわけねえだろ」


「そうだよねー」


 美枝はわざとらしく首をこくこくとしながら、どこから持ってきたのか梯子を渡してきた。


「はい、じゃあよろしくね」


「うん、やだ」


「何言ってるのよ、あたしが猛犬に襲われてもいいの?」


「俺は猛犬に襲われてもいいのかよ」


「あんなとこに携帯がある原因はどうせ兄ちゃんなんだから、責任もって取ってきなさい」


 しょうがなくアルミ製の梯子をズルズルと引きずりながら重たい足取りで取りにいく

 犬はとても鼻が利く、

 主人じゃない匂いで察知したのだろうか、何匹もの犬がこちらに向かって猛ダッシュで突っ込んでくる。

 今まさに梯子を使って上ろうとしてる最中だ、この家の物置はやたらと縦長だ、あと数段上れば屋根に乗れるが、間に合わない。


「っちぃ」


 諦めて梯子から飛び降りる。

 飛び降りた俺はとても自信に満ち溢れていた。


「残念だったな、お前ら」


 俺の言葉に反応し、さっきまでこちらに迫ってきた犬は、全員立ち止まる。

 警戒しているのだ。


「この俺に歯向かうか、お前らごとき獣が」


 犬達は俺を囲うようにしながら襲う機会を窺っている。

 犬達は恐れていた、どこからか溢れでる謎の自信に。


「歯向かわなければ、何もせず穏便に済まそうと思っていたのだけどな」


 屋根に上れないことを諦めたのではなく、犬達の相手をしてやらなくてはならないという諦めだった。


 中神は神である、その絶対的な力を持つ者を人は神と呼ぶ。


「こいやおらあああああああああああああああああああああああああ!!」


 中神の雄たけびとともに、犬は一斉に襲い掛かってくる。

 

 だが中神は神である、その絶対的な力を打ち破る術はない。

 

 神になった彼は何者にも屈しない力を持つ、俺は笑みを作り、犬に殴りこむ! 


 




 ・…・…・…・…








 ---中神はズタボロの雑巾のようになって戻ってきた。

 

 全身擦り傷と汚れ、あちこち噛まれて、服は爪で切り裂かれてボロボロになっていた。


「あちゃー、間に合わなかったんだね~」


 美枝は帰ってきた兄を見て、予想通りだったと言わんばかりに言ってきた。


「お前…この姿見て少しは心配しないか普通」


「だって予想通りすぎなんだもん」


 そういって救急箱を差し出してくる。本当にそうなると思っていたようだ。


「でもこの傷の量、もしかして逃げなかったの?」


 いくら襲われても、全力で逃げれば全身に傷を負うことなどそうそうない。


「うるせー、勝てる気がしたんだよ」


「へー、凄いね、隣の家の犬って凶暴な猛犬ばかりで、結構な数いたよね、

よく勝てると思えたね」


「ああ、なんとなくそう思えたんだよな」


 犬が突進してきた辺りから少しだけ、神の力が戻ったような感覚に苛まれた。

 謎の自信は神の力が戻ったと勘違いし、こんな犬怖くねーぜと思っていたからだ。


「まあ、普通に負けて戻ってきたけどね」


 だが、結局なんの力もなく、力を使おうとしたが何にも起こらないことが分かってから笑みから顔が蒼白になるまでものの2秒、

 犬が目の前に来た瞬間から全力で逃げ出したのだ。

 

 だが目の前だったため、逃げるのに間に合わずに現在に至る。


「まあ、そんなことだろーね、で、これなーんだ?」


 そういって美枝はポケットから中神の携帯を取り出した。


「ほわああああああああああああああああああああああい?!」


 美枝から取り上げて、まじまじと見る、正真正銘自分の携帯だ。


「え、ちょ?これどうやって取ったんだよこれ?」


 まさか無傷で、あの犬の大群から免れて携帯をとってきたと言うのか。


「あ、あははー、いやね?怒らないで聞いてくれると嬉しいんだけどね?」


 いつもなら自信満々に自慢するような美枝が、なにか悪いことでもしたなような顔だ、なぜそんな顔をする?美枝よ。


「にーちゃんが、その、携帯を取りにいったあとでね?隣の家の主人に頼めば、携帯取ってくれるんじゃないかなーなんて思って、頼んでおいたの」


「はあ?どうやって頼んだんだよ」


「ほら、たまに隣の家にお母さんが用事で訪ねることがあるでしょ?でも犬が怖くて近づけないから、何か用がある場合電話で使えられるようにと電話番号をお母さんが携帯に登録してるの見て、あたしも念のために電話番号をメモしといたの」


