chapterⅠ † 長く儚い花
「湊、入るよ」
「ああ」
教えてもらった扉を開ければ、湊が外の景色を見ていた。入って来た私に見向きもしないで、立ったまま外を眺めている。
この感じ覚えてる。この雰囲気はいつも決まってあの話だった。
「お前に、聞きたいことがある」
でも私は素直にその話をする気はないから、わざと話を逸らすのがいつも決まっている。だから今回だってわざと話を逸らす。
「魔法派のことですか。それとも碧様のことで…」
「レイラ・エリデリフとアルバード・エリデリフはどこにいる」
言葉を遮り低い声で言い放つ。
まだ大丈夫。二人の話から遠ざけられる。今回も焦らず、完璧にやらないと。
「私がしるはずもない、です。もう領土から出てるんじゃないですかね」
そう私は知らないんだ。彼らが死んだとしか知らない。それ以上のこともしらないし、教えられない。片割れは何も知らなくていい。綺麗なままでいい。
「………先日、死んだと聞いた」
「誰に聞きま「美咲は知ってたんだよな」
またも言葉を遮りいつもの声で話す。彼はどこまで知ってしまったのか。何故私がそのことを知っていると分かっているのか。一体誰が話した。
「本当に、死んだのか」
真実を知っているのはあの人しかいない。湊に話せるのはあの人だけだ。科学派領主、湊を引き取った人。
「私が知る限りではその通りです」
どこかに連れて行かれていた。その時はいつものお昼寝の時間で、少し早めに目が覚めた私はそれを見てしまった。会話だって覚えている。お父さんとお母さんはとうとう殺されてしまうんだ。
その後どうなったかなんて知らない。知る余地もなかった。知りたいとも思わなかった。あの人たちは私の産みの親でしかないのだから。
「牢獄にも、いないのか」
「さぁ、どうだったでしょうね」
一体どこまで嗅ぎ付けたのか。
牢獄の奥にいる罪深い囚人は自動的に死んだことになっている。湊はその情報まで知っていたのか。そこに居ると微かな期待をこめて私に聞いているんだ。重要な情報は署長管理。私が知らないはずがないと。
「ばっくれるな。答えろ!」
やっと振り向いた湊は怒りで顔を染めていた。
「……貴方は知らなくていいことです。知ってどうしますか」
お願いだから彼らのことは諦めてほしい。死んだ人のことなんて思い出さなくていい。執着しないでいい。居なかったことにしてしまえばいい。
「どうだっていいだろ!少しでも情報がほしいんだ!」
意味がわからない。情報をもらってどうする?彼らに会いにでも行くか。会ってどうする。
気が付けば思っていたことは口に出していて、湊が私に掴み掛かっていた。
「お前なら知ってんだろ!? 何も知らないなら今すぐ出て行け! 必要ない!」
「湊何言って……」
今、私は何を言われた?冷静だった頭が一気に冷静さを失う。嘘でもいい。その言葉を言わないで。片割れの口から聞きたくない。
「もう一度言う。お前は必要ない!俺の前から消えろ!」
――――――――――――――――――――――『お前はもう必要ない』
嘘でいいのに。嘘のままでよかったのに。また、同じことを言われた。かつて信じていた人に言われた言葉を、また言われた。
「湊にまで同じこと言われるなんてね…………」
もう、信じてはいけない。
力なく堕ちた手は宙をただただ漂う。必要とされていないなら、私はなんのために生きればいい。もう、全てが終わってしまった。
ドアノブに手を掛け独り言のように最後の会話を繋ぐ。
「もし彼らが領土や、民族に入ったのならその生存確率は―――――――――」
昔の夢を話そうか。
かつて幸せだった時の淡い夢を
―――J'espère qu'une fois de plus fait revivre le temps mort―――
未来について語ろうか。
未知なる希望がある儚い夢を
――――Aucun plan pour faire l'histoire ne peut faire―――
今を一人で過ごそうか。
終わらないと信じて疑うことを知らない夢を
―――terminaisons conte triste et solitaire ne peut pas répondre―――
「なんで、教えてくれないんだよ……」
静かに闇に溶ける自分の声。暗い部屋で一人涙を流す自分。なんと情けない。自ら聞いたくせにこんなにも落ち込むなんて。
しかし彼女は知っていることの一部しか言ってはくれなかった。最後に聞いた言葉で全てを知りたくもないと思ってしまった。自分は一体どうしたいのかわからない。
――――――――――――――――『もし彼らが領土や、民族に入ったのならその生存確率は限りなくゼロに近い』
本当の両親にもう一度会いたい望みと共に儚く消えてゆく自分の存在。姉に当たって聞き出した情報は今の自分を突き動かす原動力をも消すものだった。彼女に当たって何になった? ただ彼女を傷つけただけ。彼女とまた逢えなくなるだけ。
あの日彼女が自分の前に現れて、ガラにも無くすごく嬉しかった。また昔のように一緒に居られるかもしれない思って。また昔のように一緒に暮らせると思って。また昔のように――――――――――――――――……
「―――ッ」
机に置いてあった書類に腕が当たる。この怒りをどこにぶつければいい?捨てられた時の悲しみをどこに消せばいい?そうだ昔のようではまた、離れていってしまう。
嘘だと信じていたかった。姉が自分を売ったなんて夢でしかないと思っていた。現に彼女は昔のように俺に笑ってくれた。そんな人が自分を売るはずがない。なにが嘘か、なにが真実かわからない。
ある人はこう言った。『嘘の中にあるのが真実。真実の中にあるのが嘘。どちらも大切』だと。しかし今はどちらかが消えてほしい。自分を惑わさないでほしい。
真実だけを知りたい。嘘なんて拒絶する。本物だけを求める。偽りは容赦なく捨てる。これが俺のやり方。そうまたこれで真実を探せばいい。誰の力もかりなくていい。
そう、全てを独りで――――――――――――………
花が、枯れた