chapterⅠ † 感情と温もりと願い
純白の薔薇で出来たバラ園。その真ん中で綺麗な瑠璃色の髪を揺らしながら背伸びをしている少女―――サラが目に入る。
自分の身長よりも高いところにある枝を切ろうとしているのだろうか。腕を伸ばし、つま先で頑張っている。手伝ってあげたほうがいい? 彼女のほうに歩みを寄ると、彼女が私に気づいた。
「……………その線から来ないでください、魔道士」
「ぇえ!? ここからですか!?」
指差された場所を見るともうすでに爪先に位置する線。よくここに線があった。
「更に言いますと、この敷地から出て行ってほしいものです」
「ご心配に及びません。早ければ明日、この敷地から出て行きますから」
無表情でいう彼女にとびっきりの笑顔で言ってやった。正直言うと彼女は少々…いや、かなり苦手なタイプだと思う。初対面の人に失礼なことは言う、扱いは雑。まるで、何をしても許されるような。
「更に更に言いますと、科学領土に立ち入らないで欲しいものです」
「貴方に言われなくてもそうしたいですよ! でもそれは無理な話ですね」
今思ったばかりのことをすぐにサラは言った。次に口を開いた時は「この世界から居なくなってほしい」とでも言いそうだ。
「なぜ? 魔法派の貴方は入ってはいけない領域です。永遠に魔法派に籠もってて結構です」
「引きこもりになれ、と言ってるようにしか聞こえないんですけど。……………仕事ですよ、仕事。面会とかにはいろんな領土に入らないといけないんです。当然、科学派にも」
仕事場に面会でもしたら、空気が悪すぎて相手が逃げてしまう。それに相手は他の領土には入れない。かりに入ってばれてしまえば抹殺される。少なくても通行手形でも持っていないと。
「なら死んでしまえばいい。自害するのに絶好の場所を私が教えて差し上げます。喜んでください」
会話になっていないように感じるのは私だけだろうか。口を開いてもどうせ彼女は話を聞かないだろう。
静かに次の言葉を待つ。
「科学派の南部は近未来都市になっているなのでビルが多いのですが、その街で一番高く、もっとも歴史のある時計塔があります。長針と短針が縦に直線になった時に飛び降りると、幸福の気持ちで死ねるそうです。私も試してみたのですが、傷一つ着きませんでした」
ここからでもその時計塔は見えるほど高いのに、どうして無傷でいられたのだろうか。
自害する時に、か……。もしする時は時計塔で落ちようではないか。最後の幸福を味わってみたい気がする。
「もし、自害する時はそこにしますよ」
「そういえば貴方に聞きたいことがあります。その髪は地毛ですか」
「俺もそれ気になってたんだよな」
どこからか聞いたことのある声が聞こえた気がする。あくまで聞こえた気がするだけ。姿が見えない限りは全て幻聴。そう、幻聴幻聴。
「最初は黒だったんですけど、いろいろあって赤になったんですよね。というかなんでですか」
嫌と言うほど目立つ赤髪だ。地毛な訳がない。もし地毛なら即刻他の色に染めるに決まっている。
今も染めて黒にしたいが、どうしたことか染めても着色しない。すぐに落ちてしまう。それを知らないとこどれだけお金を無我にしたことか。
「もし地毛なら目障りだと思ったので。今でも目障りなのに、その髪は更に目障りです」
「あなたには遠慮というものはないんですか。自分が言われたら傷つくでしょ?」
彼女に会ってから苛々が募る。失礼すぎる彼女の言葉もそうだが、それ以前にその冷たい視線も苛立ちの一番の理由だ。
「こいつ『感情』っつうもんがねぇんだよなぁ。傷つくとかはまずねぇかんな」
よ、と小さくいいながらクッキーを頬張る不良さん。いつも思うがこのギャップはなんなんだろう。ギャップがいい!っていう人の考えがわからない。気になって仕方がない。
それより感情がないとはどういうことなのだろうか。人ではないということ……ではないだろう。
「つまりどういうことですか。涙を流せないみたいな感じですか」
「いや、泣こうと思えば泣けんぞ」
「じゃああれですか。悲しまない。笑わない。楽しまない、みたいな?」
「そういうもんだな」
クッキーを食べながら話しているせいかカスがボロボロ落ちている。この後アリの行列が見れるかなー?
