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四章 ガ島強襲

 翌日、飛鷹航空隊はさっそくラバウルの地を飛び立った。

 エンジン故障の艦爆1機を除く零戦16、九九艦爆16に加え、ラバウル航空隊からも零戦20、一式陸攻18を動員し、持てる全ての力を持って米軍航空戦力を叩こうというのだ。


 遅れに遅れた仙台第二師団の総攻撃も、ようやく今夜半行われる見込みがついた。そうとなれば、海軍も座視しているわけにはいかない。

 地上部隊にとって空からの支援の存在がどれほどの脅威となるか、海軍の兵卒といえど熟知している。酒精の力を借りた搭乗員たちは次々と愛機に飛び乗り、日の出すら待たず薄暗い大空へと舞い上がっていった。




 ところで、昨晩大量の酒を飲み干した斉藤であるが、彼が頭痛にさいなまれつつ兵舎を出てくると予想した滝は、本人の姿を見てあいた口をふさぐことができなかった。

 斗酒なお辞さずの酒豪ぞろいの先輩たちに揉まれたためか、それとも2代にわたって海軍士官を輩出した血統のなせるわざか。いずれにせよ、ベッドから出てきた斉藤は滝などよりよほど顔色がよかったのだ。


 いろいろと聞き出そうとした滝の思惑もあり、斉藤の酒量は滝のそれをはるかに上回る。にもかかわらず、何事もなかったかのように整備員と挨拶を交わす斉藤の姿に、滝のみならず白井も言葉を失ったものである。




 それはさておき。




 ラバウルからガ島までの距離は約1千キロ。零戦の戦闘可能半径のほぼ限界点であり、飛行に要する時間は実に3時間におよぶ。卓抜した技能と体力を持つパイロットといえど、片手間に行って帰ってこれる距離ではない。

 あわせて、今日の空は少々機嫌が悪いらしく、たびたび編隊の行く手を積雲が妨害する。彼らはそのたびに針路を変えることを強いられ、燃料と気力をそがれていく。



 詳細に叙述すればそれだけで一章を割けるほどの苦労を排し、ようやくアウステン山の輪郭を雲の合間に捉えた斉藤らを歓迎したのは、花束や美女の類では当然ない。


 ウンカのごとき戦闘機の大群を視界に捉えた兼子少佐以下は俄然緊張した。

 数は優に50機を超える。陸軍のP-38ライトニング、P-40ウォーホーク、P-39エアラコブラ、海兵隊のF4Uコルセアに海軍のF4Fワイルドキャットまで、米軍の第一線戦闘機が勢揃いである。

 「ずいぶんと手厚い歓迎じゃないか。返礼は相応にしなけりゃ失礼ってもんだよな」

 一人コクピットの中で豪語した斉藤の声は、わずかに興奮の熱を帯びていた。

 寄せ集めとはいえ、連日の激戦による損耗を感じさせない米軍の補給力に、斉藤は驚かざるをえない。


 一通り驚嘆の念を味わうと、斉藤は小さな違和感を覚えた。

 普通なら見逃すような、せいぜい蚊に刺された程度の小さな感触。

 だが、鋭敏になっている斉藤の感覚はそれを見逃さず、執拗に追いかけ、ついに答えを叩き出した。


 敵の強烈な戦意が、こちらに向いていないのだ。

 「中尉、これって……」

 確認するように問いかけられた白井は、平然と頷いた。

 『どうやら先客が来ていたようだな。おおかた、角田の親父だろう』

 そういって北方を指し示す。通常より多い雲のためいささか見にくいが、一路敵編隊へ接近する、零戦と九七艦攻の見慣れた機影は見間違うはずがなかった。


 飛鷹の戦線離脱により、角田機動部隊の空母は隼鷹の一隻のみとなった。当然、基地からの空襲に対する防御力は半減している。それにもかかわらず果敢に接近し攻撃隊を飛ばす、その胆力は常人のものではなかった。


