お出かけ
シュシュちゃんと馬車でお話した翌日。いかにも高位貴族といった格好で出掛けるのは気が乗らなくて、裕福な商家の娘かはたまた下級貴族か……といった印象の動きやすいシンプルなワンピースを選んで袖を通した。
一人で支度を終えると世話を焼きたい侍女には泣かれたが、パーティー用の装飾たっぷりのドレスならともかく普通に着用出来るものをわざわざ人の手を借りて着替えなければならないなんて煩わしいといったらないのだ。
準備も終わったし、昨日特に待ち合わせ等は話し合わなかったがまだ時間も早いのでこちらから迎えに行けば入れ違いにはならないだろう。そう思い部屋を出たところで屋敷の中が騒がしいことに気付く。
「旦那様、ああいや奥様か? お二人ともいらっしゃらない? 先触れなどは頂いていないはずだが……」
使用人たちがざわめいている。ざわめいている、とはいっても侯爵家で働く彼らは百戦錬磨だ。無闇に焦るのではなく想定外の状況に冷静に対応しようとしているようだった。
確認したいことがあるが、当主のお父様もお母様も恐らく次期侯爵のおねーちゃんも不在なのでどうしたものかといったところだろうか。尤も、おねーちゃんは侯爵家を継ぐためのあれやこれやで多忙すぎて同じ家に住んでいるはずが妹の私ですら滅多に姿を見ないくらい家に帰ってきていないのだが。
「おはよう。どうしたの? お父様たちは今日はおでかけするっておっしゃっていたけど……お客様?」
当主でも後継者でもない三女の私が対応出来ることかはどうかわからないが、胃が痛いといった表情をしている者も何人か居て可哀想だ。一応はこの家の娘である私も加わることで少しは気が楽になるかもしれない。
「ルルシアお嬢様。それが……公爵家の馬車が、……あ。もしかして中にいらっしゃるのは最近懇意にされているというエール公爵令嬢でしょうか?」
公爵家の馬車。心当たりしかない。
「…………エール公爵家の馬車?」
「はい。お嬢様、何かご存知で?」
ご存知も何も。この騒ぎは私が原因だったようである。
「お友達と遊びに行く予定だったの。こちらからお迎えに行こうと思っていたのだけれど……向こうから来てくれたみたいね」
ああ、まさか休日に公爵家の馬車がお迎えに来るとは予想もしていなかったからお父様方へご用の方だと思ったのね。
いつも送っていただいてはいるけれど、休日に遊ぶなんてことはなかったし。そもそも私が休日に人と会うことをしないので、選択肢から外れていたようである。
なるほどなるほど。私もあちらから来るとは思っていなかったのでびっくりだ。
納得納得ー、と頷いたが…………うん。つまりその馬車の中に居るのはクレイスくんなわけだ。頼むから馬車から降りてくれるな。もしくはユリーシア様もご一緒であってくれ。念じたけれど、悲しいかな私の願いは届かなかった。
「失礼する。ルルシア嬢を迎えに来た」
侍従が開けた扉を潜り玄関ホールに入ってきたのはクレイスくんだ。お隣にユリーシア様のお姿は見えないので一人で来たらしい。
あーあ。これで帰宅する頃には学園と同じ噂が家中に広がっていることだろう。学園と違って放置することは出来ないので訂正はするけれど、せめてお父様が帰ってくる前には誤解を完全に解いておきたい。
「グラシュー侯爵と夫人はいらっしゃるだろうか。挨拶したい」
「いらんわ!」
ついツッコミが出てしまった。公爵令息らしき人物へのあまりの態度に侍従たちが目をひん剥いている。
でもでも、なんで勘違いを加速させそうなことを言うかなあっ。
「お父上もお母上も不在か?」
「そーだよ。一緒に出かけるだけなんだから挨拶とかはいらないですって。ほら、行こっ」
あ。私も口が滑ったかもしれない。この状況で今更だが、もともと一緒に過ごす予定だったと白状してしまったようなものだ。
「大事なご令嬢をお預かりするのに挨拶もしないわけには」
古風だ。この世界ではこれが普通? 異性にお迎えに来てもらってお出かけするなんてなかったから分からない。
「挨拶も何も、居ない人とは会えないです。……ね、みんなこのお方は親しくさせていただいている友人だからね。変な勘違いしないでね」
何事かと騒ぎを聞きつけた使用人達はそれなりの数になってしまったのでくれぐれもお父様に余計なことは言わないようにと釘を刺す。
話は済んださあさあ行くぞとクレイスくんの腕を掴んで出かけようとすると、侍従の一人が引き止める。
「お嬢様っ。侍女とは言いませんがせめて護衛をお付けください!」
「ご令嬢の身の安全は家の名にかけて誓おう。またご当主には挨拶させていただく。……ルル、我が家の馬車で向かうということでいいな」
挨拶なんぞしなくていい。切実にやめてほしいが公爵家の家訓とかであるのかもしれない。お友達と遊ぶときは親御さんの許可を取ってから。
お迎えにきてくれた時からそうだろうなとは思っていたけれどエール公爵家の馬車で街まで向かうのも決定事項のようだ。あの馬車、目立つから嫌なんだけどな。
公爵令息に護衛は不要、と言われてしまえば使用人達に反論できる者が居るはずもなく。お迎えに来てくれたからにはそちらの護衛さんが居るのだろうし。
「ルル」
馬車に乗り込もうとするとクレイスくんがこちらに掌を差し出してくる。これを支えにステップを昇れ、ということだ。使用人の目がまだある中でこんなことをされたらますます勘違いされるやんけ、と言いたかったが善意で出されたその腕を無碍に出来るはずもなく。
手を添えて有難くエスコートしていただいた。
「クレイスくん。あんまり親切にしてくれなくても、私達がお友達なのは変わらないですからね」
「俺がしたくてやっている」
「……そうですか」
身支度も昇降運動も一人で済ませたい派なんだけどな。




