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何かを得るときは対価が必要



 珍しく強い口調で自己主張してきたユリーシア様だが、私のほっぺを撫でているのは何故だろう。


 ほんっとうに意味わからんけど指先からすらいい匂いがする。人類か? このお方は。


 私がぐるぐると目を回していると、その彫刻のように美しいお顔がふ、と微笑んだ。




「ルルの瞳の色と同じ緑が良いの。これだけは譲れないわ」



 身体から力が抜けてその場にへたり込んでしまった。腰砕け、とはこのような状態のことを言うのだろう。




「ユリーシア。ルルで遊ぶな」



「あら。ふふ、良いじゃない。緑が良いのは本当だし……、最近貴方ばっかりルルを独占しすぎよ」



 優雅に笑うユリーシア様は小悪魔である。また新たな一面を見てしまった。




「ルルちゃんだいじょぶ? あれがファンサってやつなの? 堪えられる自信ないわ〜……」



 いつもならクレイスくんが手を差し伸べてくれるところだが、それより先にシュシュちゃんが私の腕を引っ張って立たせてくれた。



「ありがと、シュシュちゃん。あれは……過剰というか過激なやつだから」



 このお礼は、心配してくれたこととクレイスくんより先に起こしてくれたこと両方に対してだ。

 案の定差し出そうとしていたクレイスくんの掌は所在なさげにしていた。



「えっと、じゃあ緑で……緑ですね、素敵です。ユリーシア様の緑」



 まだ心臓がばっこんばっこん言っていて上手く言葉が出てこない。

 周りの皆はといえば、クレイスくんは何か言いたげで不満そう。ユリーシア様はいたずらっ子のように笑いを噛み殺していて、シュシュちゃんは心底同情していますというような……、三者三様の視線を送ってきている。



「赤を推しましたけど、ユリーシア様なら緑も似合います。きっと素敵です」



「緑も好きな色だ。いいと思う」




 クレイスくんの好き嫌いはあんまり重要じゃないんだが……まあいいか。



「えっと、そうしましたら緑ベースのドレスですね。今回制作時間もかなり限られてしまうので、あまり複雑な装飾がないものにしましょう」



 リリィさんを疑っているわけではないけれど、間に合わせようとするばかりに根を詰めすぎて倒れてしまうとかそんなことがあっても困る。

 ミニスカートも可愛いのだが、公爵令嬢のユリーシアのお御足を無闇に晒すわけにもいかないので丈は短すぎず、それでいて装飾が複雑すぎないもの。


 こうして条件を並べると地味な印象のドレスになってしまいそうなものだが、修行中とはいえ流石は一流ブティックに身を置いているだけある。リリィさんから渡された図案の中に、この条件にぴったりと当てはまりそれでいて白と緑を上手く配色して人目をひくデザインのものがあった。




「これで決まりですね。ユリーシア様が着たらもうもうっ……、絶対に可愛いです」



 目に浮かぶようだ。スカートの裾を翻し優雅に可愛らしく踊り歌うユリーシア様が。


 クレイスくんは頷いて、シュシュちゃんも隣で感涙しているものだと思ったが……様子が変だ。何かを考え込む仕草をしている。



「シュシュちゃん? どうかした?」



「えっ? なんでもないよ。このドレスを着てステージに立つユリーシア様を想像してうっとりしてただけ!」



 なんでもないようには見えないけれど、私は多分人の機微に聡い方ではない。

 本当に何もないのかもしれないし、本人から告げられない限りは突っ込まないほうが良いだろうか。



「そっか。じゃあ今日は解散かな? 私はこの後リリィさんにこのデザインでお願いしますって伝えに行くから別々に帰ることになるね」



「分かった。もう一台馬車を手配するから待っていろ」



 言うなりクレイスくんは退室してしまった。毎回申し訳ないと思いつつもブティックにしろ我が家にしろ歩くには少々きつい距離なので有難くご厚意に甘えることにしている。




「えっと、いいのかな。ルルちゃんと別なのに馬車なんてお借りして……」



「当然でしょう。貴女のような可愛らしいご令嬢を一人で帰路につかせるわけにはいかないわ」



 あ。推しに『可愛らしい』なんて言われたシュシュちゃんが溶けてしまった。

 溶けてしまった、というのはもちろん比喩表現で実際には先程の私と同じ腰砕け状態なのだが。

 先程の恩を返すべく引っ張り上げて起こしてあげると、呼吸すらままならないらしく肩で息をしていた。



「あらあら。……と、いけない。まだ貴女たちとお話していたいけれど今日は来客があるの。先に失礼するわね。二人は此処でクレイスを待っていて」



 やはりお忙しいのだろう。ユリーシア様が退室するのを見送ると──、シュシュちゃんが深刻な顔で私の方へ向き直った。



「ねえ、ルルちゃん。私の家は吹けば飛ぶような弱小男爵家だし、位の高いお金持ちの貴族様のことってよくわからないんだけど……」




 何かを切り出そうとしているようだが、自虐が過ぎないだろうか。確かに目立った話は聞かないが、ウィゼル男爵家がそんなにまで逼迫しているというわけでもないだろう。




「シュシュちゃん、シュシュちゃんのおうちが弱小とかそんなことないって」



「今は私の話じゃないの。ねぇ、おうちがすごい貴族様だからってステージやドレスに食材まで……なんの条件もなしに娘の道楽に此処までお金をかけてくれるものなの?」



 鋭い。エール姉弟は何にも気付かなかったのに。いくらお父様が私に甘いとはいえ公爵令嬢まで巻き込んでの話である。ステージの提供だけならまだしも、食材やドレスに掛かる経費を無条件で支援はしてもらえなかった。



「いや、まあ……成功したらエール公爵家と我が家の共同事業として新しくやってこうか的な」



 この条件は私にとっても悪くない。アイドルという新しい娯楽を拡めるという目的を果たせるし、事業化するならその中で舵切りのポジションを任せてもらえるのだ。役職名が何になるかもわからないが。

 上手くいけば、結婚だってせずに好きなことだけして生きていけるかもしれない。



「…………失敗したら?」




「あっ、ステージそのものの成功失敗に関わらずシュシュちゃんのお料理はウィゼル男爵家に外注したってことにして出すから! 大丈夫だよ心配しないで」



「失敗したら? ルルちゃんは」




 誤魔化されてくれるかな、と思ったんだけどなー。駄目だった。

 うーん。怒られそうだけど仕方ない。大きく息を吸って、覚悟を決める。



「おうちのためになる相手との政略結婚を受け入れるって約束をしてるよ」









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