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エピローグ

 それは神様の罰なのか、もう1度与えられたチャンスなのか。

 絶滅した動物に、その姿を模した人間が成り代わった世界。


(エピローグ)


 言い伝えだが、最初に発見されたのは美しい銀髪の少女だったらしい。

 頭の上のほうに付いた尖った耳に、銀の毛並みの尻尾というのでおそらくはオオカミの種族だろう。

 そのときまだ、人間たちは彼女の存在の意味を知らなかった。きっと珍しがって終わったに違いない。

 それから50年以上が経ってから、ようやく人間たちは神様の始めた行為に気づいた。

 増えすぎていた人口はいつの間にか減っていた。その分がまるで転生したように、絶滅していた動物の姿を模した人間は増えていった。国内だけでもツキノワグマ、オオカミ、ヤマネコ、カモシカなどに相当する姿の人間が確認された。

 神様にとって、それはほんのいたずらだったのかもしれない。なにせ姿を模したといっても獣の耳と尻尾か角が生えた程度で、毛皮に包まれたりはしなかったのだから。

 だが100年以上が経つと、純粋な人の種族と成り代わった種族の間で争いが絶えなくなる。先祖によれば人族は成り代わりを人間ではなくあくまで動物として扱った。怒りは次の怒りに火を付け、10年ほど前に戦争が起こった。種族間戦争というやつだ。

 結果は猿でも分かるものだった。

 一部の獣系種族に手を焼いたものの、人族の圧勝だったといっていい。

 戦争で大幅に数を減らし、ごく少数となった成り代わりたちは発言力を失った。国内ではすべての種族の平等を謳った法案も可決されたが、人権にうるさいのは大多数を占める人族だ。終戦後しばらくはアンダーグランドで家畜同然の扱いを受けてたなんて話も珍しくない。

 けれど、血と屍は無駄ではなかったのか、そんな戦争の真っ只中だった親から生まれた俺たちは相当マシな生活を送れていた。一族の人質という意味で人族に紛れて学校に通っているという事実さえ忘れればだが。

「……あたしのような美しい山猫が隣にいながら、物思いにふけるとはパンダは大物ね」

「それ自分で言うか? あと俺はパンダじゃくてレッサーパンダだ」

 放課後の廊下に意識が戻される。12月とだけあって校内とは思えない寒さだ。

 確かに、今更こんなこと考えても仕方ないという意味では、ソアリの意見はもっとだろう。

 光里ひかりソアリ、左隣を歩く山猫の種族のクラスメイトだ。耳がちょこんと出た褐色の髪と、制服のスカートからちょっと出た尻尾を揺らしながら歩く姿はいつ見ても上品だ。

「なにか下品なこと考えてたみたいだけど?」

「いや、なんでもない」

 そう、と素っ気なく言いながらもソアリはこちらをちらりと見て、部室のドアを開く。

 部室と言っても、物置同然だった空き教室を片付けて占拠してるだけだ。何の部活かは決めずにただこの場所を部室と呼んでいる、それだけだが大切な場所だ。

「ソアリ、たぬきち、おかえり~」

「何度も言ってるが、タヌキじゃねえよレッサーパンダだエレナ。……ども、先輩」

 もう既に部室にはちっこいが同じ学年の稲森エレナ――彼女は狐の種族だ――と1つ上の学年の一ノ瀬リリノ先輩――彼女は水牛の種族――がいた。

「赤隈くん、光里さんいらっしゃい」

「あら、二人とも早いわね」

「エレナがわざわざ教室まで尻尾の手入れを頼みに来たんですよ」

「だめよエレナ、自分の尻尾くらい自分で手入れしないと。手入れを騙ってこのパンダみたいな男にセクハラされるわよ」

「めんどくさい……」

 さらっとソアリがひどいことを言うが、いつものことだ。

 椅子に座った一ノ瀬先輩の上にエレナは腰掛け、その黄金色と白の見事なグラデーションの尻尾に櫛を通してもらっている。確かにここにいる四人で手入れが一番大変なのはエレナの尻尾なのは間違いない。

 エレナは先輩に体を預けていて、頭がちょうど胸のあたりにくるのだが、しかしなんなんだろうかあの柔らかそうな枕は。制服がはちきれそうになっているが、胸に合わせるとだぶだぶになってしまうとは聞いた。

