夢物語
この世界では貴族として生まれ育った私だけれど、平民として生きてきた女の子がもし偶然にも貴族の男の子と出会ったら。別世界の扉を開かれたように思ってしまうんじゃないだろうか。舞い上がってしまうのも理解出来る。
「グラシュー侯爵家の名前を聞いたフォンス様は、あなた方の悪行の数々を教えてくれました。ウィゼル男爵令嬢に対して、下位貴族のご令嬢だからと疎外し、嫉妬し、虐げる。悪魔のような人たちだと。憧れていたユリーシア様がそんな人間だったなんて、許せませんでした。だから、わたしは自分が知る限りのあなた方の計画をフォンス様にお話したんです。師匠から聞いた物の怪パーティと呼ばれたお茶会のことも、それと同様の催しのための衣装を依頼されたということも」
憎しみを隠しきれない、といった風にリリィさんは下唇を噛み締めている。悪魔と言われたのは初めてかもしれない。妖怪なら言われ慣れているけれど。
そういえば小僧が私を妖怪呼ばわりしてきたのは、リリィさんが情報の出処だったんだな。とっくに克服した部分だからなんと呼ばれようが良いけれど。気になるのは、リリィさんの様子だ。
「かなりの誤解があるようなんですが、お話してくれる気になったのは私の言葉を信じてくれたからではないんですか?」
「いいえ。……いいえ。わたしはフォンス様を信じます。フォンス様はわたしの王子様なんです! 平凡なわたしを見つけて、愛していると囁いてくれました。不細工だとか、身の程を知れだとか……わたしの知るフォンス様はあんなことは言わない! きっと、ウィゼル男爵令嬢が持つというおかしな力で洗脳されているんだわ」
私の知る伯爵小僧はその程度の言葉は常に口にしているのだけれど、洗脳だとかその辺は全く違うとも言い切れない。もちろん、シュシュちゃんかそこまでのつもりじゃなかったのは分かっているけれど。どうにか説得したいが、今のリリィさんは恋する乙女。私の言葉などきっと届かないだろう。
けれど、それでも会いに来たのには理由がある。
「……リリィさん。明日、学園に来てくれませんか? 文化交流会というものがあるんですが、そこで舞台をすることになりました。十六時から十八時までは一般開放もするらしいので。私たちの会場は講堂で十七時からなので、そこに来てください」
アンチに転身してしまったけれど、もう一度ファンになってもらうのは不可能ではないだろう。そのための準備もきちんとしている。
「なんでわたしが……」
「あれから伯爵令息とは会えていますか? 彼も学園の生徒です。生徒会役員ですから、出し物の見回りもするでしょうね。私たちの催しは特に気にしているようでしたし。講堂に足を運んでくれたら、あなたの『王子様』と会えますよ」
その『王子様』はもちろん小僧のことではない。勘違いさせるようなこんな言い回しは、狡いと知っている。でも、彼女にライブに足を運んでもらうために、この方法しか思いつかなかったのだ。
「……わかりました。フォンス様の洗脳も解かなければいけませんもの。行きます」
「待ってますね」
ユリーシア様の予想だと小僧の魅了は既に解けていて、シュシュちゃんという女の子を知って本当に好きになったのではないかという話だけれど。その辺も、すべては明日だ。
約束を取り付けたので、リリィさんの背中を見送って、私も来た道を戻る。少し歩くと、木の幹に身体を預けるクレイスくんが居た。
「ありがとうございます。連れてきてくれて」
「俺にきちんと声を掛けたのは成長だと思う。政略結婚の話の時のように一人で突っ走ることがなくて安心した」
あれ、なんかお説教されてる? 流石に護衛もなしにこんな場所に一人で来るのは問題だし、だからといって家の人間を連れてきたらリリィさんの所在がバレて揉め事になるだろうからクレイスくんにお願いしたのだけれど。
以前と同じように男女二人でこの場所に来たことには変わりはないけれど、公爵様にクレイスくんと沼に行ってきて良いですか? と聞いたら許可をもらえたので問題はない。
「私だっていつも猪突猛進じゃないんですよ。精神年齢はお姉さんのはずですから」
クレイスくんよりたくさん生きているからね。そんな気持ちで、いつもと同じ軽口のつもりだったんだけれど、目の前の彼は難しい顔をしている。
「十六歳だろう。同じだ。好きだったもののことばかりで、個人としての経験や記憶はあまりないんだから、人間としての経験値は変わらない。姉ぶらないで、同じ目線で考えて、歩いて、甘えてほしい。俺はお前を大人としては扱わない」
「…………」
クレイスくんは私がお姉さんぶるとお前は姉じゃない、と言う。それは、ユリーシア様というお姉さんがいるからお前の姉力なんてとてもじゃないが足りないぞ、という意味だと思っていた。けれど、そうではなかったのだ。
今此処に生きているルルシア・グラシューが私なんだと。過ぎた人生の面影に囚われているつもりはなかったのに、どこか細い糸で引っ張られていたのを見抜いていたのだろう。私自身すら気付いていなかったのに。
「お子ちゃまって言われているみたいで複雑ですが……そうですよね。私は、十六歳です。クレイスくんと一緒です」
言葉に出すと、なんとなくすっきりした。社会人として生きていたという確信はあるのに、自らの精神年齢が成熟していないことにも気付いていたから。
個としての記憶はルルシアのものが大半を占めているのだから、当然だ。
読んでくださってありがとうございます!
区切りが近くなってきました。読んでくださった方には長々とお付き合いいただき本当に感謝です。
他にも書きたい題材はたくさんあって、でもこの作品にも沢山の愛着があって……。二章や番外編を書くかもしれませんが、一旦の決着は着けさせるつもりです。
書き続けてはまいりますが、春先は多忙となるため次回作からは一週間に一度とかそんなペースの更新になる予定です。それでもどなたかが読んでくださったなら嬉しいな。
こちらの作品につきましては、完結までは変わらず毎日〜隔日投稿、出来ないときは活動報告で連絡をいたしますということで。
これからも宜しくお願いいたします!
たくさんの素敵な作品がある中、この作品を選んで足を運んでくださった方々に心よりの感謝を。




