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ホワイトカメリア

一月一日。

元旦の朝は、幼なじみの家族と、

私の家族で地元の神社に行くことが通例だった。


私には(かける)という幼なじみがいる。


翔のご両親は、

私の両親にとても良くしてくれていて、

こう言った行事には必ず誘ってくれる。

でも、今年はそうじゃなかった。


「お母さん大丈夫?」

――母が高熱で寝込んでいた。


(あおい)、大丈夫。

あなただけでも初詣行っておいで。

毎年祈願するの楽しみにしてるでしょ」


掠れた声で、私の背中を押してくれる。

すると、家のチャイムが鳴る。


「ほーら、翔くん来たわよ、しっかりね」

そう言って部屋のドアを閉める母、

リビングで正月特番を見てコーヒーを飲む父。


「ああ、葵、

俺は母さんといるから行ってきなさい」


そう言ってまたテレビを見る。


なんだか仕組まれたような、

そんなことを邪推する。


鏡の前で最後のチェック。


ちょっと気合い入れたメイクは濃くなったし、

前髪は決まらず、

ハーフアップにしたのもなんだか痛い。

白いシュシュとかちょっとやり過ぎかなと思ったりもする。


買ったばかりの

チャンキーヒールのショートブーツ。

可愛いけどヒール慣れてないんだよなぁと、

不安が混じりながら、それを履く。


うん、多分可愛い。がんばろ。


◆◆◆


ドアを開けると、冬の冷たい風が、

玄関に吹き込んでくる。


暖かい部屋の空気は、

外の乾いた風と入れ替わるように

外に吐き出された。


そこには、少し背の高い影が見える。


オーバーサイズのパーカーにブルゾンを羽織り、

フードを被ってポケットに手を突っ込んで

気だるそうに立っている。


いつもの翔だけど、様子だけが違っていた。

今日は、何故か翔一人で待っていた――


「お待たせ。……あれ? 翔、おじさん達は?」

ヒールは慣れてなくて、少しよろけながら聞く。


「あー、親がちょっとね。先行ってていいって。

 葵んちこそ、おばさん達は?」

 

――なるほどね。そういう事か……。


「お母さんがさ、熱出ちゃってさ…」

 

「え、マジ?今日やめといた方がいい?」

目を丸くする翔、

ホント昔から表情に出て分かりやすい。


よく泣いてたもんなー小さい頃。


「んーん、私は一人でも行く気だったし。」

8cmのヒールは踵が浮いてる気がして、

落ち着かなかった。


「――ま、そっか。じゃあ行こうぜ、折角だし」


葵は「……うん、そうだね」とだけ短く返し、

マフラーの毛足に深く顔を埋める。

 

私はいつも、翔の一歩後ろを歩く。

小さい頃よく転ぶ翔を見守る癖が今も抜けない。


でも、翔と二人で歩くのも久々で新鮮でいい。


もうそろそろ翔も一人暮らしが始まるから、

こうやって初詣に行けなくなるかもな……

なんて。


私の胸に小さな棘が刺さる。

 

内向きに気持ちが向かう前に話を切り出す。

「一人暮らしの家、場所決まったの?」


「コンビニあるし、

駅近いから、そこでいいかなって」

――やっぱり、一人暮らし始めちゃうんだ。

 

「……どうせコンビニばっかりになるんでしょ。

体壊しても知らないよ」


翔の事は、このまま放っておくのは不安で、

親でも姉でもないけど心配だ。


「葵こそどうなんだよ、

春からセンセーなんだろ?


子供と一緒に成長する自分とか、

俺には想像できねーわ」


お、意外だった。

私のことを心配する視点があったことに。

胸がじわりと暖かくなった。


「そんなの、私だってまだ想像できないよ。

不安は不安だよ……」

 

嘘偽りなく吐き出したつもりだった。

きっと心配してくれると思う、

話聞いてくれたら嬉しいななんて期待した。


「ふーん。まあ、葵なら大丈夫っしょ」


はー、出た出た。いつもこれ。

たまには心配しろよな……。


大丈夫じゃないって、言いかけて飲み込んだ。


◆◆◆


神社に着くと、

そこは清浄な気配に包まれていた。

この独特で、神聖な空気に自然と背筋が伸びる。


神社の鳥居をくぐると、

お焚き上げが執り行われており、

古い木材がパチパチと音を立てて燃えていて、

近付くとほんのり顔に熱が寄る。


木材が焼ける甘く燻された香りと、

木々が放つ深い緑の香りが心地良い。


参拝者は多く、参道は人の波が蠢いていた。

私たちは押しやられるように手水舎(ちょうずや)にたどり着く。


柄杓から注がれる水は、

針のように指先に突き刺さる。

私は下ろしたてのハンドタオルで手を拭いて、

翔の方に視線を下ろす。


想像通り手を振って適当に水を切っている。

この後、デニムで手を拭くに違いない。


「ほーら、どうせズボンで拭くんでしょ。

センセーが貸してあげるよ」


……言ってやった。


「……サンキュ」とだけ

小さく返事するもんだから、

イタズラ半分に渡す時に手に触れてやる。


厚手の綿の感触に、

湿った暖かい指が割り込んでくる。

どうせここまでしないと私の気持ちなんて――


「あ、ありがと」

「どういたしまして」

――毎年やってんだけどなこれ。


拝殿への列に並べば、タイトな環境で

少し動くと玉突きのように人にぶつかる。

 

