公爵令嬢ユリーシア
「…………あら」
「ごきげんよう、お邪魔いたしますわ」
エール公爵邸の玄関ホール。先に帰宅していたらしいユリーシア様が、私とクレイスくんを見て目を丸くした。
「クレイス。あなた……女の子をお家に連れ込めるようになったのね。あんなに人付き合いが下手なのに」
初対面であの態度だからな。けれどユリーシア様、私達の関係を誤解してないか?ただのお友達ですし私が用があるのは貴女ですよー。
「ユリーシアに紹介しようと思って連れてきた。今時間はあるか?」
身内にも口下手か。それじゃ誤解解けないってば。
「クレイスくんにお願いされて……ユリーシア様とお話するために来たんですの。ちなみにここには先程出来立てほやほやの友情しかありませんわ」
「どういうこと……、時間はあるけれど……。あら? 貴女グラシュー侯爵令嬢じゃない。昼間はありがとう」
弟が女子を家に招いた衝撃に押されて、個人の識別が遅れたらしい。私が何者かに気付くとその整った唇を少し緩めて微笑んでくれた。
……ウッ美しい。
圧倒的な美貌はもちろんのこと、つり目につり眉、鋭いイメージのユリーシア様から繰り出される穏やかな微笑みといったら。
……私自身がアイドルをやらないと誓った理由のひとつでもあるんだよな。
そりゃあ私はとびきりかわいいが、個性が足りないのだ。奇行を止めろとか言われたり最近だと妖怪とか言われたがそれはステージ外の話というか、自分の魅せ方に活かせるものではない。
その点、ユリーシア様なら美貌も、そしてアイドルに生かせる個性も持ち合わせていそうなのである。
「ユリーシア様の戦略は……ベタですが『ギャップ萌え』ですわ!」
「えっ、本当になに……」
「ピアノがあってダンスが出来る場所に移動する必要がある。小ホールに行こう。ユリーシアも」
すたこらと足を進めるクレイスくんに置いていかれないよう着いていく。公爵家のどでかい屋敷を早足で進んでいかれたら迷子になりそうで怖いんだが?
ユリーシア様はそんな私を気にかけてくれる様子で、『弟がごめんなさいね』なんて言いながらも一緒に来てくれた。
「ここが小ホールだ。上手くはないが、譜面さえあれば簡単なものは俺が弾ける。ルルシアは指導に集中してくれて構わない」
「ないんだなー、譜面が」
おっと。口から出てしまった。なんたってこちらの世界にある曲じゃないからな。せっかく案内してもらったが、まずは私が楽譜を書き起こさないといけない。
「まあ私も難しい曲は出来ませんから難易度については安心なさって。近日中に用意いたしますから。本日は意思確認と簡単なスケジュール調整にいたしましょう」
くるり。ユリーシア様に向き直って、その美しい赤い瞳を覗き込む。
「ユリーシア様、【アイドル】になってみませんか?」
「あいどる……??」
薄く唇を開いてぽかんとしたその表情もまた意外性があって良い。
この人、見た目に反して中身はふわふわお嬢様かもしれない。私の思い描いたイメージ戦略を素でやれるかも。
「ユリーシア。十年前に奇妙な歌と珍妙な動きで話題になった物の……令嬢が居ただろう」
「奇妙な……? ああ! 貴女あの時の子だったの?」
おい、クレイス。また物の怪って言おうとしただろう。黒歴史なのは十分に自覚しているんだから掘り起こすんじゃない。言いかけてもきちんと言葉を飲み込んだユリーシア様を見習いたまえ。
と、思ったがユリーシア様も様子が変だ。私とクレイスくんの顔を見比べて含みのある笑顔を浮かべている。
「あの時、お母様と一緒に私も招待されていたの。確かに斬新な催しだったけれど……私は好きだったわ。歌って踊る貴女が可愛くって、なんでか見ていると幸せな気持ちになれたのよね」
「本当ですかっ? それがアイドルです!!」
初めて直接肯定的な意見をもらえて、飛び跳ねたい気持ちを抑えつつも先程学園でクレイスくんにしたのと同じ説明をした。その上で、ユリーシア様もアイドルになりませんかと。
しかし途中まではなるほどなるほどと聞いてくれてたユリーシア様だが、アイドルになりましょうとお誘いした途端表情が曇ってしまった。
「観るのは楽しかったけれど……その、アイドルっていうのは可愛らしいのが大前提なのでしょう? わたくしみたいな可愛げのない女がやるものではないわ」
「そこが良いんですっ。あっ、ユリーシア様は可愛らしいというより美しいって言葉が似合うお方ですけど……その中に隠れた可愛らしい一面を引き出せば人類みんなギャップでイチコロになりますから」
ここまで一緒に連れてきてもらった馬車の中で、クレイスくんから少しだけユリーシア様の人となりを聞かせてもらった。
品行方正に見えるこのお嬢様、やはり見た目より親しみやすい部分を持っている。
「子どものころってやっぱり落とし穴掘りとか木登りとか川遊びとかやりたくなりますよねー」
「……っ! な、なぜそれを知っていますの!?」
君たちだって私の黒歴史を覚えていたのだから、お互い様だ。




