クレイスの変化
それからは平和なものだった。シュシュちゃんの地声が彼らにバレたかどうかは分からないか、ユリーシア様が意味の分からない言い掛かりを付けられることがなくなったのである。
ちなみにあの日私と一緒にご相伴に預かったシュシュちゃんは「おいしい……おいしい……!!」と涙ながらに喜んでいた。やはり食いしん坊男爵令嬢である。故郷の味を懐かしむ気持ちは痛いほどわかるれど。シュシュちゃんのやりたいこともあの後少し話したので、あとは準備するだけだ。
相変わらずレッスンも順調だったし、時折はシュシュちゃんも参加して意見を聞かせてくれた。悩みの種だった招待客については私のファンをひっ捕まえてお願いすることにした。
クレイスくんが前に言っていたように時折一定距離からの視線を感じることに気が付いたので、その時点で踵を返し逃げられないうちに捕まえる。もちろん相手が素早くて取り逃してしまうこともあったけれど幼い頃からわんぱくで通っていた私はそれなりに俊敏だ。何人かはしっかりと捉えられた。
私が視線に気付いたこと、いきなり話しかけたことに動揺はされたけれど元々私に好意的な人たちなのでお茶会に誘えば快く招待に応じてくれた。お友達を連れてきてほしいというのも協力してくれそうだ。
もしかしたら彼らの中には今回の内容を察した人もいたかもしれないが、わざわざそれを吹聴するようなこともしないだろう。アイドルというものにあまり親しみのない彼らでは言語化も難しいだろうし。
──で。
困ったのがクレイスくんである。
シュシュちゃんと改めて友情を誓い合ったあの日から、クレイスくんは私にべったりなのだ。
私に新しいお友達が出来たのでそちらに取られると思ったのかもしれない。彼女との会話では時折前世の話題になることもあったので、疎外感を感じさせてしまったりだとか。
単独行動を楽しもうとしていた私だが、クレイスくんは行く先々に現れた。お昼休みは私の隠れ家たる例の木陰で一緒にランチをし、予鈴が鳴ると頭についた葉っぱを取るなんて言いながら撫でてくれるし、よっこら〜なんて言おうものなら立ち上がろうとしていると察して手を引いてくれる。帰りの馬車に乗り込むときや降りるときも掌を差し出してエスコートしてくれる。
クレイスくんのことなので、第二の姉を他者に取られそうで必死だとかそんなことだろうとは思うがたまに……本当にたまにこの子私のことが好きなんじゃないか? と勘違いしそうになる。
勘違いしそうになったところでいつもの怖がりクレイスくんが出て、いやいやこんな幼いところのある子に恋愛だとかそんな情緒が育っているわけないよな……と思い直すのだけれど。
しかし、クレイスくんが私のことをどう思っていようがとびきり顔が良い男の子にそんな態度を取られ続けたら私の方が平常心でいられないわけで。
困惑の日々だ。
というか! ふっつーに噂になっているのである。エール公爵家のクレイスとグラシュー侯爵家のルルシアは良い仲だと!
あの子最初なんつった? 言ったよね噂になっても大丈夫だって。鎮火してよおっ。
下手に二人とも顔が良くてしかも家格的にも公爵家と侯爵家で釣り合いが取れているものだから、信憑性があるのか噂の拡がり方が凄い。
……まさか例のアレだろうか。ちょっとなんかあっても自分への求婚者は後を立たないだろうから問題がないとかそういうアレ。
クレイスくんは良くても私はあんまり良くない。このまま学園外にまで噂が拡がって両親の耳に入ろうものなら彼らはその気になってしまうだろうし。いくら可愛くても私は普段の行動がアレなのでお嫁の貰い手があるかかなんて昔から心配していたし、公爵家のご子息を捕まえてきたなんて勘違いをさせたら大喜びしてしまう。大喜びでぬか喜びだ。優しい両親だが上昇志向も人並みにあるので、大体の反応は想像できる。
というか、本人にその気がなくてもあんな態度を取られ続けたら私自身がヤバい。最近クレイスくんを見ると心臓が大合唱するようになってきた。
心臓がうるさくなった時点でこれはドキドキしているんじゃない! 演奏だ演奏! と心の中でカエルの歌を唱えるようにしているのだが、なかなか心臓の音とはリズムが合わないのが困りものだ。
「ルル」
本日も公爵家の馬車で送ってくれるというので有難くお借りすることにしたのだが、乗り込む直前で見送りに来てくれたクレイスくんに声をかけられる。
ちなみに彼は初日にエール邸にお邪魔してから毎日こうしてお見送りしてくれる。律儀なものである。
「明日は予定はあるか」
「一応街に出る予定があります」
明日は休日である。私には計画を進めるための重要な予定があった。答えるとクレイスくんはしゅんとしてしまった。もしかして、遊んでくれる人が居なくて暇だったのかな。
「……一緒に来ます?」
「行く」
即答である。寂しがり屋だ。こちらとしては明日の用事に付き合ってもらえるのは有難い面もあるので、頷いて手を振った。
我ながら令嬢のマナーとしてはどうなんだ? と思ったが手を振り替えしてくれたので少なくとも私達二人の間側では間違いではなかったらしい。そして、扉が閉められ馬車が動き出す。
一緒の馬車で良いなら送っていくと言われて、先に馬車に乗り込んでいたシュシュちゃんは窓際に肘を付いて頬杖でこちらを見ていた。最近はお互いに慣れてきて、二人きりの時は前世基準の所作で過ごすことも多い。
「……あなたたち、付き合ってるの?」
「付き合ってないよっ。知ってるでしょシュシュちゃんは!」
なぜ分かっていてそんなことを聞くのか。近しい人にもそんな疑問を抱かせてしまうクレイスくんの態度が原因だ。
決めた。
明日、真意を聞こう。




