はじめてのおつかい
お母様御用達のブティックとはいえ、流石にデザイナーさんご本人に頼むつもりは最初からなかった。修行にもなるからお弟子さんの中でどなたかどうですかと声を掛けてたいのだが、すぐに名乗りを上げてくれた方がいて幸いだった。
ところで今日であるが。クレイスくんは一緒に遊ぶ相手が居なくて寂しくて着いてきたのだろうと踏んでいる。余暇に友人と遊ぶのは吝かではないけれど、今日はきちんとした目的があるのでそちらを果たしてからじゃないと。というわけでまずは私の用事を優先させていただく。
先に馬車を降りて手を差し伸べてくれるその姿は紳士で、とてもじゃないが休日にぼっちが嫌という理由で着いてきたようには見えない。
お顔が良いとはお得なものである。私もそれなりに可愛いが、ユリーシア様やクレイスくんは次元が違う。
なんの含みもないただの習慣だと分かったので素直に掌を添えてステップを降りきると、そのまま腕を突き出された。街歩き中もエスコートしてやっか、ってことだろうか。
前世の常識がやや残っている私には友人といえど付き合ってもいない異性と腕を組んで歩くのはまあまあ抵抗があるんだが。可哀想だが断ろう。
「あ。大丈夫です」
「……はぐれるなよ」
それはこっちの台詞だ。いくらお転婆令嬢の名をほしいままにする私とはいえ迷うわけがない。ましてや、目的地は決まっているのだ。
親が迷子にならないように子どもと手を繋いでくれるくらいの気持ちで提供されたらしいその腕を取らなくて良かった。メンタル幼女に幼児扱いはされたくない。
「はぐれません。行きますよ」
きみのほうが道わからんだろ、とか無粋なことは言わない。
当然だが、お互い迷子になることなく目的地に到着した。
「ごきげんよう。グラシュー侯爵家のルルシアです」
ブティックの扉を開いて、いつもよりちょっぴりしおらしく挨拶をする。長年の付き合いなので私の本性はバレている気もするが、それでも表面上ではTPOというものを弁えていますよ、という顔をしておく。
「ルルシア様。ごきげんよう。こちらへどうぞ」
顔馴染みの従業員達が奥の部屋へと通してくれる。けれど、本日私の隣に見慣れない姿があるものだからちらちらと隠しきれない視線たちがそちらへ向けられている。まあ、目立つもんな。
「ところで……、お隣の素敵な殿方は?」
こんな言葉言われ慣れているだろうにそれでも嬉しいものなのか、それともただのよそ行きの顔なのか。私の隣に並んでいた素敵な貴公子様は普段あまり見せないような柔らかな微笑みを浮かべて答える。
「名乗り遅れてすまない。エール公爵家のクレイスという者だ。ルルシア嬢にはいつも良くしてもらっている、これからも末永く宜しく頼みたい」
そのあまりの破壊力に何人か腰砕けになってへたり込んでしまった。私も一番の至近距離で浴びてしまったので少し危なかったが、前世の最推しとユリーシア様のお姿を思い浮かべてなんとか堪えた。クレイスくんに対して下心の有る無しは関係なく、純粋に攻撃力が高すぎる。
学園でもこうやって過ごしていれば私に依存しなくてももっとお友達が出来そうなものなのに。
あ、逆に勘違いしてしまう女の子が増えそうで嫌なのかな。
クレイスくんのことだからただ単にスイッチのオンオフが上手く自分で操れないということもありそうだけれど。
「クレイスくん」
「なんだ」
「…………いえ。奥のお部屋に参りましょう」
お外ではいつもそんな感じなんですか? と突っ込んで聞きたい気もしたがなんだか不毛な時間になりそうなので、先程の攻撃を受けて無事だった従業員の案内を受けて奥の応接間に進んだ。
お母様と一緒に来た時に何度か通されたことのあるお部屋だ。お部屋の真ん中に長テーブルがあり、それを囲むようにソファが配置されている。
お馴染みのデザイナーさんの横に、今回のお話を受けてくれたお弟子さんが立っている。ちなみにデザイナーさんは十年前の私の衣装を仕立ててくれた方だ。あの時は彼女もまだ見習いだった。
「懐かしいですね。十年前のお嬢様のお衣装の依頼……驚きましたけれど楽しかったですわ」
当時、お茶会自体は失敗扱いをされたけれどそれとは逆に衣装を仕立ててくれた彼女の評判はうなぎ登りだった。既存のドレスにはない珍しい装飾を見事に仕上げた彼女の腕は正当に評価され、一流デザイナーと呼ばれるまでになったのだ。
そして今回、お弟子さんにも同じ経験をさせられればと思っているのだろう。
私達より少し歳が上だろうか。赤毛にそばかす、素朴で親しみやすい印象の女性が深々と頭を下げてくれる。
「この度はこのようなお話をありがとうございますっ。まさか、ルルシアお嬢様からのご依頼……それもユリーシア公爵令嬢様のお衣装をわたしが仕立てても良いなんて」
女性は遠目で実際のユリーシア様を見たことがあるらしい。そうして、その美しさに魅了されたと。
彼女の良さを知っている人なら話は早い。
「立ち話も何ですわ。皆さま、お掛けになって。お茶を持ってこさせますから」
デザイナーさんの言葉で一同ソファに落ち着いたのだが、見習いさん──リリィさんと言うらしい。彼女の勢いが凄い。
「わたしっ、このお話をいただいてから創作意欲が止まらなくて……師匠からルルシアお嬢様のお茶会の時のお話も聞きました。少々奇抜であっても良いから華やかに、目をひくものですね? 草案がいくつかありますの。持ち帰っていただいて皆さんでご査収くださいませ。採寸に伺ってから細かい部分を調整してきちんとしたデッサンを仕上げてお渡しいたしますし……お気に召すものがなければ何枚でも練り直しますわ。何枚でも!!」
すごい情熱だ。草案とはいうが細部まで描き込まれたドレスの図案を渡され、数を数える。一、二……全部で十四枚だ。言葉の通りアイディアが溢れて溢れて止まらなかったのだろう。今日は挨拶と計画についての話し合いだけのつもりだったので、まさかこんなにたくさん可視化したものを渡されるとは思っていなかった。
渡された紙に描かれたドレスはどれも素敵でユリーシア様に似合いそうだったが、イメージカラー決め等もある。リリィさんの提案通り、持ち帰ってユリーシア様ご本人に見せて相談するのが良いだろう。
「リリィさん、たくさんの図案をありがとうございます。ユリーシア様にお見せしてまたご連絡いたしますわ」
「はいっ。これから宜しくお願いしますルルシアお嬢様!」
「では、私達はこれで……」
良いんだよねクレイスくん? さっきから喋んないしなんかちょっとそわそわしてるが。初めてきたところだろうから興味津々なのかな。やっぱり子どもみたいだ。
リリィさんがあまりに仕事の早い子だったので、これで退室する流れになってしまったけどもう少しお店に居たほうが良いのだろうか。いやでもブティックだよ? 男の子が興味あるものあるかな。
「…………ちょっぴりお店を見ていきますか?」
「そうする」
やっぱり興味津々だったらしい。記念にとでも思ったのか、それともユリーシア様へのお土産か。お土産というには量が多い気もしたのだが、クレイスくんがお店を一周して小物らしきものを購入するのを待ってから退店した。
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