一夜明けて
さてさて、エール公爵邸にお邪魔した翌日。学園に到着すると前方に見慣れた金髪が見えた。ユリーシア様だ。
ごきげんよう、と声を掛けるために足を踏み出そうとしてしかし止めたのは仕方がないと思う。
「うわ……」
だって、前方に昨日の物知らず小僧どもがいるのだ!!
何人もで集まってたった一人の女の子に食ってかかって恥ずかしくないのかあの小僧どもは! 躊躇してしまったがまた何か言われているようならば止めに入ろうと近付こうとしたのだが、なんとなくユリーシア様の雰囲気がいつもと違うことに気付く。
その長い髪を下ろして、毛先を緩く巻いている。普段よりもずっと柔らかい印象だ。
「なぜシュシュにそんな冷たい態度を取るんだ! もっと親切にしてやれないのか!!」
うわうわ。小僧の言い分は昨日と同じだ。伯爵令息……伯爵小僧で良いか。あいつが今日も最前線で吠えている。後ろに何人か居る男子達は辺境伯とか侯爵家とか、それより家格の高い奴等のようだ。伯爵小僧が一番下っ端だから先鋒扱いされているってことかな。
「冷たくなんてしてません。親しくもないので親切にする機会もないですけれど」
「親しくないだと? なぜ冷遇する!! その冷徹な容貌だけで見る者を怯えさせてしまうとなぜわからない!!」
やっぱり物知らずだ。親しくないイコール冷たくしてるってわけじゃないじゃんか。それにそんなのユリーシア様の美貌に周りが勝手に圧倒されてるだけじゃんか。昨日話したユリーシア様ご自身は普通の優しいおねーさんだった。同い年だけどおねーさんと呼びたい包容力を持っていた。
やっぱり仲裁に出ていこうかな、と思った矢先。ユリーシア様が小僧に一歩近付いた。
そんなやつ殴っても良いんだぞー、問題になっても私が全力で状況を説明するぞー、と心の中で声援を送ったのだが、ユリーシア様は小僧の目を見つめて少ししゅんとした様子で項垂れた。
「……わたくし、背が高い上につり目だから……昔から怒っているように見えてしまうの。怖がらせてしまったなら申し訳ないけれど、怒鳴られたりするのはわたくしも悲しいわ」
かっ、かわいい!! 大優勝だ!!
「うぐっ……、うっ……、あ……」
小僧もユリーシア様の魅力にやられたのか顔を真っ赤にしてあわあわしている。
どうだ可愛いだろう。これが未来のアイドルの姿だ!!
いいぞいいぞユリーシア様もっとやっちゃえ!! と思っていたのだが、負け犬小僧はびしりと指を指して「もっともっと反省しろ!!」と言い捨てて仲間をひきつれて逃げ去っていった。
その中にヒロインちゃんの姿が見えなかったのだが、今日はまだ登校していないのだろうか?
周囲を見渡すと、意外にも私のすぐ後ろに居た。たった今到着したのだろうか。
「……あーあ。本当にどうしよう」
昨日聞いた声よりもずっと低い声で、そしてげんなりとした様子で早足で校内へと消えていくその姿をただ眺めていると、ユリーシア様が私に気付いた様子で駆け寄ってくる。
「ルルシア様! ごきげんよう」
昨日までの公爵令嬢然としたユリーシア様からは考えられないような小走りと子犬のような無邪気な微笑み。有難いものを拝ませていただいた。
「ごきげんよう、ユリーシア様。あの人たち、ユリーシア様の可愛らしさにやられて撤退していきましたね」
「えっ、まさか。昨日あれから貴女に言われて童心に帰って過ごしていたのだけれど、それに引っ張られてかなんとなく振る舞いまで子どもっぽくなってしまった気がしているんだけれど……」
「公爵令嬢として時と場所さえ弁えればそれで良いんです。もちろんその辺は私が口を挟むまでもないでしょうが」
流石に社交の場や授業の間は公爵令嬢として振る舞ってほしいが、それ以外の自由時間はこれで良い。このギャップがユリーシア様の強みであるのだから。
「分かったわ。もし私の言動が思わしいものでなかったらルルシア様も助言をくださると嬉しいわ」
あー、素直でかわいい。そりゃシュシュちゃんもかわいいけどさ、ユリーシア様のこの可愛さに気づかないなんてあの小僧どもの目は節穴だよ。子どもが悪戯で破きまくった障子くらい穴が空きまくりだよ。
「ンー、可愛い……。もちろんですユリーシア様。……まずは私にだけで良いのですが、様付けをやめてみません? ルルとかルルシアちゃんとか呼んでくださるとより親しみやすいですわ」
「え? ルル……シアちゃん??」
戸惑ってる戸惑ってる。私はクレイスをくん付けすることにしたけれど学園の生徒間じゃ様付けだとかナントカ令嬢とかナントカ令息で呼び合うがデフォだもんね。婚約者同士なら呼び捨てとか、家格に大きな差があればさん付けとかも有り得るけれど。でももしこれからファンがついたとしたら、様付けで呼びかけるのは距離を感じてちょっぴり寂しい。
まずは私で慣れてもらえればという作戦だ。
あとは、単純に戸惑うユリーシア様がかわいいい。
「わかった。ルルちゃん」
ぽん、と肩に手を置かれる感覚に振り向くとクレイスくんが居た。ちょうどきみのことも少しは考えていたが、きみにルルちゃんなんて呼べとは行ってないぞ。
抗議の視線で見上げると、やれやれといった様子で肩を竦められた。
いや、やれやれと言いたいのはこちらのほうなんだが?
「やめなさい、クレイス」
「だめだったか?」
だめっていうか。
「クレイスくんにちゃん付けされると違和感が凄いです」
「わかった。じゃあ、ルル」
やはりこの子は距離の詰め方がおかしいのである。




