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物音の正体

 

 本当に念のため言っておくと、別にちゅーを期待していたわけじゃない。


 なんとなく。


 なんとなく!


 そういう雰囲気なのかなーと予想しただけで。だから、そうならなくても決して残念がったりはしていない。

 物音に思わず動揺してしまったけれど、こんなに綺麗な沼なら釣りに来る人なんかもいるかもしれないよね。


「びっくりしましたね。こんなところで知り合いに会うとは思いませんけど、クレイスくんは目立っちゃうし……せっかく連れてきてもらったけど帰りましょうか」


 麗しの公爵令息様だ。平民さんの中にもそのお顔を知る人がいるかもしれない。


「ルルだって目立つだろう。こんなに可愛いんだから」


「ンンッ…!!」 


 野太い声が出た。嬉しいが今はそういうのはいらない。動揺させるな。まあ、たしかに私は可愛いが? クレイスくんに言われるとどうにも平静さを欠いてしまう。

 これでも声のトーンを落として会話していたのだが、物音のした方向から私たち以外の話し声が聞こえる。

 どうやら、男女一人ずつのようだ。


「……カップルだろうか」


 クレイスくんが呟く。自分以外にもデートにこの場所を選ぶ人物が居たのだ、と安心したのだろう。穏やかな表情をしているけれど、マズいってば。いや、まだ釣り人カップルの線も消えてはないけれど。


「クレイスくん。カップルだとしたら本当にえっちなことをしに来た人たちの可能性があります」


「…………」


 固まってしまった。


 まあ、そうだよね。私はこんな場所に連れ込まれても、クレイスくんのことだから何か超理論の末に純粋に此処で遊ぼうとしているのか、もしくは何かされてもほっぺやでこにちゅーくらいだろうなと思っていた。

 でも、この話し声の主たちは?

 お子様が見てはいけない行為を目的にしているかもしれない。


 そんなこと野外ですんな、と言いたいところだが訳ありカップルかもしれないし、私達にやましいことはひとつもないが鉢合わせても気まずいだけだ。

 足音が近付いてくるその前に、一際大きな木と木の股の間に隠れた。


 他人の情事など見たくはないのでそのまま忍び足で来た道を引き返そうとしたのだが、何故だかクレイスくんに手を掴まれた。空いた手で人差し指を唇に当て、しぃ、と言ってくる。

 え? なに? そういう感じ?

 意外だ。まあ、でも思春期だろうから仕方ないのかな。私は見たくないから一人で見学して、と振り払おうとしたけれど、視界の端に映った人物を見て抵抗を止めた。

 沼のほとりに居るのは、赤茶の髪にそばかすが印象的なリリィさん。

 対峙するのは──、ほどほどに見慣れた小にくたらしい顔。

 ナントカ伯爵家のナントカ伯爵小僧だ。


「うわぁ……」


 休日にまで見たくもない顔を見てしまったことに、思わず感情が口から漏れた。


「あの二人、知人だったのか。……ルル、リリィ氏は貴族ではないんだよな?」


「あっ、はい。リリィさんは平民さんだったはずです」


 出先で小僧を視界に入れてしまった不運に打ちひしがれている場合ではなかった。

 なぜ、リリィさんと小僧が一緒に? 必要なものの仕入れだのなんだので平民と貴族が知り合いでもおかしくはないけれど、このような場所で取引も何もないだろう。それに、こう言っては何だがリリィさんは自らの仕事を放棄している。


 小僧はシュシュちゃんにぞっこんだし、いかがわしいことをしに来たというわけではないだろうからそこは安心だけど──、なんて、思ったのも束の間。

 小僧が、リリィさんを抱き締め、その頬にキスをした。


「わ、わ、わ、わ、なんっ、えっ……」


「ルル。落ち着け」


 動揺する私を支えるように、後ろから抱き止められた。先程まで手を掴まれていたはずなのに、何故か今はその掌で口元を覆われている。

 クレイスくんの掌に私の唇がくっついてるっていうことは、つまり、その逞しいおててにちゅーしちゃってるわけで。動かないように、そして喋らないように拘束されているだけなのは分かっているけれど、こっちはこっちでやばい。

 クレイスくんの撃退法は驚かせれば良いだけなので、唸り声をあげれば離れてくれるという確信はあるのだが、この状況で大きな音は立てられない。


 えっ? ことが済むまでこのまま?









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