本番直前
「ユリーシア様、ルルちゃん、ただいまあ……」
ライブ開始三十分前。シュシュちゃんも復活したようで、合流出来た。復活出来て何よりだ。
「ただいま。楽しかった」
クレイスくんも戻ってきた。私と同じで、クレイスくんも案外単独行動が好きだよね。ひっつき虫になる時もあるけれど。他の皆さまの発表を堪能出来たようで何よりである。私も、次にこういった機会があればきちんと見て回りたいな。
「じゃあ、今日の作戦をおさらいです。まずは、講堂に居る人たちにシュシュちゃんが作ってきてくれたお菓子を配ります。元々が私のファンで見に来てくれた人たちはともかく、大体の人は何が始まるのかわからないですから。他の場所へ行かれてしまったらそこで終わりです」
「何か珍しいものもらえる! って足止めをするんだよね。なるべくゆっくり配るよ、任せて。開始前に配るのは米粉のお饅頭ね」
流石シュシュちゃんだ。立って食べることは出来るだろうけれど、もちもち食感のお饅頭は飲み込むことを考えると絶妙に食べ歩きはし辛い。そうして食い止めてくれた間に一曲目を開始するのだ。
「完璧です我が友。伴奏はクレイスくん。一曲目は私もユリーシア様の横で歌います」
「譜面は完璧だ。任せろ」
おお、頼もしい。大好きなお姉様と、大好きな私のため、って練習をたくさんしてくれていたもんね。
もちろん私の準備は完璧。
あとは、ユリーシア様だ。
「わたくしも、準備も覚悟も十全よ。やるわ」
よし。全員問題がない。
「では。行きましょう」
舞台袖に移動し、深呼吸する。此処に来るまでに何人かの私のファンの子たちとすれ違った。応援してるよ、と目配せしてくれた。シュシュちゃんも他の人たちを足止めしてくれる。だから、大丈夫。お客さんは入ってくれる。
「ルル」
「ん? なんですか」
「お守りを渡しても良いだろうか」
そう言って、クレイスくんは私の前髪に何かをつけた。
「ユリーシアのリボンと……、いや。お前の瞳と同じ、翡翠をあしらった髪留めだ」
そういえば前に宝石を贈りたいって言っていたな。自分の髪や瞳の色を贈る男の子が多い中、私の瞳の色を選んでくれたのは、ユリーシア様のリボンとお揃いにして元気付けるためだろう。
「ありがとうございます。でも、自分で着け直しても良いですか?」
大好きな男の子からのプレゼント。とっても嬉しい。でも、クレイスくんってば着け方が下手で髪留めが私の前髪からぶら下がってしまっている。
普段ならば浮かれて一日このまま過ごしたかもしれないが、今日という日はそうはいかない。
「すまない。着け直そう」
割となんでも卒なくこなすイメージのあるクレイスくんだけれど、緊張しているのだろうか。舞台に対してなのか、私に贈り物をすることに関してなのかは分からないけれど。
「出来た。……可愛いな」
「十分後にはこの会場を『格好良い』の声でいっばいにしてみせますよ。クレイスくんは伴奏もあるので、見ていてほしいとは言えないですけどね」
髪留めを着け直してもらって、視界は良好だ。より気合も入った気がする。
舞台に上がると、私のファンの子たちがちらほらと。シュシュちゃんの足止めも功を奏してか、講堂内にはそれなりに人が居る。
更にぐるりと一周見渡すと、シュシュちゃんから離れた最後方に、赤毛の女性──、リリィさんの姿も捉えられた。その視線は、ステージではなく観客席の方を見回している。きっと小僧を探しているのだ。それでも、始まってしまえば、絶対にユリーシア様から目を離せなくなる。
小僧の姿はまだ見えないけれど、私たちを見張るためにそのうち必ず現れるだろう。
拡声器を持って、始まりはあの日と同じ言葉で。
「皆さま、来てくださってありがとうございます。いきなりで驚かれるかもしれませんが、本日は皆さまに見ていただきたいものがあるのです」
十年前と違うのは、今日という日は絶対に黒歴史になんてならないこと。
ユリーシア様が、シュシュちゃんが、ファンの子たちが、クレイスくんが。
大丈夫だって、背中を押してくれる。
今日という日を以て、『アイドル』という存在が、概念が、きらきらの夢と共に世界に拡がるだろう。
この日この場所に来たことを後悔なんてさせない。今この場所に居る全員に、最高に楽しい時間を。
さあ、始まる。




