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お泊り


 憎らしげな視線を送ってくるリリィさんの様子は気になったけれど、魅了云々の話も彼女が広めることはできないだろう。平民が名指しで貴族を非難するリスクは彼女も分かっているはず。


 啜り泣くシュシュちゃんの手を引いて馬車のところまで戻って、御者さんにお願いをした。男爵邸に着いたらシュシュちゃんをお借りしますとご家族にお伝えするので、その後は再度エール公爵邸に戻ってください、と。

 非常識なのは分かっていたし、そのまま我が家に直行することも出来たけれど傷ついた心に一番効くのはやっぱり推しの摂取だから。


 クレイスくんは私に甘いし、ユリーシア様も優しい。それに泣いているお友達を放っておくような二人ではないから歓迎してくれるのは分かっていたけれど、それでも遅い時間にお邪魔することになるのでエール公爵様が居て幸いだった。事情を説明することが出来る。

 おまけに、ユリーシア様と少しお話したらグラシュー侯爵邸に戻ってシュシュちゃんを一泊させるつもりだったのだけれど、私も含めて公爵邸に泊まっていきなさいと言ってもらえた。

 クレイスくんがユリーシア様と公爵様にものすごく注意を受けていたけれど。一晩同じ屋根の下で過ごすからって私に手を出すなとかなんとか。その辺は心配していない。

 けれど、お泊りという話になった途端にシュシュちゃんが固辞しはじめたのだ。


「……っ、こんな、酷い状況になったの、私のせいなのに……、優しくしてもらう資格なんてないんです!」


「シュシュさん。貴女はもうわたくしの大事なファンであり友人よ。なんでそんな風に言うの。……そうだ。本来なら客間に案内するべきだけれど、今日はわたくしのお部屋に泊まっていくと良いわ。ベッドだって一緒に寝ても充分な広さがあるから。楽しいことをたくさんお喋りしながら眠りましょう。もちろん、ルルもね」


「えっ……」


 啜り泣いていたシュシュちゃんが、ユリーシア様の発言に固まってしまった。ものすごく楽しそうな提案だし、私も参加したい。

 でも、それは出来ないんだよな。


「私はクレイスくんに用があるので、お二人は先に休んでいてください。客間の用意をしてもらうことで使用人さんのお仕事を増やしてしまうなら、いつも送ってもらっている馬車でもお借りできれば寝られるので」


 前世では車中泊っていう言葉もあったくらいだし。出来れば毛布くらいは借りられると有難いが。


「そんなことをさせられるわけが無いだろう。普段から客人は多いから客間の用意くらいすぐに出来る。それでも心苦しいと思うなら俺はジ……パパの部屋のソファをぶん取るから、ルルは俺の部屋で寝れば良い」


「……えっ? 嫌なんだけど」


「え……」


 あっ、やばいやばい声に出た。めちゃくちゃ傷付いた顔をしているけれど、違うってば!


「クレイスくんクレイスくん。自分の肖像画があるお部屋で寝るというものは落ち着かないものなんです。しかも量! 量を考えて! 嫌でしょクレイスくんだって自分の顔がずらーって並んだお部屋で寝るの!」


「ふふっ、わたくしだって嫌だわ!」


「ぷっ……ふふ、私も嫌かも」


 良かった。シュシュちゃんにちょっぴり笑顔が戻ってきた。クレイスくんが天然で幸いだ。


「……俺に、用があるんだろう。なんだ」


「えっと、クレイスくんのお部屋にはお邪魔したいんです。……で、なぜ撫でるんですかね」


「ルルもコゴイに心無いことを言われたんだろう。嫌な気持ちになっただろうから、甘やかして上書きをしている。本当は抱き締めたい。が、注意を受けているから我慢している」


 心配性だな。嬉しいけど、私は別に傷ついてなんていないのに。


「ルルが用があると言うなら止めないけれど……クレイス。駄目よ、おかしなことをしたら」


「しない。それより、俺にとっても大事な友人だ。ユリーシアはシュシュ嬢のことを頼んだ」


「任せなさい。貴方がルルにしている以上に甘やかしてみせるわ!」


「えっ、あの、ユリーシア様……」


 シュシュちゃんがずるずると引きずられて行く。前にも見た光景だ。


「俺は、複雑な思いを抱えている」


 二人の後ろ姿を眺めながら、クレイスくんが呟く。


「俺に用というのが、嫌な思いをしたから甘えたいということなら嬉しい。……が、ルルに嫌な思いはしていてほしくないし、傷ついているわけではなさそうだから、それは安心している。でも、困った時には頼ってほしい。俺への話というのは……そういったものではなく、純粋にただの用事なんだろう」


 なんでこう私に甘いかな。あんまり優しくされすぎたら調子に乗ってしまいそうだ。いや、まずはやるべきことを。


「んんっ……。結構甘えてますけどね。それに、まさに頼りたいこともあるんです。さあ、クレイスくんのお部屋にお邪魔しますよ!」




 読んでくださってありがとうございます!



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