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二章 飛鷹、遭難

 15日の空襲により、角田部隊は零戦3、艦攻1機を失ったが、攻撃は成功裡に終了した。戦闘機12機を撃破、地上で2機を破壊し、滑走路や各種施設にかなりの被害を与えた。

 幸先いい出足に、角田部隊は沸いた。陸軍の第三次総攻撃を22日に控え、敵航空戦力を削ぐことは至上命題である。ラバウル航空隊の奮戦もあり、ガ島の米軍部隊はかなり損害を受けていることは確かである。


 この戦果に満足した角田少将は一度矛を納め、空襲を避けて北上した。

 隼鷹、飛鷹の搭乗員には、南雲機動部隊の生き残りも多数含まれており、角田自身も空母龍驤と竣工したばかりの隼鷹を率いてMI作戦の支作戦に参加している。ミッドウェー海戦の記憶も生々しい彼らにとって、陸上基地と敵空母部隊を同時に相手取ることだけは避けたいところだった。


 いよいよ総攻撃である。艦隊への給油を終え再び南下、ガ島に接近する角田部隊の鼻先に水をさされたのは、20日に入ってからだった。


 「攻撃延期?」

 突然入った艦内放送に、待機室にたむろしていた搭乗員たちは耳を疑った。それはお茶を片手に仲間の囲碁を観戦していた斉藤も同じだった。

 総攻撃を1日延期するというのである。


 「なんだってまた……」

 困惑げな表情を浮かべつぶやく斉藤に対し、隣の白井が憮然とした顔を向けた。

 「部隊の展開が遅れてるんだろ? なにせジャングルの中だからな、敵さんの妨害もあるだろうし、1日ぐらいはしょうがねえだろうよ」

 「でも、そこら辺も考えて作戦ってやつは立案してるんでしょう? こっちだってそのつもりで動いてるんだし、簡単に遅らせてもらっちゃ困りますよ」

 実年齢より2歳は幼く見える顔に憤懣の表情を見せる斉藤。それを制するように、白井は腕を組んで虚空をにらんだ。

 「俺たちのやることは変わらん。命令があれば飛ぶ、それだけだ」

 自分自身を納得させるような語調だった。

 その語尾に鈍い衝撃音が重なり、艦のローリングとは別の揺れが加わった。

 それが収まると、静かになった。完全に。そう、母艦乗りが慣れ親しんでいる機関の駆動音、振動さえなくなったのだ。

 「どうした!」

 「なにがあった!」

 飛び交う喧騒の中に「機関故障」の単語が混じり、その声が大きくなるまでさほどの時間は要さなかった。

 「おいおい、本当に大丈夫かよ……」

 泣きっ面に蜂と言おうか。度重なる事態に、今度こそ白井も困惑の感情を隠せなかった。






 飛鷹は、貨客船「出雲丸」を建造途中で改装した改造空母である。排水量は2万5千トンと主力空母の翔鶴級に匹敵し、搭載機数48機も正規空母と比べてなんら遜色ない。

 この巨体を支える推進力は実に5万6千馬力を誇り、莫大なエネルギーは2基のディーゼル機関から生み出されるが、この機関がくせものだった。

 ディーゼル機関は、巡航速度の航行での燃費効率はすばらしく高い。まさに商船に向いたエンジンである。

 しかし、絶えず速力の変更を強要される軍艦の機関としてはタービン機関にその適性を一歩譲る。特に、航空機を運用するたびに最高速を出さねばならない空母にとっては少々扱いづらい機関である。


 「橿原丸」を改造した姉妹艦の隼鷹は、6月のアリューシャン作戦で機関が故障し、途中で帰投を余儀なくされた。そのときの悪夢が赤道の南で、今度は妹に襲い掛かったのである。


 機関科員の奮闘もかなわず、ついに飛鷹の機関は回復しなかった。かろうじて自力での航行は可能となったが、低速での作戦行動など不可能だ。角田少将は一度戦域を離脱し、部隊を再編するよう命じた。


