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一章 ガダルカナル航空戦

この作品は、護国の鬼の外伝であり、わかたける氏のサイト「もののふの島国」(http://id6.fm-p.jp/146/19790616/)に掲載された小説「鋼鉄の猛禽」とのクロスオーバーです。こちらもお読みいただくことをおすすめします。

 青い空、青い海。ところどころに千切れ雲が浮かんでいるほかは、ただ一色に染まった単調な風景が続いている。

 その海と空の境目の一点が、わずかに隆起した。時間をおってその面積は広がり、さらに他の場所からも点々と、雨後の筍のように生えてくる。

 「……見えた」

 ソロモン群島、その中で最大の広さを誇るガダルカナル島。彼らの目的地である。




 無敵とも思われた南雲機動部隊の四空母を撃沈し、意気上がるままに攻勢の端緒を捉えようとするアメリカ。ミッドウェー海域でまさかの大敗を喫し、一時の隆盛衰えたりとはいえ、今なお優勢を誇る日本海軍。両者は所をかえ、はるか南海、ソロモン諸島を舞台に衝突した。

 数度にわたる海空戦は常に日本軍優勢に推移し、しかしながら米軍もまた善戦し、ガ島に建設されたヘンダーソン飛行場を堅守している。両軍とも兵站の伸びきったこの地で、容易に戦況は動かなかった。

 昭和17年10月に入り、日本陸軍は膠着状態を打開するため、軍最強を称する仙台第二師団をガ島へ投入し、総攻撃を準備。海軍も海空の精鋭を総動員してこれを支援した。

 当然ながら米軍の反撃も熾烈なものになると予想される。トラック島に停泊していた南雲、近藤、角田らの各提督指揮下の艦隊はトラック泊地を出撃し、厳重な警戒を施しつつ、一路南太平洋へと舳先を向けた。

 戦雲は再びソロモンの空を覆い始めている。



 10月15日、この日ガ島を空襲したのは、角田覚治少将率いる機動部隊に属する、空母隼鷹、飛鷹の二隻より発進した九七艦攻18、零戦18からなる攻撃隊である。

 その中に飛鷹航空隊の若き若鷲、斉藤孝助二飛曹も、翼を並べていた。



 二大洋に猛威を振るった機動部隊の尖兵。数こそ少ないが、彼らは間違いなく日本海軍、いや世界でも有数の精鋭である。その威容はかなうものなしと思わせるほどだが、だとしても米軍としてはただ爆撃を甘受するわけにはいかない。果たして、飛行場上空には15機ほどの迎撃機が待ち受けている。

 その様子を遠くから望見し、いざ空戦かとはやる斉藤の前に一機の零戦が飛び出し、その鋭気をからかうように翼を振った。小隊長の白井中尉である。

 『意気込むのは結構だが、暴れすぎておくれをとるなよ。そう毎度助けが来てくれるとは思うな』

 にやにや笑う白井に斉藤は顔を赤らめ、恐縮したように肩をすくめてみせた。

 最初の実戦で、真っ先に敵中に突入した斉藤はたちまちのうちに一機を屠り、初撃墜の名誉を得たが、それを実感する間もなく多数の敵に追われて必死に逃げ惑っていたのだ。

 敵を振り切れず、今にも落とされそうだった斉藤を救ったのが他ならぬ白井だけに、斉藤としては彼に頭が上がらない。



 そうこうしているうちに、彼我の距離は縮まっている。P-40カーチス・ウォーホークの頭でっかちな機影がはっきりとうつり、パイロットの表情まで見えるほど近づいたとき、隊長の兼子少佐機の機首が赤くきらめいた。

 たちまち南海の空が赤黒く染まる。双方の弾丸が交差し、2機のウォーホークと1機の零戦が爆発した。

 時速800キロ以上の高速ですれ違った両軍。零戦はそのまま急旋回してカーチスの後ろを取ろうとする。対して、速度と重火力を誇るカーチスとしては、零戦の得意とする巴戦に巻き込まれては勝ち目はない。急降下して仕切りなおしを狙う。

 両者の意図が激突し、激しい空戦が展開された。

 後ろに食いつかれた零戦を振り切れず、放たれた20ミリをその身に受けて墜落するカーチス。

 突如下方からカーチスの銃撃を受け、蜂の巣にされて空中分解する零戦。

 苛烈な戦闘は、しかし意外に大規模なものとはならなかった。

 全体の戦況は零戦に優勢であったが、彼らには最大の弱点がある。後方より飛行場へ迫っていく艦攻隊である。

 米軍機が無力な艦攻へ攻撃をかけるそぶりを見せれば、それが陽動だとしても零戦は艦攻をかばわなければならない。いくら熟練の勇者がそろっているとはいえ、日本軍としてはカーチスとの空戦に熱中してはいられないのだ。