チャンキーヒールなら平気だと思ってたけど、

こんなに人がいると、さすがによろけてしまう。


「あれ……それ、そんなの履いてたの?」


……ようやく気づいたか。目線の高さは同じなのに。


「あーこれ?チャンキーヒールだから歩きやすいかと思ったら、参道には良くなかったかも……」


背筋を伸ばせば、8cmの差が埋まって

翔の肩に顎が乗せられる位には目線が揃っていた。


「ったく、なんでそんな歩きにくそうなのを……」

 

――こいつは本当に分かってない。


誰のために無理して履いてきたと思っているのかと、やり場のない感情をヒールの踵に押し付ける。


「なんでもいいよ……はい、歩いて歩いてっ」

 

私は悔しくて下を向いてしまった。

背中を押し出していつもの位置に戻る。

 

前にも、ここでいいや……

なんて落ち込んだりもしたっけ。


◆◆◆


ようやく拝殿の賽銭箱が見えた。

私は事前に準備した賽銭を取り出す。

15円、十分なご縁がありますように。

私には翔だけで十分だった。


「あ、やべ……小銭ないわ…」

 

知ってる。コイツは賽銭なんて準備してない。

そういう所が可愛いんだけど。

 

「だと思った……。

はい、お年玉……しっかりしてよね。」


私は事前に準備したポチ袋に賽銭を入れて渡す。

同じ光景を何度も見てきたから。


何故か急にエスコートしようとする翔は、

分かりやすかった。

……本当に可愛いこういう所。


拝殿に着くと二人で並んで祈願する。

この時私は決まって翔の右側に立つ。

 

その瞬間だけ、

私と翔は同じ景色を見ているような気分になる。


こんなに楽しい初詣は久々で、

また来年も来てくれないかなって神様に追加で

お願いしておこうといつもより長めに祈願する。


祈願がおわって目を開くと、もうあいつは居なかった。


拝殿から降りて待っていたので、私も急ぐ。

後ろから人にぶつかられて、一瞬足元が見えなくなる。


――その時、翔の手が目の前にあった。


思わず手に取ってしまう。


転げそうになったのもあるけど、

目の前にあった少し大きい手に触れたくなった。


「大丈夫かよ…」

翔の声が遅れて聞こえる。


「ありがと」としか言えなかった。

本当に感謝していたのに、言えなかった。


その時翔は手の事には触れずに質問してきた。


「あれ、何で賽銭485円だったん?」

全く空気の読めない質問に目を丸くした。

 

「内緒」

――イライラするなあほんと。


◆◆◆


拝殿から降りて、参道を歩く二人。


「そうだ……おみくじ、引くか」

それは、この初詣がもう終わることを意味していた。


私は「……ん、いいよ」と短く応じた。


翔は御神籤代を入れて箱に手を入れる。

私もその隣で籤を引く。


――吉。

形容しがたい立ち位置で自然と笑いが出た。


『縁談――早ければ成る、機を失えば他に移る』

だけど、この一言が私を焦らせる。


ふと、翔の籤に視線を落とす。

縁談には『誠意を尽くせ。今の人が最上』と書いていた。


今の人……私はコイツの数多くの恋を見てきた。

母の膝の上で何度も涙を流したことをコイツは知らない。


「んー小吉かあ、葵は?」

「わたしは吉だったよ」


互いの籤の内容を、

黙して読む居心地の悪い時間が流れる。


その永遠かと思われる長い時間を割ったのは翔。

「誠意だってよ。……葵もさ、早く彼氏でも作って、

誰かに誠意尽くされればいいのに」


この何気ない一言が私の全てを打ち砕いてしまった。

 