「もうすぐ12時になりますね……。お昼にしましょう。…………魔道士は、食べますか?」
「いえ、私はいりません。後で部屋に持って…」
「お前も食おうぜ! 皆で食べるとマジうまいからよ!」
「昼よりに先に間食食べてる人が何言ってるんですかっ!」
そんな抵抗も虚しく、手首を強引掴まれ屋敷のほうに引きずられて行く。
「あれ、美咲何してるの? 何かのSMプレイ?」
「……………拷問」
ダイニングルームに入って来た叶恋さんの方を見ず、間を開けて答える。
あのあと歩夢さんの目を盗んで、逃走を試みたものの失敗。その挙句逃げないようにと縄で椅子に縛り付けられた。
ああ、食べる気なんて少しもないのに。食べたら毒を入れられる。私みたいな下衆がここで食べては毒が盛られる。また私の寿命が縮んでいく…。
「サラ飯を作れ、叶恋は作るな」
どこからか登場した湊にも声を掛ける気がしない。厨房からひどい、と聞こえた彼女の声は流すことにしよう。
叶恋さんが厨房から出ると一緒に、後ろからサラさんもワゴンを押して付いて来る。そのワゴンの上には沢山の料理を載せて。
「今回は美咲ちゃんも食べるんだね」
「……………」
不気味なほどの爽やかな笑顔に言葉を失う。つい先ほど銃を向けて殺そうとしたのにどんな風の吹き回しだろうか。本人は気にせずに向かい側の席、歩夢さんの隣に座る。そして私の右隣に湊が座り、その隣に叶恋が座る。
「何日食べてない?」
「えっと、最後に食べたのが十日前ぐらいだったかな?」
何を思ったのか湊が私の前に置かれたお皿に一人前以上の料理を盛り付ける。
野菜はもちろん視界に入れたくない肌色までが皿に入って行く。そして見たことのないほどの笑顔で、
「食え」
「うわぁ……悪魔だこの人」
「なんどでも言え」
視線をこちらに向けずフォークでお皿に乗った野菜などを刺し、私の目の前に持って来る。仕方なくそれを食べる。
「おいしい……」
「サラが作ったんだから当たり前だよ。サラが作ったのはね」
「ちょっとどういう意味よ!」
これはサラさんが作った物なのか。感情が無い割にはとてもおいしい。一度弟子入りしてみたいものだ。
未来の最後の一言と叶恋の会話には少しだけ耳を貸す。
「つーかお前ら出来てんの?」
「それ以前に普通は女子が食べさせるよね」
出来てる?食べさせる?一体何が?どうでもいい疑問が頭の中を駆け巡る。そのニヤニヤした顔には意味があるのか。湊の不機嫌そうな表情にも意味があるのだろうか。
「それよりもサラは何を入れてるのかな」
「毒です」
「入れないでください。というか入れてなかったんですね」
彼女のことだ。魔道士ととことん嫌って抹殺すること最優先にしているに違いない。そのサラが毒を盛り付けなかったのか。それはそれで少し関心してしまった。
「誰かに毒盛られたの、久しぶりかもしれない……」
「なんだそれ」
ダイニングルームに笑いが溢れる。ああ、人の笑うのも久しぶりかもしれない。人と関わるのも久しぶりかもしれない。全てが、久しぶりかもしれない。
こんな感情は昔に捨てたはずなのに、懐かしい。
「お前後で俺の部屋に来いよ」
私の肩に手を置いて湊が笑いながら言う。お前変ったな、と笑いながら言っていた。みんなが笑った。ずっと続けばいいと、頭のどこかで願ってしまった。