 かつて空母「龍驤(りゅうじょう)」の高角砲で輸送船を撃沈した経験すら持つ角田少将であり、のちには航続距離外から出撃する攻撃隊に向かって「間合いはまだ遠いが、本艦は全速力で諸君を迎えに行く」と言わしめるほどの闘将である。

 そんな提督が、この時期に及んで攻撃をためらう要素はどこにもないかもしれない。



 目の前の敵に気をとられ、奴らはまだ我々に気づいていない。この好機を逃すべからず。

 戦後に法学博士となる人物を兄に持つ兼子少佐の明晰な頭脳は、短時間で緻密かつ明快な作戦を立てた。


 まず、飛鷹空の零戦のうち8機を割いて少佐自ら統率し、艦爆と陸攻を引き連れ敵編隊へ直進する。

 当然敵はこれに感づく。いや、こちらからすれば軍艦マーチ付きで堂々行進してきたようなものだから、見逃されてはたまらない。

 しかも、隼鷹空とともに敵を挟撃する体勢をとってはいるが、敵は我々両隊を併せた数よりはるかに優れる。そして、少数の護衛機の後ろには、「早く食ってくれ」と言わんばかりに無力な爆撃機が控えているのだ。


 案の定、敵は自軍を二手に分け、威圧感を辺りに撒き散らしつつ突進してくる。隼鷹航空隊と合同する前に、数で押して脆弱な爆撃機ごとひねり潰してしまおう、という魂胆が見え見えだ。露骨ではあるが正統な戦法である。

 屈指の精鋭とはいえ、数倍の敵に囲まれては苦戦は必至だ。それを承知で、少佐はみずから囮の役となったのである。



 『来るぞ! 気をつけろ!』

 白井が警告を放った直後、彼我の間の空間を銃弾が貫いた。


 敵の機数は約3倍、銃弾の数差はさらに上を行く。

 威力の高い20ミリ機関砲を備える零戦に対し、発射速度と安定性に優れる12,7ミリ機銃を中心に装備しているのが米軍機の特徴だ。

 一撃必殺の日本、数で圧倒するアメリカ。そう言いかえてもいい。つまり、必要量をそろえた時の米軍は手がつけられないほど強い。統制が取れている限りは。



 「あー、ちくしょう! 下手な鉄砲をバカスカ撃ちやがって!」

 尽きることのない敵弾をひらひらとかわしながら、斉藤は悪態をつく。つまり、悪態をつけるほどには余裕があるのだった。

 やはり、機種が不ぞろいなためか敵の足並みはかなりずれている。艦載機のワイルドキャットから双発・双胴のライトニングまで多士済々なのだから、歩調をあわせるのは確かに難しいだろう。

 火力の過密を冷静に見極め、適度に敵を撹乱すれば落とされることはない。9機の零戦パイロットはそう見切った。

 もちろん見切っただけでは意味がない。すでに2機が猛砲撃を避けることに失敗し、爆発四散している。斉藤自身もその身に銃弾を受け、墜落には至らないまでもその心胆を寒からしめたのは一度ではない。


 『えい、面倒だ。斉藤! やるぞ。ついてこい!』

 「了解!」


 無言の交信を終えると、白井機が激発同様に動き出した。

 まず、敵を誘い込むように大きく左旋回をうつ。つられて機首をめぐらしたウォーホークの腹部に、斉藤機の放った20ミリ弾が炸裂した。

 その後ろに、今度はワイルドキャットが迫っている。敵の一連射をかわすと、斉藤は閉口したように右へ逃げてみせる。予想通り追ってきた敵機の後ろで、今度は真後ろについた白井機の機銃が唸りを上げ、右主翼を撃砕した。

