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沼に落ちる時



 小ホールに戻るなり追い出されてしまった執事さんには同情を禁じ得なかったが、かくして再度の話し合いは始まった。

 司会進行はユリーシア様である。



「まずはシュシュさん。貴方の目的はなんとなくだけれど分かったわ。我が家で使用している食材だけれど、エール公爵領の特産品で邸内での使用以外でも現地の領民の消費で殆どが消えてしまうから入手経路が分かったところで貴女が手に入れるのは不可能よ。もともとが需要のあるものではないからそんなに採取や栽培制作もしていないもの」


「そんな……」



 見るからにしょんぼりしている。ちょっぴり可哀想だなーでももともと無理があったんじゃないかなーなんて眺めていると、ユリーシア様の視線がこちらに向けられた。今度は私の番である。



「ねえ、ルル。『前世』とか『日本食』とかなんのことなの? シュシュさんやクレイスですら事情を知っていそうなのに親友たるこのわたくしに隠し事があったということなの?」


「えっ親友だったんですか? 嬉しい!!」



 まさか女神たるユリーシア様にそう認識していただけていたとは。身に余る光栄である。


 ユリーシア様は毒気を抜かれた、というような表情で一つ咳払いをした。


「コホン。そんな可愛い顔で……煙に巻こうとしたって駄目よ。何を隠しているのか説明してちょうだい」



 隠しているつもりはなかったけれど、どこから説明したものか。記憶を整理している私を横目に発言したのは、同じ前世の記憶持ちのシュシュちゃんではなくクレイスくんだった。



「この二人は同じ場所……地域か? この世界ではないところで生きて死んだらしい。死んだら痛いし寂しいから、無理に聞き出さないでほしい。俺が知っているのはたまたま二人の会話を聞いたからでユリーシアを仲間外れにしたわけじゃない」



 痛いとか寂しいとか、シュシュちゃんはわからないけれど少なくとも私はそんなのはないと説明したはずだが未だに気にしてくれていたようだ。

 不器用だけれどとっても優しい子だなと改めて感動してしまう。

 しみじみしている間に、シュシュちゃんが今回の件への補足を始めた。



「あのっ……そう、前世! 前世と同じ食材なんです。エール公爵家で使われている食材。それで、どうしても……。お料理は得意だったのでエール公爵邸でもまだ把握していないようなものを私が発表すればウィゼル男爵家の功績になるって。今のユリーシア様のお話で元々無理だったっていうのは分かったんですけど……」



 あまりにもハイリスクな気がするが、きっとシュシュちゃんにも抱えているものがあったのだろう。普段の勢いはなく縮こまってしょぼくれている。

 続いて私の弁解の時間だ。



「えっと、信じ難い話だろうなって切り出しづらかったのは確かにあったんですけど隠す気もなくて……タイミングさえあればクレイスくんと同じようにユリーシア様にもお話するつもりでいました。けれど結局こんな形で露呈することになっちゃってごめんなさいっ」



 深々と頭を下げると、クレイスくんが私の額を無理矢理押し上げてきた。



「やきもちだ。頭を下げる必要はない」


「クレイスっ」



 ぷんすかと怒るユリーシア様なんて初めて見た。ほんわかとした気持ちで見守っていると、シュシュちゃんがおずおずと手を挙げた。



「あの……無理矢理押し入ってしまった私への罰はどうなりますか? 家には罰とかそういうの与えないでほしいけど……私、ユリーシア様に酷いこともいっぱいしてきましたし」



 その辺はユリーシア様の裁量次第だ。公爵家ともなれば王家とも縁深い。男爵家の娘が公爵家に乗り込んだなんて通常であればお家お取り潰しなんて話になってもおかしくはないのだが。ちょっぴり冷静になったシュシュちゃんは事の大きさを自覚して青ざめている。



「言ったでしょう。学友同士の戯れだということにするって。此処で何か罰を与えようものなら貴女の周りに何を言われるか分かったものではないし……ああ、けれど彼らのあの態度は何とかしてほしいものね」



「それは……、えっと、止めます。次こそ、全力で」



 これまでもシュシュちゃんは彼らを制止してこなかったわけではない。けれど彼女の事情から本気で止めようとするのは難しかったわけで、それでも明日からは自分の隠し事が露見したとしても彼らの暴走を止めてくれるということだろう。

 シュシュちゃんの言葉に耳を傾けてくれるのかどうかはまだ予想が出来ないけれど。

 反省して行いを改めようとしているこの子が彼らに傷付けられるようなことがあれば支えてあげよう。




「ユリーシア様、私自身が主導してユリーシア様を傷付けようとしたとかは思ってないんですね」



「貴女に何かを言われたことはないもの。やめてと彼らに伝えていたのも、今思えば本音だったのでしょうね」



 ユリーシア様はきちんと人を見ている。私やクレイスくんへのお説教は多いけれどそこにだって愛が溢れているのだ。



 白磁の肌に金糸の髪。燃えるような紅い瞳は女神様のようでいて……その整ったお顔立ちは女性だというのに時折精悍ささえも感じられる。


 最近は可愛らしい面もたくさん見せてくださったが、ユリーシア様というお方は基本的に美しくて格好良いのだ。



 さて、そんな美しいお方の寛容な面を知り自分を正しく評価してくれていたと知ったら、人はどうなるだろう。

 ユリーシア様を見つめるシュシュちゃんの瞳に熱がこもる。


 

「ユリーシア様……」



 実際には音なんてしないのに、聞こえた。



 ぬかるんだ沼に足を取られる音が。



 これが男女だったら恋に落ちる瞬間だったなんてこともありえただろう。

 けれど、私は知っている。



 シュシュちゃんが今落ちたのは、ユリーシア様という沼だ。


 いつも読んでくださりありがとうございます!


 ブクマしてくださったりいいねや感想をくださったり、何よりこの作品を見つけて読んでくださったことがとても嬉しいです。


 自分の未熟さにルルたちや読者様に申し訳なくなることもありますが、これからもよろしくお願いします!

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