「そんなに大きいのがよくて胸枕してもらいたいなら、自分で頼みなさいエロパンダ」

 ソアリに視線がバレバレだったらしい。そんなに熱心に見つめてたのか俺。

「大丈夫だよソアリ、わたしがついてるから!」

「そうね、あたしの味方はエレナだけだわ!」

 意気投合している貧乳二人の前で、一ノ瀬先輩が苦笑いしている。

 今日も平和だ。


(1)


 冬の日没は早い。もう外は暗く空は群青色に染まっている。

 窓際から這いよる冷気に負けて、備え付けの時計を見上げる。

 5時すぎになっていたので俺は文庫本を畳んで帰ろうとしていたが、まだソアリはつまらなそうにスマートフォンをいじっている。一番騒々しいエレナはもう帰ったので、部室の中は静かだ。

「ソアリ、俺は帰るぞ」

「そう……」

「私も帰りますが……、暗い中一人で帰るのは危険では? 光里さん」

 一ノ瀬先輩がそれとなく一緒に帰ろうと誘っているのは俺にもわかった。

 ソアリの性格は猫そのもので孤高を好み、こういう時は気づくと一人でさっさと帰ってしまっているタイプだ。だが、今の彼女はどこか部室を去るのが名残惜しそうだ。

「そうね、あなたたちに迷惑かけてまでやることでもないわ」

「……どうかしたのか?」

 引っかかる物言いだ。もうソアリの瞳は諦めているが。

「別に。家に帰っても誰もいないから、ギリギリまで部室で暇つぶししてようと思っただけよ?」

 しまった、と心の中で声を上げた。

 ソアリは種族間戦争で両親を亡くし、同族の支援を受けながら一人暮らししている。それを意識していたら、もう少し別な言葉があったかもしれない。

「……他人の痛みを自分のもののように受け止めるのはあんたが優しい証拠だけど、そんなことより勉強して人族黙らすほど偉くなるほうがてっとり早いわよ、パンダ」

 どうやら顔に出てたようだ。不甲斐ない。

「赤隈くんは、ソアリが弱みを見せる数少ない人間だって自覚が足りないんですよ」

「ほら赤隈のせいで一ノ瀬先輩が余計なこと言う」

 いや俺のせい? しかし久々に苗字で呼んでくれたな。

「でも光里さん、いつも夕食はどうされてるんですか?」

「知り合いの店で出来合いのお惣菜かお弁当買って帰ってるわ」

 ぶっきらぼうな口調で突き放し、ソアリも鞄を持つ。

 帰り道になんて言えばいいのか、俺が言葉を探しはじめた時だった。

「それじゃあ、今日はみんなでソアリさんの家で夕食を頂きましょう!」

 明るく、けれどどこか無邪気さも混じった一ノ瀬先輩の声を、俺とソアリは呆然としながら聞いた。

「……幻滅するわよ、パンダ」

「いや俺は行くとはまだ」

「そうなの?」

「赤隈くんの参加は確定事項です」

 一ノ瀬先輩に勝手に決められていた。

「でも、色々と準備ができてないから、またの機会にお願いするわ」

「えー、このまま帰ったら光里さん、もっと――なっちゃいますよ? それに、もうすぐ冬休みですから」

 なんか駄々っ子みたいになってるな先輩。てか何を耳打ちしたんだ?

「それもそうね。……冷蔵庫すっからかんだから、買い物いくわよパンダ!」

「だからなんで俺なんだ!?」

 学校を出るまでしつこく承諾を求める一ノ瀬先輩に、校門のあたりでソアリはついに折れた。折れた勢いでそのまま俺は手を引かれる。なんか様子変だぞソアリ?

 家に事情を話して遅くなると連絡を入れて材料を買い込み、学校の近くのけっこう立派なマンションに案内される。

「ただいま」

「おじゃまします」

「おじゃまいたします」

 廊下の突き当りが居間になっていて、ソアリが寒く暗い部屋に明かりを灯して暖房をつけ、カーテンを閉める。

 とくに汚れているとかそういうことではなかったが、家具も少ないし殺風景だ。カーペットが引かれ、ちょこんと床にテーブルと座布団クッションが置いてあるだけ。

「着替えてくるから、ちょっと待ってて」

 ふすまで仕切られた隣の部屋がソアリの私室らしい。

 手持ち無沙汰なので、一ノ瀬先輩が買い物袋を開けているのを手伝う。

 キッチンはけっこう立派でカウンターもあるのだが、使われた形跡があまりないのが寂しい。

「赤隈くん、料理は?」

「雑食性の成り代わりなんで、手をかけなくてもおいしく食べれちゃうんですよね」

「からきしということですね」

「すみません」

 キッチンに居ても仕方がないので、着替えて戻ってきたソアリの横に座る。そういえばテレビもないのかここ。

 ソアリは白いセーターを着て不機嫌な顔でテーブルに突っ伏している。そして落ち着かないのか耳をピクピク動かして、尻尾をぶんぶん振っている。普段見ない角度のせいか、これはこれで可愛い。

