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弟の初恋【ユリーシアSide】




「ユリーシアに紹介しようと思って連れてきた」



 ある日、弟はそう言って女の子と帰宅した。



 公爵家なんて大層な家柄だが、両親の実子だが女として産まれてきてしまったわたくしと、叔父夫妻の遺児である弟。どちらが家を継ぐのかも決まっておらず、そんな状態故に両者とも婚約者も未だに決まっていなかった。



 後継者争いをしているわけではない。むしろ姉弟としての仲は驚くほど良好で、どちらもいずれ自分が公爵家を継ぐかもしれないという覚悟はあってもどうしてもその椅子に座りたいというような野心はなかった。おまけに、後継者として政務を取り仕切るための能力の差もほとんど無いのも、両親が後継者指名を出来かねる理由だった。



 けれどもうわたくし達は十六歳だ。宙ぶらりんのままいられる時間は長くない。決断のときは差し迫っていた。

 同時に、わたくしが後継者を継ぐのならば婿養子を。弟が継ぐのならば妻となる女性を探さなければいけない。



 だが、弟は初恋を引きずっている。





 十年も前に招かれたあるお茶会。そこで披露されたあの時間に彼女が見せてくれたものを大人たちは奇妙な歌と珍妙な動きと敬遠した。

 幼い頃の戯れと思えば微笑ましいけれど、こんな思い付きでの遊戯が許されるのはせいぜいこの時期までだろう、歳を重ねた先でいずれこの日を思い出しては羞恥に居た堪れなくなる日がくるのだろうと。

 自身の子息子女には間違っても真似などしないようにと釘を刺しながら。




 その中の子どもたちの何人もが彼女の姿に心を奪われてしまったことも知らないで。




 男女問わず彼女に心酔した者は居たが、色恋やお近付きになりたいというよりも陰ながら見守り、再びあのような催しを開催してくれる時を待とう、という者が大半だった。



 けれど再度の開催の知らせはなく、各々の記憶に映したあの日の彼女の輝きは段々と薄れていき。その存在を忘れていく者、変わらず見守り続ける者と分かれていった。



 わたくしは前者だ。再度彼女のあの熱を浴びることが出来ないのを残念に思いつつも、それならそれで仕方がないことだと。あの日大人達が諭したようにわたくし達も彼女も大人になっていくのだろうと思っていた。



 けれど、弟は熱の冷めていない瞳で、声で、時折零すのだ。『あの子のあの姿をまた見たい』と。

 それは、彼女に焦がれた多数が願ったこと。



 けれど、それだけではないのだろう。彼女のステージを見つめる弟の横顔は印象的でよく覚えている。彼女を見つめるその瞳には、憧れだけではない熱が籠っていた。




 あの時、彼は恋に堕ちてしまったのだ。






『あのー、皆様落ち着かれては?』




 昼間、わたくしを助けてくれた同級生。あの時は毎日のように言い掛かりを付けてくる例の集団に気を取られ、思い出せなかった。

 けれど、再度の対面で彼女がグラシュー侯爵令嬢であると認識し、同時に十年前の少女であると気付く。


 クレイスは見つけてきた。初恋の君を。




 一緒に帰宅などしてきたものだから、長年の想いが実ったのかと内心喜んだものだがそうではなかった。



『ここには出来立てほやほやの友情しかありませんわ』



 なんて、なんの下心も全くないと言い切るものだから弟には同情しつつも彼女のことがもっともっと大好きになってしまった。

 大概のご令嬢は弟を見たら秋波を送るというのに。本当に付き合いの浅い友人程度にしか扱わないのだ。なんて面白いのだろう。



 本当は十年前の催しのこと、なぜあんなことを思い付いたのか。もうやらないのか。いろいろ尋ねたかったのだが、あれから音沙汰が無いということは触れられたくない過去なのかもしれない、と話題に挙げることはしなかった。彼女自身からその件についての話が出るまでは気付いてない振りをした。



 あの時の彼女と同じことをしろ、と言われるとは予想外だったけれど。




「なんで、こんな突拍子もない話を快諾したんだ?」



 彼女の乗った馬車を見送りながら、弟が言う。



 明日になればまた学園で会えるというのに、健気なものだ。



「貴方ね、自分で提案しておきながら。……言ったでしょう。息抜きよ。いい加減あの集団に絡まれるだけの毎日も飽きていたの。どうせ変な目で見られるのなら楽しいことをして変な目で見られたいわ。……あとは、弟の恋は応援したいなと思っただけ。全く意識されていないじゃない、貴方」


「なっ……」



 血は繋がっていなくても10年以上連れ添った可愛い弟だ。好きな子にあんなに躊躇なく『友情しかありません』なんて言われる姿を見たらちょっぴり心配してしまう。

 もちろん、気晴らしというのも彼女に憧れたからというのも嘘ではない。わたくし自身が彼女と一緒に過ごしてみたいとも思った。彼女ならこの鬱屈な気持ちの毎日を変えてくれるかも、とも。




「きちんとアピールしたの? 優しくしてあげた?」



「…………した」




 歯切れの悪い弟を問い詰めると、彼女を見つけた途端声の掛け方がわからず妖怪令嬢と呼んだなんて話を聞いて頭を抱えてしまった。



「…………嫌いって言われても仕方がないわ、それじゃ」



「そのあと、家に来たら俺と噂になってしまうかもしれないと言っていたからそれは問題がないと伝えた」



「……伝わってないと思うわ、それ」



 少なくとも、弟の思惑は正しく伝わっていないだろう。



「これからは優しく接しなさいね」



 そう諭した翌日に、わたくしの目の前で彼女を再度妖怪扱いした時には張り倒そうかと思ってしまった。



 弟の恋路もわたくしのアイドル道もまだまだだけれど、こんなに騒がしい毎日は悪くない。




 久しぶりに明日が楽しみなんて気持ちで、今日も眠りに着くのだ。






 ちょっとだけ後に、ユリーシアがルルシアとの出会いを振り返った時のお話です。


 恋愛要素がなかなか発展しないのでユリーシアから見た現状を入れさせてもらいました。

 好きな子に妖怪とか言っちゃ駄目だよね、優しくしてあげてね。


 もしこのお話を気に入ってくださった方がいれば評価やリアクション、ブクマなどなどなにかしていただけたら飛び跳ねて喜び舞い踊ります。

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