翔のことだ何も考えていない。

解っていてもその言葉は私の胸の内側を、

残酷な形で切り取ってしまった。


瞳の奥が熱くなる、意志と隔てた場所から涙となって、

私の恋心が落ちていく。

――まるで、軒先に咲いていた白い椿の花のように。


◆◆◆


翔との最後かもしれない初詣で、

私はあろうことか、楽しませるつもりが涙を流していた。


この場から立ち去りたい。

私は一言だけ残して、逃げようとした。

「……バカ」


振り返って人混みに紛れて家に帰って、

翔のことはもう忘れよう、そう思って歩き出したとき。


「ま、待てって…ごめん…」

そう言って私の腕を引っ張る翔。



腕の力は強くて、

一緒にいた時間の重さを痛感する。


この無頓着で、

救えない馬鹿の相手をしてしまうと……

きっとここで許してしまうと、

私の22年が繰り返すだけ。


私は突き放すつもりで言葉にする。


「お前なんて。嫌いだ……。

私の気も知らないで……ずっと、好きだったのに」


私がこれまで、

翔のためにどれだけの時間を差し出し、

何を諦め、どんな顔で翔を見てきたのか。


――何も知らない、何も分かろうとしないくせに。

 

「お前もういい、離してよ、帰る」

私は翔の手を振り払おうとする。


「ごめん……葵、俺」

「なんで分かんないんだよ…バカ」


言葉が出る度に脚と、肩が重くなる。

目の前が暗く、鈍く、狭くなっていく。


私は顔を隠してしゃがみ込んで

声を殺して涙を流すことしか出来なかった。


何分経ったか分からない、周りの視線すら感じない。


その時、ふわりと柔軟剤の香りが鼻をくすぐった。


暖かい空気が肩に掛かる。小さく音がした。

「俺……上手く言えないけど」


翔の声だった。

その声は低く、そして深く私の奥まで降りてくる。


「ありがとな葵、俺お前に甘えてたわ……。

全部、お前が近くにいてくれたのにな」


私の肩に添える翔の手は、震えていた。


「悪い、気づくのが遅すぎた」

「俺と一緒に帰ってくれるか?」


そう言って翔は、下を向く私の頬に手を添える。

都合が良すぎるこの救いのない男に恋をしていた。

翔がこういう返事をすることくらい分かってた。


「嫌っていったら……」

救いの手を求めたような一言を狡猾にも滑らしてしまう。

この言葉はきっと呪いだ。


再び短い沈黙が二人の間に重く降りる。


「――それでも、一緒に帰るよ」

「お前と来たんだから、連れて帰るよ」


翔は、やっぱり翔だった。

――大好きだ。


◆◆◆


神社の門をくぐり、帰り道を歩いていく。

泣き腫らしてしまった私は下を向く。


「……ごめんね」

私はこの沈黙を押しのけて話す。


「私が、泣いちゃったから楽しくなかったよね」

こんなこと言いたい訳じゃないのに。

どうしてもこんな言葉しか出てこなかった。


「いや、俺の……」

何かを言いかけて翔は、

パーカーのポケットに手を突っ込む。


「あのさ……何もわかんなかった。

今も、全部は分かってない。」


「でも、俺は、葵が近くにいる方が安心する。

多分葵がいたから今の俺がいて……」


当たり前だろ、私が他の恋を全部諦めて、

お前に全ての時間を捧げてあげたんだぞ…。


「これからも葵が必要なんだと今更わかった。

だから、一緒に帰ろう」


遅い、遅すぎる。本当に鈍感で、空気読めなくて。

こんなヤツなんで好きになってしまったんだろう。


手を差し出して、頭を下げる翔。

私はそんな翔を冷ややかな目で一瞬見てしまう。

こんな男に捧げても良いのだろうか…と。


翔の手は震えていた。

きっと、コイツことだろう。

言ったことは守ってくれる。そういう男。


私は複雑に絡む恋心と疑いを混ぜ合わせて、

また、あの辛い22年間を繰り返すつもりで手を取った。


「……バカ」と一言だけ(あい)を添えて――


陽の光は、二人の間に優しく降り注ぐ。

春を予感する暖かな空気は、

ふんわりと甘い椿の香りを運ぶ。


「葵、手繋いでいい?」

翔がそう言って返事も待たずに私の手を取る。

私は翔の指の間に、私の指を絡めて返事をした。


22年間の想いを、コイツに背負わせた。

絶対に離させないと呪ったこの日を忘れることはなかった。


甘い椿の香りと、

木の焼ける匂いは私にとっても呪いだった。


◆◆◆


「葵、そういえばさ、あの初詣の日さ覚えてる?」

「翔が私を泣かした日でしょ」

イタズラな笑顔をして、俺を見つめる葵。


「いや、悪かった……もう何年それ言うんだよ」

あははと声を上げて笑う葵。


「あの日さ賽銭、なんで485円だったの?」

そう聞くと、葵は得意げに返事をする。


「――四方八方にご縁がありますようにって」

大きくなったお腹を撫でながら、

暖かい笑顔で返してくれる葵。


結婚した時にも、

拝殿での立ち位置は私のこだわり。

新郎新婦の練習してたんだよって……


こんなにも、一途な葵に

俺は一生かけても返せないほどの愛を受けていた。


だから、

俺がしっかりと二人を守って背負っていく。

今日も、これからも、ずっと――

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