 怒るよりも俺は関心した。


「いや、怒る以前に、なんで隣の家の電話番号を、美枝はメモしたんだ?」


「前にね、隣の家の犬にイタズラでお気に入りの人形を持ってかれちゃって、取り替えそうにも怖くて近づけなくてね、一度あたしが主人に頼んだことがあったの」


「お気に入りって、もしかして俺が上げた人形のことか?」


「そう、あたしが小学6年生のときに買ってくれたくまのベーサン、今は、近所の小さい子が欲しいっていったから上げちゃってもう無いけど、小さい子が、あたしみたいに取られたりしたら、すぐに苦情入れられるようにと思ってね」


「苦情て…」


「でも、まあなんとなくよ、なんとなく、それで携帯を返してもらってたわけでした~」


「なるほど、つまりは俺がしぶしぶと取りにいって、梯子で登って取ろうとしてた頃には、主人が取って美枝に渡していたと」


「うん、で、ついでに知らせようと思ったんだけど、犬が騒ぐ音と兄ちゃんの悲鳴で手遅れだと悟ったから、先に帰って救急箱用意してたの」


 通りでわかってたような発言をしてたのか。


「でも、ちょっと待て」


 これで一件落着だね~っといいたけの顔をしていた妹は、ぎこちない笑顔で「ど、どうしたの?」と聞いてくる。


「携帯を取り戻せたのはいい、が、俺はつまり無駄働きだったというわけか」


 おまけに犬による負傷。


「け、結果的にはそ、そうなる…のかな?うん、え、えっと、その、元気だして、ね?」


 怒りたいところだが、どこに怒りをぶつければいいのか分からない。

 美枝は悪くない、

 結果的には美枝は活躍してくれている、怒るなんて野蛮なだけだ。


「ッフ、大丈夫、こんな痛み、筋肉痛だったときに比べれば痒いもんだ、気にするな」


「そ、そうだね~」


 別に怒ってもいないのに、それでも口元が強張っている。


「いや、俺怒ってるんじゃないぞ?美枝のおかげで携帯取り戻せたんだしな」


「お、怒ってないのはわかってるんだ」


 じゃあなんでそんなにおどけているんだろうか。


「じ、実はね?」


 覚悟したように、目をあやふやさせながら言ってくる。

 まさか、携帯が壊れてたなんていうオチなのだろうか。


「なんでにーちゃんの携帯が隣の家に落ちていたって話なんだけどね?」


 どうやら壊れていた話ではないようだ。


「ああ、それがどうした?」


 なんで落ちていたのか分かったのだろうか、取りあえずは壊れていないことに一安心だ。


「分かったんだ、よね、多分」


 恐る恐ると喋っているせいか、話が全然進まない。


「まどろっこしいからさっさと喋ってくれ」


「わ、わかった、あのね、兄ちゃん」


「怒らないで聞いてね?」


 今日で2回目だろうか、

 またも怒らないで発言。


「おこらねーよ」


 やれやれ、全く、あんだけのことがあっても怒らない俺だ、いまさら確認取るまでもないだろうに。


「携帯が屋根に落ちてたのね?あたしのせいなんだと思う」


 中神は、一瞬時が止まった錯覚を覚えた。


「ん?もう一回言って」


 聞き間違えかと思い、再確認。


「えっと、け、携帯が落ちてたのは、あたしのせいなんだ」


 どうやら聞き間違えではないようだ。


「なんでそういう結論がでたのか教えてくれ」


「ほら、今日の朝、あたしが兄ちゃんに思い切りタックルかましたじゃん?」


「ああ、そうだな」


「で、兄ちゃんベットまで吹っ飛んだじゃん?」


「吹っ飛んだ吹っ飛んだ」


「そんときに兄ちゃん胸ポケットに携帯入れてなかった?」


 …そういえば、昨日涼宮と不毛なやり取りをした後、学校でしまうくせで、胸ポケットにしまったまま寝たんだっけか。


「ああ、確かにしまって寝てたような気がする」


