クレイスの励まし
シュシュちゃんとの言い合いから数十分。私は例の木陰に体操座りで身を隠して、口を半開きにして呆けていた。
これでも今まで授業は真面目に出てきたのだが、サボってしまった。午後の授業はもうとっくに始まっている。
最近感じていたモヤモヤを全て彼女に指摘されてしまった。私は意外と打たれ弱かったのだな、と思う。
私の身勝手な目的のためにユリーシア様を振り回している。そうなのだろうか。失敗なんて考えたことはなかったけれど、今回の件がもし失敗してしまったら。
十年前の自身の経験を振り返る。もしこの歳であの時と同じ噂を立てられたら、きっと将来にも響いてしまう。
今からでも中止して普通のお茶会に変更したほうが良いだろうか? 膝に顔を突っ伏してもだもだとしていると、肩に掛かった枝が揺れ動く気配があった。
顔を上げると、見慣れた姿が横に合った。
「狭いな、ここ」
そりゃあそうだろう。比較的小柄な私でさえギリギリ隠れられるくらいの小さな茂みなのだ。背の高いクレイスくんがここに収まろうとしたならば盛大にはみ出て当然だ。
「……授業始まってますよ」
「この前はお前の話をしたら逃げていったのに、今日は二人で何か話しているようだったから盗み聞きしていた」
そういえば一度私の名前を出したら去って行ってしまったと言っていたっけ。私のことを探る前に自分が探られてしまうとでも思ったのだろう。
「俺が頼んだから、お前の勝手な目的だとかそんなことはない」
体操座りした膝の上に乗せていた私の手の甲に、クレイスくんの大きな掌が被さる。ワンピース越しとはいえ重ねられた下の手の面積からはみ出た指先が私の膝にあたっている。こそばゆいが、それ以上に誰かに見られたらまずい絵面だ。
「クレイスくんクレイスくん。私たち仲良しですけど異性なのでこれは不味いですって」
「不味くない。それより、あの変な女に言われたことを真に受けてないだろうな。ユリーシアも自分がやりたくて始めたことだ」
どうも励ましに来てくれたらしい。内容が聞こえて、その後も私がこの場から去る気配がないのを見て心配になったのだろう。普段妙な発言が多いけれどクレイスくんが優しいのはもう分かっていた。
「でも、もし失敗したら? この歳じゃ十年前の私みたいに笑いものになるだけじゃすまないかも。将来の公爵家の評判とか、婚約者探しとかに響くかもしれません」
「ユリーシアは美人だ」
えっ? 急に分かりきったことを主張してきた。そんなもの、一目見ればすぐに分かる。
「おまけに優しいし、変なやつに絡まれることもあるが社交性もある。お転婆だったとはいえ幼い頃から勉強を疎かにしたことはないから淑女としての作法も完璧だ。学園での成績も常に首位だし、俺たちは既に多少公爵家の仕事を振られることもあるがそちらも問題なくこなせている」
……聞けば聞くほど完璧超人だ。人間か? と疑いたくすらなるけれど、アイドルのレッスンに真面目に取り組む姿を見て、そうではないと分かっていた。
ユリーシア様は何事にも一生懸命に取り組む努力の人なのだ。一見順調そうに見えるダンスの練習も、たまにステップを踏み外しては完璧になるまで繰り返し追求している。
クレイスくんが大好きで自慢の姉だと思うわけである。
「そんな素晴らしい方に汚点を残すわけにはいかないですよね」
「違う。例え万が一失敗してもユリーシアという人間の評判に傷がつくことはない。多少変わったことに手を出したからって公爵家の評判もユリーシアという女性の価値も変わらない。ルルが……男だったとして、結婚相手を探していたとする。自分にはよくわからない趣味を持っているからってユリーシアを結婚相手の候補として見られなくなるか?」
言われて、はっとする。同性婚が許されていたとしたら今ですらユリーシア様となら結婚したい。貴族である以上政略結婚の可能性はいつでも付き纏うので、ならばお互い恋愛感情は抱いていなくとも優しく優秀、ご実家も安泰で美しいユリーシア様となら喜んで結婚したいのだ。ユリーシア様に受け入れてもらえればだが。
「頼み込んででも結婚したいですね。公爵家の方と縁を結べるなんて両親も泣いて喜びますし」
クレイスくんが苦虫を噛み潰したような顔をしたりかと思えば破顔したりと一人で百面相をしている。自分から振った話題なのに、この子はなんなんだろう。
「……だから、怖がることはない。それよりも言い掛かりをつけられている現状の方が不味い。真実でなくても毎日あんなやり取りを続けられたら真に受ける者も出てくるだろうし、ユリーシアがあの変な女を冷遇したと噂になるかもしれない」
確かに当初の目的はユリーシア様の現状を変えることだったのだ。けれど、シュシュちゃんはユリーシア様を嫌っているわけではないっぽいしクレイスくんを狙っているこの状況であんなことを続けるだろうか? あの暴走伯爵小僧を止められなかった場合は知らないが。
「あの人たちのターゲット、私になってるかもしれないですよ」
「そんなことはさせない」
膝の上にあった私の右手をさらって、クレイスくんの大きな手が包み込んでくる。そしてその長い指が私の指と指の間に割り込んできて──。
──え。待って、なあに?
今まであんまり男子の容姿に興味はなかったけれど、クレイスくんはあのユリーシア様のご兄弟だけあって学年一……いや、学校一格好良い。私調べなので他の意見もあるかもしれないが。
そんな男子にこんな甘い所作をされたら他意はないと分かっていてもちょっぴりドキドキしてしまう。
私が落ち込んでいるようだから励まそうとしてくれているだけなのはよーく分かっているけれどっ。
「クレイスくんクレイスくん。不味いですまずいです、私は断じてクレイスくんに下心は持ってないですけどっ。けど流石にね、格好良い男子にこんなことされたらちょっぴりドキドキしちゃうのでやめましょうっ」
既にドキドキしてしまっているので下心が無いとは言えないかもしれないが、少なくともこれで調子に乗ってクレイスくんとどうにかなりたいだとかそんなことは考えていない。
「恥ずかしいのでやめましょうよ〜〜」
「……気分、上向いたか?」
「もう落ち込んでないです! それより恥ずかしいよやめようよ〜〜」
前世でも男の人と手を繋いだことすらないのに。手汗までかいてきそうだから本当に離してほしいのに、力強く握りしめて解放してくれない。
そして、逃さないとでもいうようにクレイスくんは尋ねてきた。
「……で。前世とか日本とかってなんだ?」
いちゃいちゃシーンを入れられて満足です。
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