chapterⅠ † 落ちる少女
何ヶ月ぶりの更新だろうね?
サブタイも適当でごめんね?
「美咲が出て行った」
雨が、朝からひどく降っていた。
「まぁ当然じゃね? あいつ魔法派だしな」
歩夢は気にする様子もなく叶恋に視線すら向けない。そしてチェスの駒を動かす。
そう、当然なのだ。彼女が俺の前に姿を現さないのも、科学派から出たのも全て自分がやったこと。今さら気にすることは無い。
「あいつあたしが買ってやった服置いて行きやがって……」
「そこ重視なんだ。まぁ客人がいないっていうのも暇だよね」
「お前もそこかよ」
彼らの話に耳を傾けず、コーヒーを飲もうと立ち上がる。サラはどこ行った、サラは。
「い――――――ッ!」
ガシャン
無残にコップが割れ、肌に突き刺さる。足にはガラスの破片の他に動物の歯型。そして唸り声をあげる一匹の狼。足を噛んだのはこいつか。見た感じかなり深く噛まれた。
「何やってんの!?」
「噛まれた」
痛い。左足が痛い。この狼はわざと噛んだ。足の肉を引きちぎろうとしたように、深く牙が入っていた。
「お前は聖職者か」
「聖職者?笑わせるな領主が」
動物とは時に何を思うか。高度な知恵と技術を持つ人間と何が違うか。それは考えることが出来るかどうか。初めて見たときから解っていた気がする。こいつは化けていると。
瞬きをする暇もなく目の前の狼が人に代わる。これがアニマル派の人間。
「あんたの方が俺よりよっぽど聖職者だ」
親を探したいほどのね。耳元で呟かれた言葉に何かが切れた。親を探して何が悪い。俺が誰を探そうと関係ない。
「お前には関係ない」
「アルバード博士。どこにいると思う?」
間髪を入れずに狼が言う。アルバード博士の居場所なんて誰も知らない。俺がどんなに頑張って探しても居場所だけはわからなかった。
「アルバード博士って、アルバード・エリデリフ!?」
「たしか15年前に行方不明になった天才科学者だっけ?」
「死んだよ。アルバード博士は自殺したんだ」
ここに来て初めて自殺したという証言が出た。沢山の人に聞きまわれば、みんなが口をそろえて言う。「あの人は裏切ったのだ」と。
何故、天才科学者が自殺した。何故裏切った。
「魔道士レイラも自殺した」
「魔法派の中でもっとも優秀だったあの女ですか」
「アルバード博士と一緒に心中したよ」
はき捨てるように彼が言う。こんなにも自分が探しまわった情報をこいつは全て持ってる。本当かどうかはわからないが、全てが淡々と述べている。
何故、偉大な魔道士も自殺した。どうして俺らを置いて行った。
「科学者と魔道士って心中できんのか?」
「二人は|駆け落ちしたはずだった《・・・・・・・・・・・》んだ。なぜ自殺したと思う?」
歩夢の言葉を無視してまっすぐ俺を見る。いや、見下してくる。駆け落ちしたのだって知ってる。だから自分はここにいるのだから。
「答えは脅されたからです。たしか大陸を収める国王に脅されたあげく、自殺したと私の調査ではわかっています」
「そう…………あれ、あんたってまほ「なんですか。文句があるなら躊躇なく言ってください」
今度はサラが狼の言葉を遮り、背筋が凍るほどの冷たい視線を送る。その間にも左足から血が流れる。
なんで国王に脅されて自殺してしまった。二人なら国王だって簡単に殺せたはず。
―――――――――――『もし彼らが領土や、民族に入ったのならその生存確率は限りなくゼロに近い』
そうか、彼らは子供に与える食料を買うために領土に入り、国王に見つかった。そして脅されて自殺した。
「彼らは子供を生んだ後に死んだらしいよ。二人の遺体は別々の場所に保管されてね。アルバード博士は時計塔に保管され、魔道士レイラはどういうわけか見つからなかった。というか二人の遺骨も遺体も見つからないんだよ」
「意味わかんないんだけど」
保管されたのに、見つからないと彼は言う。保管されれば遺体も遺骨も確実にある。この男は見落としただけだ。消えたわけでは決してないはず。そんな非科学的なことは起きるはずがない。
「時計塔にないんだよ遺体がないんだよ。土の中にも埋まってなければ、棺桶すらない。アルバード博士が死んでるのもわからないね」
「魔道士レイラの遺体は海に沈まれたことになっていますが、一生涯を負えるまで探したサメ型の方は、どこにもなかったと言いました。こちらも怪しいものです」
「さっぱりわかんねぇ」
「つまり二人は死んでないかもしれないんだよ」
探しても、探しても、答えには辿り着けない。何が真実で、何が偽りなのかわからない。二人は死んだのか。それとも生きているのか。
「本当の真相なんて誰もわからない。でも、一人だけわかってしまった」
「美咲は、魔道士レイラとアルバード博士に会ったよ」
――――二人は本当に死んだのか。
――――その通りです。
死んだと肯定していたのに、その本人は会っていた。嘘をつかれた。
「じゃあ生きてんじゃん」
「つうか本人に聞けばよくね?」
当然のことをなぜか相談しあってる二人を横において、狼の話を聞く。分が悪そうに目を逸らして、戸惑いながら言った。
「いや、それが…………なんていうか……おかしいんだよ」
「おかしい?」
「結構前に突然会ったって言って、狂ったみたいに言うんだ」
いつも冷静な姉。狂った姿なんて想像すら出来ない。決まったように同じ笑顔を向けてくるあの人。狂うことなんて出来ない。
「『とっても綺麗。ここは200年前と同じままだわ』って」
「200年前ってそんな生きてるんだ」
「いや、気付けよ。そこまで生きられないっつうの」
200年前と同じままの場所なんてひとつもない。150年前に隕石が起きて、全てが消し飛んだ。最低でもこの大陸で昔のままなんて場所はない。
「いやそこじゃなくて、美咲は極度の潔癖症で、雪すらも汚いって言うくらいなんだよ。その美咲が綺麗なんて言うんだ」
「200年前と同じままで綺麗なんて場所。そんな場所どこにもない」
「だからおかしいんだよ」
美咲が潔癖症なんて始めて知った。聞いてみれば綺麗なものでも汚いと思うだけで、触れてもほとんどは大丈夫だと言う。
ふと、狼の前に画面が浮き上がる。プログラムか。
「緊急事態発生、緊急事態発生。科学派、時計塔にて早乙女美咲落下。原因は何者かに押されたと思われます。以上です」
黒い何かの真ん中に、赤いものが画面に映る。赤い赤いリンゴみたいな髪。黒く羽根を羽ばたかせるたくさんの鳥。腕で必死に鳥を払っているのが分かる。
多分誰から見ても自分から落ちたようには見えない。無理やり落とされたようにしか思えない。物凄いスピードで落下していく中、唯一聞こえたのは、
――――――――――『みなと』
この手で出来ることがあるのなら、
どうかあの人を助けてください。