「それでね、も、もしあたしが突進した衝撃で、兄ちゃんが吹っ飛んだと同時に、胸ポケットから携帯が飛び出して、丁度外に飛んじゃったなら、つまじが合うんじゃないかと思って」


 つまり美枝が今回事件の主犯だという。


「で、でも、ほら?あたしは突進したとき体丸めて見えなかったし?兄ちゃんも痛みで全く気づいてなかったみたいだし?あ、あたしだけが悪い…ともいわないかな~…なんて」


「フフフフッフフフフフ」


 そうかそうか、なるほど、俺の苦労は最初から最後まで美枝によって起きた事件なのか。

 悪意がないからといっても、どこまでなら許せますか?


「あ、その、ほ、ほら!携帯も手に入ったんだし早速電話しようよ!」


 誤魔化すためにだろうか、だが、我慢だ、俺は怒らないと誓ったではないか、これで怒ったら俺は嘘つきだもんな。

 そう考えて、無言で母さんに電話をしてみる。

 プルルルルと携帯から音がなる、それにちなんで家から母さんの携帯から聞こえるメロディが聞こえてくる、

 

 なぜか家から。


「「…」」


「ちょ、ちょっと見てくるね」


 硬直している中神から美枝は猛ダッシュで音のなる方向へと駆け出した。

 少しずつ音が鮮明に聞こえてくる、

 振り向けば美枝が蒼白な顔になりながら母さんの携帯を持っているではないか。

 その携帯を見つめながら、ふっと母さんとの会話でのもやもやが解消された。

 そうだ、母さんはなんて言っていた?


 ---そろそろ寺の人に替わらないと迷惑になるし切るわね。

 

 母さんは携帯があるのに、寺の人に替わらないと迷惑になるから切ると言っていたはずだ、もし母さんが携帯を忘れていたのなら、替わらないと迷惑になる、いわゆる借りてて順番待ちの人がいるからそろそろ切るという意味になるんじゃないだろうか。

 

 普通では気づけないような、ちょっとした些細な疑問だろう、

 無理もない、気づけなかったのは普通だ、

 でももし、少しでも考えていたのなら、状況は変わったのかもしれないのではないだろうか。


「ウフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ」


 朝による事件で携帯が飛び、痛みを乗り越え、直ったかと思えば犬に噛まれては追い掛け回され、挙句の果てに無駄骨、さらに追い討ちに携帯は家にありましたときた。


「えーっと、その、あのー、そのー…」


 兄の不敵な笑いの恐怖に耐えられなくなった美枝。


 「ッダ!!!」 

 

 美枝が逃げる音


 「スダダダダダッ!!!」 

 

 中神が追いかける音


 「ッ!!」 

 

 追い詰められた美枝


 「ズダン!」 

  

 追い詰めた中神


 「パリーンッ!」 

  

 窓を割って逃げる美枝


 ちなみに2階だ。


 「ッバ!」 

 

 あとを追いかける中神


 捕まるよりはいいと思い、意を決して窓を突き破って逃げた美枝だが、兄は躊躇せずに飛んでくる。


「んな!?」


「うふふふふふふ、この程度で俺から逃げられると思うなよ?」


「いやあああああああああああああああああああああ!!!!」


「フフフフ、大丈夫、怒ってないから、落ちつこうよ?」


「怒ってないなら笑いながら追ってこないでよ!」


「うん?フフ、いやね?こうもう、最近不幸続きでね?アハハ、楽しくて楽しくて、もう、この怒りどうしたかいいかわからないんだぼかぁ」


「ごめん!本当に悪いと思ってるから、お願い来ないで!怖いから!」


「ウフフフフフ、たのしーなぁ、ほんと」


 この時の中神は、世界でもっとも恐ろしく凶器に満ちていたそうな。


「こないでええええええええええええええええええええええ!!」


 

