投げキスは初めてじゃない
ユリーシア様の言葉に、公爵様は頷いている。
「そうだね。クレイスが綺麗な言葉を使えているかは微妙だから、パパ呼びは三ヶ月に延ばそうか。面白いことを思い付く子だし、グラシュー嬢がお嫁さんになるのは歓迎だよ。あ、クレイスがお婿に行くのかな? まあうちはどっちが継いでも問題ないし、卒業するまでに三人で話し合っておいて」
え、寛容というかめちゃくちゃ緩い。姉弟で後継者が決まっていないということ? しかも、それを当人同士で決めて良いと。そんなことがあるものなの? 二人とも優秀だからなのかな。
「じゃあ、パパは書斎に行くから。またね、ルルシアちゃんにシュシュちゃん」
そう告げると何故か私達二人に投げキッスをしてくれて、去っていった。その背中にクレイスくんはお冠だったけれど。
「……っ、卑猥なことをするな! じ、……パパ!!」
「……っ、あはははは!!」
どうやらユリーシア様はクレイスくんのパパ呼びがツボらしい。その言葉が出る度に目に涙を滲ませて笑っている。
「私もパパとお呼びした方が良いんでしょうか。不敬ですか?」
「ふっ、ふふ……。良いんじゃないかしら。喜ぶわ、きっと。それより、ごめんなさいね。笑ってしまって。ルルにとって大事なことなのに」
「いえ。……なんか、クレイスくんが公爵様に私達の交際を認めさせる方法があるって言ってたの、思っていたのとあまりにも方向性が違って驚きましたが」
なにか、こう……もっと政治的な話とか、学業のこととか、そういうものが絡むのかと思っていた。クレイスくん本人は屈辱だったりするのかもしれないけれど、平和的な方法で幸いだ。クレイスくんにとって公爵様は伯父様にあたるのだろうけれど、まるで産まれた時から本物の家族であったかのように砕けた関係に見えることにも安心した。
「……っ、死ぬほど嫌だが、ルルを他の男に奪われるのはもっと……、百回死んでも足りないくらいに堪えられないから」
急に情熱的な台詞を混ぜるの、やめてほしいな。未だに慣れない。
そして、何故か頬をぺしぺしと叩かれた。なんの真似だ。
「クレイスくんクレイスくん。怒ってます? なぜ私は叩かれているんですか?」
「公爵様の投げちゅーがその辺に飛んできてそうだからじゃないの?」
シュシュちゃんの予想は当たりらしい。どうやら公爵様のアレを振り払っているつもりのようで、最後に袖でごしごしと拭われた。
「俺だってしたことがないのに、」
きみ、投げちゅーするような性格じゃないやんけ。というか、実際に唇が触れたわけでもあるまいし。口を塞がれたときの方がよっぽど過激だったように思える。
「ルルちゃん、前世でいっぱいされてるよねー」
「えっ? ……あ、そう、かも」
ライブでね。声優さんにね。不特定多数に向けてのものだったし、いっぱいではないけれど。
「あら。じゃあわたくしもしておこうかしら」
「いいんですかっ? ぜひっ」
「ユリーシアしゃま、わた、わたしにも!」
ユリーシア様がちゅっ、ちゅ、とそれぞれに投げてくれる。こんなに至近距離でファンサをもらって幸せだ。シュシュちゃんが腰砕けのようで寄りかかってきているのはちょっぴり動きづらいけれど。
「…ルル、前世で、そういう……。いや、……」
あ。ユリーシア様はなんとなく察してそうなのに、クレイスくんが深刻になっている。そういう相手が居たのかというやきもちもあるのかもしれないが、これは、多分。
「……その相手ともう会えないのは辛いかもしれないが、俺がそれ以上を埋められるよう全力を尽くす。必ず寂しくさせない」
そういう子だよね、クレイスくんは。恋人なんて居なかったって伝えたはずなんだけどな。それでも良い雰囲気の相手が居たんじゃないか、会えなくなって寂しくないか辛くないかということだろう。
いつだって私の救い手であろうとしてくれる。こういうところも好きだな、と思う。
「クレイスくんクレイスくん。大丈夫ですから。今のユリーシア様がしてくれたやつみたいな感じなので。しかももっと大勢に対してのやつ。ねっ、シュシュちゃん」
「え? あっ……、ハイ! クレイス様、ルルちゃんの前世は女の子にしか興味なかったようなのでっ」
それもなんかちょっと語弊がある気がする。
そんなことを言ったら。
「ユリーシア、俺でも袖を通せそうな服を貸してくれ」
ああ、ほらほらほら!
「女装は! しなくて大丈夫ですっ」
「いくらわたくしの身長が高くてもクレイスが着られるようなものは持っていないわよ。……で、あなたたち」
先程まで腹筋が割れてしまうんじゃないかというほど笑い転げていたユリーシア様だが、平静さを取り戻したらしいそのお声はどこか重い印象を感じさせる。
「ルルにわたくしのお下がりを、とか言っていたわね。どういうことかしら?」
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