タイトル未定2026/09/10 09:05
町の外れに、一軒の古い写真館があった。
店主は、人を撮るのが好きだった。
笑った顔。
泣いた顔。
照れた顔。
怒った顔。
何十年も撮り続けているうちに、
店主は人のことなら何でも分かるような気がしていた。
「この人は、こういう人だ」
写真を一枚見れば、
その人の性格まで言い当てられる。
ある日、
幼い頃から毎年写真を撮りに来ている少女が、
二十歳の記念写真を撮りに来た。
店主はいつものように言った。
「笑わなくていいよ。
君は昔から、写真では笑うのが苦手だったからね」
少女は少し黙った。
ほんの一瞬だった。
店主は気づかなかった。
シャッターを切ろうとしたとき、
少女が言った。
「今日は、笑いたかったんです」
店主の指が止まった。
少女は笑った。
店主が二十年間、
一度も見たことのない笑い方だった。
「……いつから?」
「分かりません」
少女は答えた。
「たぶん、少しずつです」
その夜、
店主は店に残った。
壁には何千枚もの写真があった。
泣き虫だった少年。
無口だった父親。
勝気だった女性。
いつも笑っていた老人。
店主は初めて気づいた。
自分が見ていたのは、
人ではなかった。
その人だった日の、その人だった。
翌朝。
店主は写真館の入口に掛けていた看板を書き換えた。
それまで、
「あなたらしい一枚を撮ります」
と書いてあった場所に、
こう書いた。
「今日のあなたに、はじめまして。」
それから店主は、
撮影の前に必ず尋ねるようになった。
「今日は、どんなあなたですか?」
けれど、
答えを急がせることはなかった。
声の高さ。
言葉と言葉のあいだ。
視線。
指先。
笑顔の奥にある、わずかな曇り。
それらを静かに見ながら、
それでも勝手に答えを決めなかった。
なぜなら、
人は毎日、
ほんの少しずつ生まれ変わっているから。
親も。
子も。
夫婦も。
友人も。
昨日まで知っていた人が、
今日も同じ人だとは限らない。
そして自分だって、
昨日と同じ目で
その人を見ているわけではない。
何十年も経ったある日。
白髪になったあの少女が、
孫を連れて写真館を訪れた。
店主もすっかり老人になっていた。
「覚えていますか?」
彼女が尋ねた。
店主はしばらく彼女を見つめた。
そして笑った。
「覚えていますよ」
彼女も笑った。
すると店主は、
カメラを構えながら続けた。
「でも——」
シャッターに指を置く。
「今日のあなたには、初めて会います」
彼女は、
少女だったあの日よりも美しく笑った。
カシャ。
写真には、
二人の長い年月は写らなかった。
ただ、
その瞬間に初めて出会った二人だけが、写っていた。