 


 …・…・…・…・





 追いかけっこに疲れ家に戻った中神と美枝は、これ以上不毛な争いをしたくないという美枝の提案により、決着がついた。

 残っていたご飯に、ふりかけを振りかけて昼飯を済ました二人は、夕食をどうするか決めていた。


「あー、もう!全く疲れたじゃないの」


「うるさい、元はといえばお前が悪いんだからな」


「も~、まだ根に持ってる…」


 残ったご飯を食べ終えた二人だが、今の時間は午後3時ちょっとを上回っているくらいだろうか、ご飯の量も少なめで昼飯というよりはおやつだった。


「うーん、あんだけ動いたから、ぜんっぜん足らない~」


「そーだな、でもどーするんだよ、夕食、冷蔵庫すっからかんだぜ?」


「ねえ、なんかもう当たり前すぎたことを忘れてたんだけどさ」


「なんだ?」


「どこかに食べに行けばいーんじゃないの?」


「あ」


 本当に、少し考えれば出てくる答えだが、極限状態に陥ると、そんな簡単な答えも導き出せなくなるようだ。


「そーだな、幸い金だけは多少あるからな」


「よかったー、あたしこの前ガン0ムのカセット買って、丁度お金なかったから、兄ちゃんもお金なかったらどうしようかと思ってたよ~」


「おい」


「ちなみににーちゃんお金いくらあるの?」


「んー、安心しろ、明日の昼全部食いにいっても大丈夫なだけの金はある」


「よかった~、ふー、これにて一件落着だね~」


「主犯がいうな主犯が。俺母さんにもお礼言うよりも文句言いたい気分だよまったく」


「あはは~、あ、でも明日学校あるし、どっかコンビニで明日の分買ってこよー」


「そーだな、パンとかでいいよな」


「買い物が終わったら食べに直行しようぜーい」


「まったくこのお調子者めが」


 そして中神と美枝はコンビニで適当にパンを買い、適当な店を選び外食をした。





 ☆★☆★☆★





「ッフ…とても、辛く険しい2日間だったのだよ…」


 その日にあった土日の記憶を、中神は生涯忘れないだろう、悟ったような辛気臭い顔をしながら遠い目をした。


「な、なにか辛いことがあったんだな…」


「そ、そうだね、あの、大変だったんだね、そんなすべてを悟ったような遠い目されるとこっちまで悲しくなるんだけど」


「ま、元気だせよ、世の中いいことだってあるって」


「そうそう、ほら、悪いことが続いてるなら、もうすぐいいことがドーンっとくるって!」


 二人は同情した顔で俺に慰めの言葉を交わしてくれた。

 それからキーンコーンカーンコーンと授業の終わりが訪れる。


「やー、やっと終わったー」


「あ~、金曜日がどうしても長く感じるんだよな~」


「そうそう~、なんでだろーねー」


 あとは担任の岡本が来ればホームルームをやって終わりだ。

 クラスメイトはガタガタと早く帰る一心に身支度を済ましている。


「あ~、特に持って帰るものはねーよな~?」


 この前のことを思い出し、気分が落ちながら、だらだらと身支度をしていく。


 …なんだ? 

 

 最近敏感になってるせいだから不思議に思うだけかもしれない、まだクラスメイトはくだらない雑談をしている。

 

 なのにどこかからか違和感を感じる。

 

 不意に窓の外を遠めで見ると、少し奥の方では、強めの風が吹いてるのだろうか、木々が揺れながらざざめいている、

 なのに、学校の近くに立っている木は、微動だにしない、まるで一定空間だけが、時が止まってしまったような…。

 

それはまるで、神になれといってきた男が作り出したような結界が、この学校一帯に張り巡らされていた。

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