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『マイ・エンジェル』

「大至急、あの二人を呼び戻してくれ」


 伝令が立ち去るのを見届けてから、サウスは執務室の椅子にどかっと体を預けた。

 長い溜め息を吐く。


「憂鬱だ……」


 そう呟いて、手元の資料に目を落とす。

 一枚目にはランドウェル・アイプトン。

 二枚目にはシルマリア・キーシュと書かれていた。

 彼はもう一度溜め息を吐き、三枚目を捲った。


『ドラゴン・ナイツ連続失踪事件についての調査依頼』

 最初の事件が起こったのは、ちょうど1ヶ月前の今日だった。


 山賊の討伐に出かけていたドラゴン・ナイツ達5名からの連絡がある日突然途絶えた。

 返り討ちにあったのだろう……と言う者がいなかったのは、彼らがドラゴン・ナイツだったからだ。


 公式の剣術大会で優勝した者だけが入隊を許される選鋭部隊。

 カイエン国最強の称号を与えられた彼らが、山賊ごときに遅れをとるとは考えがたかった。


 ナイツの失踪はその後も続き、事態を重く見た国はついに……特殊雑用課、サウスの所に調査を依頼したのである。


「だがナイツ以上の相手となると……やはりあの二人しかいないな……いや、しかし……」


 サウスは唸ったり頭を掻きむしったりしながら、しばらくの間資料と睨みあっていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「ふぇっくちゅん! やだぁ、風邪ひいちゃったかも」


 銀髪の“男”、ランドウェルは両頬に手を当てて可愛らしく言った。


「そのなよなよした話し方をやめろと言っているだろう!? 寒気がする!」


 金髪の“女”、シルマリアは演技がかった仕草で首を左右に降った。

 蜘蛛の森に入ってから早2時間。

 二人はずっとこんな調子だった。


「シアったら女の子には優しいくせに、どうしてアタシには冷たいのよっ」

「お前のようなゴツい男に興味はない。ピンクフリルの似合うキュートな仔猫ちゃんなら話は別だがな!」

「ひっどぉ―い! 心は乙女なのにぃ」

「黙れこの変態が!」


 そんな二人を草陰から呆然と眺める4つの影があった。

 ボロ服を纏った男が髭もじゃの男に耳打ちする。


「やっぱアイツらはやめといた方がいいんじゃねぇか? なんか様子がおかしいぞ……」

「いや、昔ばあさんから聞いたんだが、魔法の中には男女の中身を入れ替えるってぇのがあるらしいぜ。もしかするとアイツらも……」


 男達は顔を見合わせてにやりと笑った。

 体と中身が別の人間なら本来ほどの力は出せまい。

 2対4なら分は自分達にある……そんな風に考えたのだろう。

 彼らは隠れることを止め、勢いよく茂みを飛び出した。


「きゃっ、なんなのよあんた達!?」


 悲鳴を上げたのはもちろんランドウェルだ。


「なぁに、ちょいと恵んでもらおうと思ってな」

「痛い目みたくなかったら……」


 顔に傷のある男が腰にぶら下げていた短剣を抜いて、構える。

 

「有り金と女を置いてきな」


 そう言って舐めるような視線をシアに向けた。


「いやぁっ! アタシをどうする気なの!?」

「お前じゃねぇよ!!」


 シアは隣で『ぐすん』とか言うランドウェルを無視して、男の持つ短剣に目をとめた。

 所々歯こぼれした赤褐色の……なまくら刀。


「そんな玩具で私とやり合おうとは……手を繋いだカップルの間をわざと割って通る独り身のブ男並みに愚かだな」

「いや、意味が分かんねぇよ」

「あははは、シア面白い〜!」

「面白くねぇよ! はぁ……おい!」


 調子を崩された男達はげんなりした様子で、しかし素早く二人を取り囲んだ。


「俺達を舐めてるみたいだからな……逆らったらどうなるか教えてやるよ!」


 髭もじゃの男がシアの背後から飛びかかる。

 短剣の切っ先が届く寸前……金属のぶつかり合う音が響いた。

 男の短剣は木枝のようにいとも容易く弾かれ、男もろとも後方へ吹き飛ばされる。


「な……どうなってんだ!?」


 男達の視線の先に、風を纏う一振りの大剣があった。

 淡い碧の光に包まれたそれを操る、女。

 そこにはランドウェルがいたはずだった。

 角度によっては蒼にも見える銀髪をなびかせ、細い腕で自分の丈ほどもある大剣を易々と担ぎ上げる。


「会いたかったよ、マイ・エンジェル!」


 シアは驚きもせず、女の髪を一房掬い上げるとそこに口付けた。


「……ウザイ」


 女は心底迷惑そうに呟き、シアの手を払う。


「……あの人は?」

「今は眠ってるよ。つまり! 私達の愛の調べを邪魔する者は……」

「……ムカつく」


 女はシアの言葉を最後まで聞かず、猫のような速さで男達に突っ込んでいった。


「え……ひぃっ!?」

「ぎゃぁっ」

「くぼぉ!」


 まるで剣と舞っているような身のこなし。

 女の細腕から繰り出された風は数秒で勝負を決した。

 

「……疲れた」


 女が大剣から手を離し、ぐったりと座り込む。


「あぁ! しっかりするんだマイ・エ……って何だ、お前か」


 シアが駆け寄ると、女のいた場所には見飽きた銀髪が座り込んでいた。


「つ、疲れたわぁ」


 ランドウェルは荒い呼吸を繰り返しながら、大剣を背中の鞘に収めた。


「ちょっと、シア! 何してるのよぉ」


 見れば、シアは男達の懐を漁っている最中だった。


「迷惑料だ」


 しれっとした顔で応え、4人全員漁り終えると、すたすた歩き出す。

 ランドウェルは小走りで後を追った。


「そういえば、今回の任務って何かしら? 伝令は緊急って言ってたけど」

「さぁな、どうせまた厄介事だろう。今週はマドンナ達と戯れる予定だったというのに……サウス、許すまじ」

「やぁだ、こわ〜い」

「だからその話し方は止めろと言ってるだろうが!」


 こうして二人は森を抜けるまで同じやり取りを繰り返すのだった。

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