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悪女なんていない


「ムカつく」


「シュシュちゃんちょっと待って」


「ムカつくムカつく」


 最早私の声は届いていないようで、シュシュちゃんは二人目指してずかずか進んでいく。……のは良いんだけど。前世言葉がでてしまっている。いや、ムカつくのは同感なんだけど!


「フォンス!」


「シュシュ!?」


 明らかに怒気を孕んだその声を聞いても、小僧の表情は明るい。まるで此処で出会えたのが運命だとでもいうかのように。


「…………ルルシアお嬢様」


「ごきげんよう、リリィさん」


 はい。ルルシアお嬢様です。リリィさんは私の登場に気付いて、大変気まずそうである。


「ちょうど良かった! おい、リリィ。シュシュのこの可憐さを目に焼き付けると良い。おまけに心も清らかで、声は……今は悪女どもに虐げられているために哀れにも枯れてしまっているが、本来は小鳥の囀りのような美しい声を奏でるんだ」


「小鳥の囀りってたまに朝起こされてうるさいよねー」


「なっ……、貴様も居たのか! この不細工妖怪女が!」


 妖怪って久々に言われたな。シュシュちゃんが可愛いのもいい子なのも同意だが、本人が怒りに肩を震わせているのに気付いていないようだから場を和ませてあげようとしたのに。シュシュちゃんの作り声も地声もどちらも私にとっては心地よいので大好きだが、小僧の比喩力はちょっぴり揶揄しておこう。

 というか、私の存在に気付くのが遅い。バトル漫画の世界だったら命を落としているぞ。


「めちゃくちゃ可愛くて人間とは思えないから私は妖怪なんじゃないかってクレイスくんが」


「俺は! 貴様を侮辱するために妖怪と言ったんだ!」


 まあ私もクレイスくん以外に言われても嬉しくはないけどね。別に悲しくもないが。


「っていうか、きみ。大丈夫? 権威を笠に着るつもりはないけど、私は侯爵令嬢だよ。学園外だから生徒同士の話じゃなくて家と家の話になっちゃうよね」


「……っ、爵位を振りかざすとは、心まで醜いっ……!!」


 こうなるからあんまり家のことは口にしたくなったんだけどな。でも。

 シュシュちゃんをちらりと横目で見る。何かを我慢するように、拳を強く握りしめている。

 多分喋らせたらいけない。あの優しいシュシュちゃんが爆発寸前なのが分かるから。


「ウィゼル男爵令嬢……、彼女が」


 リリィさんは初めて目にする小僧の想い人をまじまじと見つめている。可愛いよね! 自慢のお友達だからもっと見ても良いんだよ! ……と、言いたいがそんな状況ではない。彼女の心境は複雑なはずだ。

 だって、好きな人が何かにつけて比べてくる相手なのだから。


「私、いい加減にしてって言ったよね?」


「シュシュ?」


「シュシュちゃん?」


 なんか変だ。さっきまで声に圧を感じたのに、今はまるで絞り出すような。作っているわけではないと思うが、いつもの地声というよりは作り声に近い。


「……っんで、なんで、聞いてくれないの! 私が皆に好かれるためにズルをしたからなの!? でもっ、私は……他人を傷付けてまで自分が得をしたいなんて思ったことない! 私はフォンスたちに好かれるために魅了の力を使ってズルしたんだよっ……。可愛い声を作って話しかければ、他に想い人の居ない男の子は私を好きになってくれる。その力を悪用してたんだ……そんな私と比べて、醜い人なんて居るわけない!」


 吐き出すように震えながら、その大きな瞳から涙が溢れ出した。袖で拭っても拭っても止められないようで、地面にまで滴っている。

 ……シュシュちゃんが、そんな想いでいたなんて。


「シュシュ、何を。そう言えと悪女どもに脅されているのか?」


「違うっ!」


「……ユリーシア様やルルシアお嬢様だけでなくウィゼル男爵令嬢も、フォンス様をたぶらかす悪女だったということですか?」


 ぎり、と唇を噛む音が聞こえる。リリィさんの下唇から、血が流れていた。

 魅了の力を使ったのは事実だ。でも、絶対にシュシュちゃんは悪女ではない。時折暴走はしてしまうけれど、きちんと反省して趣味や目標に夢中になれるとっても良い子だ。


「リリィさん、シュシュちゃんは悪女ではないです」


「そうだ! 悪女はそのちんちくりんとユリーシア・エールだけだ」


 まだ言うか。もう私に関しては好きに罵れば良いとすら思い始めた。小僧になんと言われようと、私は魅力的だとクレイスくんが包み込んでくれるから。

 けれど、何よりも許せないのはそこではない。多分、シュシュちゃんも同じ気持ちだ。


「……っ、ユリーシア様もルルちゃんも、皆を笑顔にするための準備をしてるの! フォンスも私と一緒だよ! きっかけを作っちゃったのは私だけど……、でも、他人を傷付けてきた私たちが、誰かを笑顔にしようとしている人を罵っていいわけない! 最低だよっ……!!」


 小僧への対抗手段として『アイドル』を選んだのは、悪意に悪意を以てやり返すよりも誰も傷付かない方法だったから。それはきっと、私もユリーシア様も同じだ。提案してくれたクレイスくんも、きっとそうだったはず。

 傷つけ合うよりも、楽しいや嬉しいで争う気持ちを上書きした方がずっと良い。

 誰かを笑顔に出来る。私の焦がれた彼女たちもそんな存在だったから。

 私やシュシュちゃんにファンサを投げてくれるユリーシア様は、そういったアイドルの本質をきちんと分かっている。


「そうだね。私も、シュシュちゃんをこんな風に泣かせるやつは許せないよ」


「なっ……! 泣かせたのは貴様だろう!」


「……っ、まだ、ルルちゃんたちのせいにするの!? これは……フォンスが私の話を聞いてくれないのと……自分が情けないからだよっ」


 小僧にも多少の事情があるのは分かる。シュシュちゃんの掛けた魅了がきっかけならば、今までのことは小僧だけが悪いのではないかもしれない。でも、だからってやりすぎだ。実際、シュシュちゃんの周りに居たほかの小僧どもは此処までの行動は起こしていない。


「良いよ、もう。シュシュちゃん、行こう。私がこの小僧の鼻っ柱へし折るから、任せて」


 ユリーシア様を侮辱した。女の子の恋心を弄んだ。おまけに、私の大事なお友達のシュシュちゃんを泣かせた。


「なんなんだ、お前は!」


「……っただのゲーマーだよ! でもね、私の愛したものでお前を黙らせてやる! みてろっ!!」


 このお話を書いた三十分後にお外でものすごいカラスの鳴き声が聞こえてきました。うるさいとか書いてごめんなさい。……小鳥だったかなあ、カラスって。


 昨日もやっぱり体調が芳しくなかったんですが、本日は執筆できるだけの体力が回復いたしました。

 この頭痛と肩こりは天気痛なのか風邪なのか……。


 読んでくださってありがとうございます!



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