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ヒロインの事情【シュシュSide】



「────」


「──────」



 あの日私の下手くそな歌に合わせてくれた人。顔は見えなかったけれど、こんなに音程の外れたメロディーに上手く音を乗せてくれて、それだけで姿の見えないその人のことが大好きになった。

 


 ──私、シュシュ・ウィゼルは田舎の男爵家に生まれた。領地も狭くこれといった特徴も特産品もないウィゼル男爵家は、食うに困るほどではないが取り立てて裕福でもない。

 切り詰めるところは切り詰めていかないといけなくて、両親は自分達のことは二の次で私にお金を使ってくれた。

 曰く、自分達については然るべき場所で最低限の身なりさえ整えられていたならば困ることはないから、未来のある私に投資したいとのことだった。


 『投資』という言葉が本音だったのか、それとも私に気を遣わせないための建前だったのかはわからない。


 けれど、いつか素敵な人に見初められるようにと綺麗なドレスやアクセサリーを与えて、腕の良い侍女を付けて外見を磨いてくれた。元々が整った容姿で生んでもらっていたため、磨いてもらえばもらうほど私の見た目はみるみる輝いていった。それこそ、擦れ違った人々がもう一度視界に入れようと振り替えるほどに。


 私は世界で一番可愛い。小さい頃から前世の記憶があった私は今自分がいる場所が乙女ゲームの世界だというのは分かっていた。そのゲームは店頭でパッケージを見たことがあるくらいでプレイしたことはなかったけれど、そこにでかでかと映っていた女の子と容姿がまるきり同じだったのだから私はきっとこのゲームのヒロインだろうという確信があったし、ならばこの世で一番の美貌と愛嬌を持っているのも当然だと、そう思っていた。



 けれど、それも学園に入学するまでの話だった。



 まず、隣のクラスのグラシュー侯爵令嬢。私と同じくらいには可愛いし、おまけに熱心なファンまで着いている。本人は気づいていないようだったが、軽く数えても二十人は居そうだった。


 その他にも、現時点では私やグラシュー侯爵令嬢ほどではないにしろ磨けば光るような原石がごろごろ居た。

 グラシュー侯爵令嬢も自身が可愛いことには気付いていても本気ではケアしていないようだったし、もし彼女たちがその裕福な家の力を持ってして死に物狂いで美を手に入れようとしたならば、私など簡単に追い抜かれてしまうだろう。



 私は家族に報いる方法を探していた。



 良い嫁ぎ先を見つけるか、領地経営で手腕を発揮するか。



 自分達のことを犠牲にして両親は私にいろんなものを与えてくれた。家庭教師もつけてくれたが、元々が勉強嫌いの学生だった私は学力の方はあまり伸びなかった。



 ならば適当な結婚相手を探すしかない。私は見た目は可愛いけれど声が野太いので、いきなり地声で話しては警戒されてしまうだろう。最初のうちは作り声で接して、いずれこのコンプレックスも受け入れてくれる人と縁が結べれば良い。運命の人とか燃えるような恋とかそんなものは望まない。優しくて、私を受け入れてくれて、安定した経済力があってついでに言えば顔も良ければそれだけでいいのだ。


 

 前世基準ならば理想が高い、と言われそうなところだがこの条件を満たす男子とお近付きになるのは案外簡単だった。

 ヒロイン補正とかチートスキルとかそういうやつなのだろうか。そう呼ぶにはあまりにも弱い力だけれど、私の作り声にはすごーーくうっすらとした魅力効果が付くようだった。


 他に強く想っている相手が居なく、私の容姿に好感をもっている。その条件を満たした者に作り声で語り掛けると、異様なまでに私に尽くすようになっていったのだ。

 最初は単純に私への好意からそういった行動を取るのだと思っていた。けれど、段々と彼らはエスカレートしてゆき次第に私を女神様や聖女かのように扱うようになってしまった。それが、自分の能力に気付くきっかけだった。……やっぱり能力というには効果が薄すぎる気もするけれど。




 そんなある日、私は本物の女神様と会った。



 否、女神様のような美貌を持つ女性だ。



 同学年のユリーシア・エール公爵令嬢。透けるような白い肌に煌めく金髪、紅い瞳は燃えるようで、女性にしては背が高いのがこれまた神々しい。

 初めて目にした時、そのあまりの美しさにすれ違いざまにびくりと肩を震わせてしまった。

 ただそれだけの仕草が、あんなに大事に発展するとは思わなかったのだ。



「すれ違いざまにシュシュを睨んだだろう!」



 エール公爵令嬢を怒鳴りつけるのは、フォンス・ローゼス伯爵令息だ。


 一度猫撫で挨拶をしてから、気に入られたのかよく話しかけにきてくれる。



 普段私には優しい彼が女性、それもとんでもなく家格が上の相手に対して尊大な態度を取るのに驚愕して、けれど止めなければと思うのだが口からは「どうしよう」とか「やめて」という掠れて消え入りそうな声しか出ない。作り声だからというわけではない。

 いや、この野太い声を知られたくないというのも充分にあったのだが、それに加えて爵位が上の者同士の言い争いに怖気づいて出そうとしても声が出ないのだ。



 私の「やめて」という言葉をエール公爵令嬢へ向けてのものだと思ったのか、フォンスの行動は日に日に酷くなっていった。彼女と出くわす度に同じ言い掛かりを着けて足を止めさせるのだ。



 私も彼女と出会う度にびくりと反応してしまっていたためそれも良くなかったのだが、エール公爵令嬢の姿が見える度にまたあのやり取りが始まってしまうのかと思うとどうにもびくびくとしてしまったのだ。彼女自身のことを怖いと思ったことはなかった。


 止めたいけれど怖くて止められない。だから、あの時彼女──グラシュー侯爵令嬢が仲裁に入ってくれた時は心底感謝した。



 その後に出来た私の目標をあんな風に邪魔されるとは思わなかったけれど。




 本日はこれで最後の更新です。


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