ルルの結婚観
先程のシュシュちゃんの咳払いの真似だ。腹の底から持てる限りの低い音を出してやった。
その作戦が功を奏して、クレイスくんは恐れ慄いて先程より一歩後ろの位置に尻餅をついている。
彼がビビりで良かった。
「……っ、なんの術だそれは」
「秘技・子泣き爺はがしです」
あれ、子泣き爺さんって後ろからおぶさってくるんだっけ。そしてクレイスくんはおじいちゃんじゃないけど……まあいいか。さっきまでの彼こそ妖怪みたいなものだったし。
「……言っておきますが便宜上の技名です。実のところ今のはただの咳払いです。クレイスくんが勝手に恐れ慄いただけですからね。特殊能力は使っていません」
クレイスくんは未だに私を妖怪扱いしてくることがあるので、ここで否定しておかないとどうなるかわかったものではない。
尻餅をついたままのクレイスくんをよそに立ち上がってスカートの裾についた土や葉っぱを払う。まったく、思ったよりも長く茂みの中にいる羽目になっしまった。
「心配してくれたのは嬉しいんですけど……異性のお友達への励ましとしては不適切でしたね。こんなところを見られたらお嫁にいけなくなるしお嫁をもらえなくなっちゃいますよ」
「……それは大丈夫だ」
……ユリーシア様同様そんなものが問題にならないくらいに自分に求婚する者が多いとでも言いたいのか。小憎たらしいものである。
でも、きっとそれも励ましのつもりなんだよね。
「えっと……、前世だとかそういうの、信じてもらえるとも思ってなかったしそちらはそんなに気にしてなかったんですが……落ち込んでいたのは事実です。ユリーシア様に何をしてあげられるのかなって、自信がなくなってて……そのことでちょっぴり落ち込んでいたので、失敗するつもりはもちろんないですけどっ、失敗しても大丈夫って言ってくれたりとか……奇行で気を紛らわせようとしてくれたのは嬉しかったです。元気になりました」
あまりの珍妙な行動に目玉が飛び出るかとは思ったが、正直ちょっぴり役得だったかもしれない。前世の私は男性とのお付き合いはなかった。それはぼんやり覚えている。
それが、こんなに格好良い男の子にぎゅっとしてもらえたのだ。怖がりで口下手な内面は一旦置いておくとして。
せっかくなのでいつか好きな人が出来るまでは思い出として心に残しておこう。ユリーシア様の弟さんなだけあっていい匂いもした。
「奇行……」
「奇行です。というか、流石に授業中だから大丈夫だとは思いますがこの場所はシュシュちゃんも来ますからね。こんな現場を見られたらなんと言われるやら」
先程お話した時もずっとクレイスくんのことを気にしていた。やはり彼と好い仲になりたいのだろう。
「あれは……あの女は、俺に好意を寄せているのか?」
おや、いつも自信過剰なクレイスくんが珍しい。
「自分で付き纏われてるって言ったんじゃないですか。シュシュちゃん、手段がアレですけど多分根っこは悪い子じゃないですよ。ちょこちょこ前世の癖が出てたから分かるんですけど」
挨拶にはきちんと丁寧に返してくれたし、ユリーシア様のことも進んで迫害したいわけではなさそうだった。
目的が果されて、間違った方向に行きそうになった時に誰か止めてあげる人がいたら普通のいい子として過ごせるんじゃないだろうか。あの重厚感のある声ごと愛してあげられるような、そんな相手が現れればいい。
そして、クレイスくんはシュシュちゃんと似ているところがあるから受け入れてあげられるんじゃないかという予感があった。
「それは……俺にあの変な女を薦めているのか?」
「積極的にお薦めしているわけでは……あ、公爵家のクレイスくんとお付き合いするには家格が足りませんか?」
そういえばシュシュちゃんは下級貴族だったはずだ。貴族社会というのはそういったことも考えなければならない。なんだかままならないものである。
「……家格が低くても駄目だが、公爵家同士でも婚姻だとかいう話になったら勢力のバランスが崩れかねない。だから侯爵家の相手が一番いい」
へー、そういうものか。侯爵家限定となるとそこから良い相手を見繕うのはかなり大変そうだ。
「条件が当て嵌まってもそんなに限られた中からだと恋愛に発展できるようなお相手と出会うのは難しそうですね。私はもし政略結婚でも恋愛結婚でも、お互い思いやれる相手で欲を言えば私のやりたいことを何でも応援してくれる方ならそれでいいかなー、なんて思いますけど」
楽しいことはなんでもしてみたい。この貴族社会で淑女らしくないこの思いは大人になったら捨てなければいけないのか。それともこんな私をまるごと受け止めてくれる人は居るのだろうか。
「それなら、ルルは大丈夫だ」
「え、なんか今日すっごい励ましてくれる! 嬉しいです」
そういえば怯えさせてこけさせた体勢のままだったな、と右手を差し出す。起き上がるための補助になればと突き出した右手を握られて、今度はきちんとすぐに解放してもらえるだろうかと内心少し焦っていた。
けれど、自分が転ばせた手前放置も出来なかったので仕方がない。
ぐ、とちょっぴり私側に体重を掛けられて、クレイスくんも立ち上がる。やっぱり背が高い。見上げなければ表情がわからないななんて考えていると、不意に視線が合って微笑まれた。
「……っ、」
さっきのハグもどきの名残りか、ほんの少しだけ心臓が跳ねてしまった。
起こしてくれてありがとうという言葉の代わりの笑顔なのは分かっている。
それでも反応してしまったのは、クレイスくんのお顔が無駄に良いせいだ。
侯爵家限定なんて言い張ってるけど、って感じですね。
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