 22日、再度連合艦隊司令部より入電。陸軍部隊の総攻撃はさらに一日延期となった。

 飛鷹の搭乗員待機所は再び沸騰した。

 「なにやってやがるんだ、やつらは!」

 「やっぱり陸式なんかあてにできねえ! 大口叩くくせに、自分たちの仕事も出来ねえのかよ」

 大国において陸海軍が仲よくやっているという例はほとんどない。こと日本軍においてはそれがひどかった。

 特に、太平洋戦線では海軍が主役と言う意識がある。実際、ソロモン方面に陸軍機はほとんど配属されていない。海上での航法を習っていない陸軍パイロットは、はるかラバウルまで独力で飛んでこれないのだ。

 もちろん、これは海軍航空隊より陸軍のそれが劣っていることを証明しない。後に、海軍部隊の指揮下に入り各種の訓練を受けた「飛龍」重爆隊は、本家の陸攻隊をして瞠目せしめるほどの精鋭雷撃隊へと変貌するが、これはまだ2年以上先の話である。



 戦闘機隊長の兼子少佐は、艦橋に詰めっぱなしで待機所に戻らない。自然、暴虐極まりない言葉を吐き続ける搭乗員たちを抑えるのは、白井ら古参の連中となる。

 「いい加減にせんか! 友軍同士、(おとし)めあったところでどうにもならんだろうが!」


 彼らに一喝され、罵詈雑言の嵐は収まったが、心中のわだかまりまで消え去ったわけではない。なにより叱るほうも苦々しい感情を抱えているのだから、憤懣が解消されるわけがなかった。

 白けた沈黙の中、斉藤がぽつりとつぶやいた。

 「俺たち、どうなるんでしょうかね」

 飛鷹はもはや戦力外であるが、搭載機まで使えないわけではない。決戦近しとなれば、たとえ一機の零戦たりとも無駄には出来ないはずである。

 「そうだな。格納庫に入る限りは隼鷹に乗っけて、残りは……」

 そこで白井は口元をゆがめ、にやりと笑って見せた。

 「ま、うちの司令は『あの』角田覚治だ。悪いようにはせんだろ」



 翌日、「あの」角田少将は、隼鷹に移しきれなかった航空機に、陸上基地へ進出するよう命じた。

 貴重な戦力を飛鷹の格納庫で腐らせるほどなら、陸上によりガ島攻撃に協力させるべし。猛将・角田覚治の面目躍如たる判断だ。

 悄然と静まり返っていた飛鷹の飛行甲板は、久方ぶりに活性化した。

 飛鷹飛行長の三重野少佐が指揮し、兼子少佐、白井中尉ら零戦16、九九艦爆17機がラバウルへ飛び立つ。当然、白井小隊に所属する斉藤もともにラバウルへ向かうこととなった。

 狭い空母の発艦作業は、迅速さが命だ。エレベーターによって上げられた航空機が、目にも見えぬ速さで次々と飛行甲板を蹴って飛び出していく。

 まず艦爆がラバウルへの旅程へと就き、それを追って零戦が飛び上がる。兼子少佐、白井中尉と続き、いよいよ斉藤の出番となった。



 「回せー!」

 怒号とともに若い整備員がプロペラを思い切りまわす。零戦の軽快なエンジン音が、飛行甲板を支配した。

 甲板の上を流れる風は、しかし静かだった。普段は25ノットの全速で突っ走っている空母は、今日はその半分ほどの速度である。

 飛鷹が自力で出せるのは8ノット足らず。これでは到底艦載機の発艦はできないので、駆逐艦に曳航させ、それに海上を吹き渡る風を併せてようやく発艦可能な合成風力に達したのである。

 とはいえ。

 「本当に大丈夫なのかよ……」

 低速小型の瑞鳳(ずいほう)大鷹(たいよう)に乗った経験があるものなら別段恐怖は感じないだろうが、斉藤は飛鷹が初めての母艦乗り組みである。全速でひた走る飛鷹しか知らない斉藤が、彼女の見せる全く別の顔に戸惑うのも無理はない。

 斉藤の心配をよそに、零戦は飛行甲板をすべる。

 甲板の切れ目で一瞬沈み込むが、慌てて操縦桿を引く愚は犯さない。失速して墜落しないようにゆっくりと機首を上げると、機銃や照準機をはずした身軽な機体は案外簡単に高度を上げた。

 飛鷹を曳航する駆逐艦「江風(かわかぜ)」のマストを飛び越え、とりあえずほっとした斉藤は、白井機を追いかけて高空へ舞い上がった。

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