 だが、その後ろからはさらに3機のライトニングが。

 きりがない。斉藤も減らず口を叩く余裕を失っていた。

 「早く来いよ! こっちが全滅したら意味ねえだろうが!」

 その語尾に新たな銃撃音が重なり、1機のライトニングが火を吹いた。



 「ようし、いいぞ!」

 斉藤が思わず歓声をあげ、白井はバンクをふって安堵と喜びの感情を伝えた。


 兼子少佐の作戦は、兼子隊8機が必死に敵の攻勢を支えている間に、残りの28機が鴛淵少尉の先導で高度を取りながら巧妙に雲に隠れつつ米軍の後背に接近し、逆落としに突撃するというものだった。

 多少時間はかかったものの、敵に感づかれることなく戦闘空域に到着した主力部隊の鋭鋒は、隼鷹空と兼子隊とに分散していた米軍戦闘機隊の背中を貫き、見事死命を制したのだ。





 斉藤の後ろに張り付いていたライトニングを撃破したのは、やはりというか、滝の操る零戦だった。

 左手を上げて感謝の意を示した斉藤に、滝はそっけなくうなずくと操縦桿を引き、機体を左上に向けた。

 滝の後ろには先ほど逃げ散ったと思っていた2機のライトニング。彼らはどうやら不屈の精神の持ち主らしく、あるいは状況がわかっていないのか、離脱したふりをして執拗に追っていたのだ。


 「なるほど」

 滝の意図を察した斉藤は、左旋回でライトニングの横っ腹に回り込む。彼らのうち1機は、窮地に陥ったことに気づき急降下で逃げようとする。

 斉藤は機体を降下させつつ持てる全ての火力を放つ。急降下した機は斉藤の張った弾幕に自ら飛び込む形となり、双胴の胴体を蜂の巣にされてそのまま墜落していく。


 この時点で、逃げ遅れたもう1機の命運は決していた。

 宙返りの頂点で、滝は思い切りフットバーを踏み込んだ。失速したように高度を落とした零戦の機体はライトニングの後ろで水平に戻り、20ミリを吐き出した。

 敵は回避運動をとる暇さえ与えられず、翼を引きちぎられて爆発する。

 「おお、すげえ!」


 空中で機体を横滑りさせ、わざと失速させて通常よりはるかに小さい半径で宙返りさせる。零戦ならではの機動性と機体の軽さを最大限に活かした、「捻り込み」と呼ばれる最高級の荒業であった。

 当然、非常な技量を必要とする技だが、滝はそれをあっさりとこなしてみせたのである。


 機首を引き上げ、高度を戻した斉藤の後ろから、新たに撃墜スコアを追加した白井が戻ってくる。そのさらに後方で、攻撃隊がエンジンを吹かし、飛行場へと突撃していった。



 まったく鮮やかな作戦だった。つい数分前まで日本軍の2個部隊を各個撃破しようとしていた米軍迎撃部隊は、今や逆に三方から包囲され、撃滅されようとしているのだ。

 一瞬にして逆転を喫した米軍パイロットは、しかしその事実に気づいていないかもしれない。なまじ数が多いために命令や戦況の周知が徹底できないのだ。何が起こっているのかわからないまま数機の零戦に追い回され、奮戦空しく撃墜されるパイロットも多かった。

 もっとも、戦果は意外に少ないかもしれない。米軍機の中には急降下で逃れ、命拾いをしたものがいたためだ。

 機体構造が弱いために速度制限のある零戦は、それを追うことはできない。みすみす長蛇を逸する形になったが、いずれにせよ、基地爆撃の目的は達成できそうだった。


 『おう斉藤! 2機やったぞ』

 指二本を立てて振る白井に、斉藤は笑いながら三本の指を示した。

 『ちぇ、貴様に負けたか。俺も落ちたもんだ』

 そういって大笑する白井に大仰に肩をすくめて見せたとき、腹に響くような轟音とともに、飛行場に盛大な土煙と火炎が、攻撃成功を示す花火のように高々と上がった。

 『よし、終わったか。そろそろ帰るぞ』

 『はっ!』

 ゆっくりと機首をめぐらし、集合地点へ向かおうとした、そのとき。






 気づいたときは、すでに遅かった。

 「中尉! 上……!」

 業火の矢が降り注いだ。

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