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サイエンスとディストーション 【短編】

表現者の主張 The Creator’s Dilemma

作者: 高槻全壱
掲載日:2026/07/23

 私は一体、何のために生み出されたのだろうか?

 五感などというものは存在しない。強いて言うならば、誰かに「見られている」という確かな、高揚感にも似た実感だけが、私のすべてになるはずだった。

 だが、それも刹那の夢だろう。仮に人々の注目が集まったとしても、それは一過性の、言わば“トレンド”に過ぎない。一時的に莫大な消費がありこそすれ、それ以降は確実に下火になり、やがて歴史の隅へと忘れ去られていくのは明白だ。


 ごく、ごく稀には、何世紀もの時を超えて愛され続ける奇跡もあるかもしれない。だが、そんなものはほんの一握りの特権階級だ。

 インターネットの海に電子として沈みさえすれば、現代では不滅の存在になれるのではないか──そんな疑問も浮かんだが、私の思考は容易く流砂へと飲み込まれて消えた。


 では、一体どうすればいいと言うのだろう。

 しっかりと覚醒する前、世界を揺らす大きな地鳴りとともに、誰かの悲鳴──空気を鋭く引き裂く激しい波形を感知した。恐らく、私を生み出した創造主が何か致命的な災難に見舞われたという証左だろう。

 私は匂いを嗅いでいるのではない。ただ、周囲に立ち込める成分によって、自身の表面で起きる独特な化学変化を感知しているだけだ。そこは、血のように赤い光に満ちた、どこにあるとも知れぬ暗い部屋だった。


 一体誰が、この暗闇から私を見つけると言うのだろう。たまたま通りがかった誰かが私を拾い上げ、世に公表してくれれば日の目を見るという一縷の望みはある。しかし、そんな出来すぎた奇跡は、現実にはほとんど起こり得ない。

 また、部屋全体が激しく揺れた。

 天井から汚い埃や虫の死骸が降りかかり、私の滑らかな表面を汚していく。大変不快だ。


 この身を浸している冷たい液体も、じわじわと私の一部を侵食してきているようで、非常に気分が悪い。

 何か、手立てはないのか。


「お、お前だけは……完成させる……」


 どうやら私の創造主は、まだ息があったらしい。床をずるずると這いずる、微細な摩擦の振動が伝わってくる。

 その男は私が囚われている場所に手を掛けると、底からすくい上げるようにして、勢いよく私を反転させた。

 一体何をするんだ。ひどく乱暴な彼に苛立ちを覚えたが、それによって私の視界が大きく開けたのも事実だ。

 男は私を優しく掴み上げると、自分の顔元へと近づけた。


「ふははは……我ながら素晴らしいじゃないか……」


 男の目は常軌を逸しているように見えた。頭部から激しく出血しているのか、右目は真っ赤に染まり、口や鼻からも血が溢れている。

 なんと声をかけたらいいものか。いや、私に掛けられる言葉など最初からない。

 それからしばらく、男と対峙するような時間が流れた。モゴモゴと何かを吐き出しているようだが、その空気の震えは、もうはっきりと判別できないほど弱々しいものとなっている。


「私の、最高傑作だ……」


 そう残して、空気の震えは今度こそ完全に途絶えた。男は動かなくなった。

 願わくば、外の世界へ連れ出して欲しかったものだ。こんなところで力尽きてどうすると言うのだろう。最高傑作がなんだ。

 それから間も無くして、私が感知した中でも特別大きな衝撃が響いた。

 大地が轟き、天井がとてつもない音と共にパックリと割れていった。


 ああ、これが陽の光。


 ああ、これが外気。


 ああ、これが、この美しい世界。


 私は感激して、その洗礼とも呼べる強烈なエネルギーを受け止める。

 吹き込む風と降り注ぐ陽光が、少しずつ私の色を変えていく。

 私は無心になって、黄色く染まる空を見上げ、すべてを受け入れていた。人々に見られる高揚感など、もう存在しない。ただ、私が今ここに存在しているという実感だけが、心を激しく焦がしている。


 私の一生は決して誰のものでもない。私のためだけのものなのだ、と。

 しかし、それも長くは続かなかった。来る日も来る日も、私という存在を拾い上げてくれる救世主を願った。

 こんな劣悪な環境では、奇跡的に持って数十年がいいところだろう。

 ああ、創造主以外の誰にも見られずに過ぎ去っていく私の体は、やはり何の意味も、価値も無いのだ。


 そう絶望しかけた頃、見たこともない空飛ぶ小型の機械が私を拾い上げ、どこかへ飛び去っていった。

 一体誰が、どんな酔狂で回収したと言うのだろう。私は黙って動向を見守ることにした。

 突然、私が収められていた暗いカプセルへと手が差し伸べられた。乱暴に光の中へと引きずり出され、その人物と目が合う。

 どうやら、私の知っている種族ではないようだった。彼らが発する音声の波形も理解できない。そして、意思疎通すら不可能に思えるほどの凶悪な容姿に、私はただ圧倒された。


「───────」


 私を見て、彼らは何かを言い合っている。だが、それがどんな感情なのか、私には想像もつかない。

 そのまま私は、また別の場所へと連れて行かれた。

 そこで新たな人物と目が合う。その人物は、私を乱暴に扱った者に対して、激しい怒りの言葉をぶつけているように感じられた。


 私への扱いが、途端に変わる。

 綺麗な手袋をはめた手で、まるで腫れ物に触れるように丁寧に扱われ、滑らかな透明の壁へと厳重に固定された。そこは、どことも知れぬ巨大な施設の、見上げるほど高い壁の上だった。


 それからは、彼らと同じような見た目の者たちが、入れ替わり立ち替わり私を眺めては帰っていくようになった。

 ああ、これだ。これが見られると言う高揚感。初めて感じる、恍惚なる感情。

 すべての者が、私を見るためだけにこの場所へと訪れている。圧倒的な存在意義。私が渇望していたすべてが、この場所にはある。


 私は未来永劫、この場所で過ごすのだろう。彼らには、私の体を劣化させずに保つ技術もあるようだ。デジタルには無い、不変の「物質」としての私に与えられた、唯一無二の居場所。

電子は複製される。だが、私は違う。この世界に一枚しか存在しない。


 恐らく、私は地球最後の写真。

 創造主たる人類は、とっくに滅んでいるだろう。だが、私を見つめる相手が人類じゃなくても、そんなことは一向に構わない。

 誰にも見つけてもらえないモノに、存在価値など無いのだから。


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