 それに、直衛隊の任務は、艦攻隊を護衛し爆撃を妨害させぬことにあるのだから、無理して敵機を撃墜する必要はない。艦攻に手を出させなければそれですむのだ。



 だが、拮抗した戦局は、藁の一本で大きく傾くこともある。このとき女神が分銅を乗せたのは、米軍の背中だった。


 『ちっ! 増援か!』

 白井の舌打ちが斉藤からも見えた。

 いつのまにか、上空に新たな戦闘機が出現したのだ。巧妙に雲に隠れて接近したようだ。

 歴戦の零戦搭乗員たちは色めきたちながらも、頭の中では冷静に分析を始めていた。

 「あいつら、どこからやってきた?」

 ガ島方面で唯一のヘンダーソン飛行場からは航空機が飛び立った様子はない。あらかじめ上空に待機していたのかもしれないが、彼らの挙動は待ち伏せ奇襲をかけるにしては少々不自然である。

 距離が狭まり、輪郭がはっきりしていくにつれ、敵の機種が海軍向けに開発されたF4Uコルセアと判明したが、空母から発進したという可能性はあまりないだろう。敵機動部隊の出現に備えて厳重に展開された哨戒網に、敵空母は感知されていない。

 ガダルカナル島の東南東800キロにあるエスピリット・サント島あたりから飛来し、たまたまこの空襲に遭遇したというのが妥当なところだろうか。


 暫定的な結論が出たのはいいが、相変わらず状況はよろしくない。わずか6機のコルセアは、戦いたけなわの戦場に現れた新鋭として実力以上の存在感を放っている。

 彼らがカーチスと呼応し、巧妙な機動を見せれば、零戦隊は腹背から匕首を突きたてられ、壊滅的な打撃を負いかねない。そして、護衛戦闘機が壊滅した攻撃機隊ほど悲惨な運命を義務付けられたものもいないのだ。


 大きく回り込もうとするコルセアの前に、白井中尉と3機の零戦が立ちはだかる。

 すれ違いざまに白井機の放った20ミリ弾がコルセアの主翼を捉え、別の1機もエンジンから炎を噴きながら落ちていく。だが、その間に零戦も1機が主翼を大破させされ、持ち直す間もなく爆発した。


 消耗戦に突入したか。歴戦の零戦乗り一人と敵機一機を交換では割に合わないのだが。

 舌打ち交じりに斉藤が思ったそのとき、気まぐれな女神とやらは再び、今度は日本の側に重石を載せた。


 コルセアの頭上から火線が降り注いだ。

 突然の事態に唖然とする斉藤らの前で、2機のコルセアが煙を曳きながら密林へと吸い込まれていく。残った機の真横を、あまりに見慣れた影が急降下していった。

 「零戦!? どこから……」

 あわてて周囲を走査した視線が、列島線の上空に無数の航空機を捉えた。

 40機をこえる一式陸上攻撃機と、ほぼ同数の零戦。ラバウルから出撃したのであろう大編隊は、何人をも寄せ付けぬ威容を払いつつガ島へと向かいくる。

 「ふう……助かったぜ」

 思わず息をついた斉藤の前で、白井も冷や汗をぬぐっていた。歴戦の零戦乗りをしてその心胆を寒からしめるほど、戦況は米軍に傾いていたのだ。


 新たな大軍を認めたカーチスとコルセアは動揺を見せ、致命的な隙をさらけだした。

 兼子少佐自ら先頭に立ち、銃弾を放ちながらの突撃に、彼らは脆くも壊乱した。零戦の火力に分断され、逃げ惑いながら散発的に反撃を加えるその横を九七艦攻がすり抜け、飛行場への爆撃針路に入る。


 空戦の勝機は一瞬。それを掴めぬ者に女神は微笑まぬ。戦場を支配する単純明快な原理を、斉藤は敗北と死の恐怖をもって実感した。

 ラバウル航空隊の来援があと数分遅れていれば、そうでなくとも彼らが我々の戦場を発見せず、援護の零戦を先行させることがなければ、今頃斉藤は密林の栄養になっていたかもしれない。

 あらためて心を引き締める、その心理的余裕ができたのも、大勢があらかた決したためである。米軍戦闘機の大半は周囲から駆逐され、視界の中を飛んでいるのは零戦と九七艦攻ばかり。そのうち、斉藤機とすれ違った零戦は、天秤をひっくり返したラバウルの戦闘機だった。


 わずか一瞬だったが、斉藤の驚異的な動体視力は相手の搭乗員をしっかり捉えていた。おそらく同じ年頃の精悍な顔立ちで、鷹のような鋭い眼が強烈な印象を与えた。



 姿を覆い隠すほど激しく撃ち上げてくる高射砲にもまれながら、艦攻隊は合計108発の60キロ爆弾を投下した。

 鳴動する大地は、3千メートル上空にいる斉藤にまでその振動を伝え、戦闘の終了を象徴した。


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