「なによ、あんたは夕飯たかりに来たのパンダ」

「いや、手伝うけどまだいいみたいだからな……」

「……別に、無理に来なくてもよかったのよ」

「一ノ瀬先輩ノリノリだったし、たまにはこういうのもいいんじゃねえの」

「まあ、こうしてると、なんかお母さんと子供二人みたいね……」

「お、おいっ!?」

 テーブルの上で両手を伸ばしていたかと思うと、ごろりと転がってあろうことかソアリは正座していた俺の足の上に落ちてきた。なんとか支えるが、こいつは頭打つとか考えないのか?

「童心に返ってみようかと思って」

「訳がわからねえよ」

 俺の顔をまっすぐ見上げながら、からからと笑う。

 彼女の背中ごしに体温が伝わり、ぱさりと広がった髪がくすぐったい。

 いつまでこのままかと思ったが、俺を支えにソアリはさっさと起き上がった。

 いつもしゃんとしているせいか大きく見えていた彼女だったが、近くにいると小さく感じた。

 もしかしていつもの気品すら感じる存在のソアリは、相当に気を張っている結果なのだろうか。無防備な彼女の姿を見ているとそう思う。

「こんくらいで動揺しすぎよ」

「ああそうかよ」

 膝枕みたいな感じになって、あんな感じで見つめられて心の動かない男なんていないだろ。

 誤魔化すように後ろを見ると、キッチンの一ノ瀬先輩は忙しく動き回ってる。やっぱり手伝うべきだろう。

 包丁を使うようなところは終わっていたようで、野菜を洗ったり鍋に入れたりとかを手伝う。まだ何ができるのか全くわからないのがどうしようもない。

 暇を持て余したのかソアリもカウンターまでやってきて、そこからキッチンを覗きこんでいた。これじゃほとんど餌を待ってる家猫だ。

「そういえば、買ったの魚じゃなくて肉だったわね」

「あら、魚のほうがよかったですか?」

「いいえ、肉のほうが好都合よ」

 カレーかシチューでも作るのかと思ったが、冷静に考えて水牛の種族の一ノ瀬先輩が牛肉料理を作ることは考えにくい。そういう感覚も最近は希薄だとは言われてはいるが。

「煮物にしたかったのですが、時間かかっちゃいますからね。光里さんお腹空いてるみたいですし」

「い、いいのよ別にそんなこと考えなくても」

 俺がサラダを取り分けているうちに、メインも完成間近だったらしい。

「はい、鶏肉のバジル焼きです」

「なんかすごいな……」

「いえいえ」

 ブイヨンベースの簡単なスープまでついてるのでけっこう見栄えはいいように見えるが一ノ瀬先輩は謙遜してる。恐ろしい人だ。

 テーブルを囲んでみんなで『いただきます』。きっとソアリが越してきてからはじめてのにぎやかな夕食。

「ソアリ、いくらなんでもお行儀悪いと思うんだが」

 ナイフを使わずにフォークを突き刺してかぶりつく、ワイルドな食べ方のソアリに注意すると、ばつが悪そうに改める。横で一ノ瀬先輩がものすごくニコニコしてるのは何なんだろうか。

「あともう少しゆっくり食べたらどうだ」

「うっさいパンダ……」

「光里さん、その呼び方はいい加減改めた方がいいですよ」

「いや、俺もいい加減突っ込むの諦めてるんで」

「普通にネイトくんって名前で呼べばいいじゃないですか? それとも呼ぶのが恥ずかしいんですか?」

「………っ」

「はい、それでは光里さん」

「…………、ネイト」

「? ソアリ、名前以外に何か言ったか?」

「ありがとって、言ったの……」

「……いや、俺は何もしてない」

「そうじゃなくてっ」

 それから黙って食事に戻ったソアリが、何が言いたかったのか薄らぼんやりとはわかった。今日だけのことじゃなくて……。

 けれど、同じことだ。俺はなにもしてない。

 何かすべきなのか、何をすべきなのか、まだ分からないけれど。

 でも、もしもこういう日々を続けようと思ったら、守るために向き合わないといけないものがあるのだろう。そんな予感はしていた。


(続く)

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