アイドルとは
私が妖怪総大将かもしれないとかそんな話は置いておいて、だ。
ユリーシア様はダンスの飲み込みも驚くほど早かった。
今更ではあるのだがただのゲームオタクの私が専門のトレーナーみたいに完璧な指導をできるわけではないので、素人目で見た限りにはなってしまうが「不思議な動きね」なんて言いながらステップを踏むその姿はいつまでも見ていられた。
アイドルなんて概念もないこの世の中で、評論家みたいな人たちがいるわけもない。比べる対象になるライバルだって居ない。
つまりは、今回はユリーシア様という人物の魅力を魅せられればそれで良いのだ。
個人的には、ライバルが居たほうがもっともっと燃えるけれどね!
「クレイスくん。妖怪大進行じゃないでしょ?」
アイドルらしいキャッチーさのあるステップも、ユリーシア様が踊るとどこか優雅さまで含んでいるように感じさせる。
幼少期の私は勢いだけで突っ走ったからいけなかったのか……なんて自省しながら隣のクレイスくんを肘で突っつくと、少年のように瞳をキラキラさせて魅入っていた。
「…………すごい」
おや、まあ。
思わず溢れ落ちた様子のその一言は、心の一番奥から湧き上がった本音だろう。
まだまだ完成形には遠いけれど、ユリーシア様を見つめるその横顔には興味と期待が込められている。
これからどんな景色が見られるのだろう?という期待だ。
そんなクレイスくんの姿を見ていると、私の心もむずむずして、なんだか大声で走り出してしまいたくなってしまう。
これが、アイドルを育てるっていう醍醐味なのかな。
育成ゲームで、主人公というアバターを通して見る世界とはまた違う。
得も知れぬ充実感だ。
「まだまだ、ですよ。歌って踊って司会をして、アイドルっていうのは触れた時間まるごと幸せで包んでくれる存在なんですから」
その上で、ユリーシア様自身も楽しむ余裕がないといけない。クールさを売りにしている子もいるけれど、ユリーシア様のコンセプトは美貌の公爵令嬢の仮面に隠されたギャップ萌えと親しみやすさなのだから、笑顔溢れるステージが目標だ。
今回の目的はアイドル活動を通じてユリーシア様の現状を変えること。
けれど、その歌が、姿が、誰かの心の栄養になれば良い。
前世で多忙だった私の癒しになってくれたように。
「……ルル?」
いつの間にか私もユリーシア様に魅入ってしまっていた。遠い記憶の中のあの子たちにユリーシア様が追いつくのも、あの子たちを支えて育てた主人公に私が追いつくのも、きっとまだまだ遠い道のりだ。
けれど幼いころに夢見た舞台の実現がぐっと近付いた気がして、身体が火照る。悲しくなんてないのにちょっぴり涙も滲みそうだ。
「すみません、大丈夫です。まだレッスンも初日ですから、ここまでにしましょう」
いくらユリーシア様が元アグレッシブ令嬢で体力があっても慣れない動きだ。無理に詰め込んで怪我などさせるわけにはいかない。
「なら、家で夕飯を食べていけば良い。用意はさせてある」
「えっ、まだ早い時間ですし帰りますよ」
陽も落ちきって居ないし、確かに遅くなった際にはご厚意に甘えようかなどとも考えていたが、この時間ならば家に帰ってから夕食を摂っても普段の生活リズムと変わらない。
「せっかくだし食べていったらいかが? とはいえ食事にするには早いから……少しお話でもしましょうか」
ユリーシア様にまでそう言われてしまっては断ることもできず、夕食時間までは彼女の部屋でお茶をいただくことにした。
その時点では私とユリーシア様二人の女子会なのかな、と思っていたが当然のように同席するクレイスくんに、そっかシスコンだもんね! と微笑ましい気持ちになる。
それにしても、ユリーシア様の姿はもちろんクレイスくんのさっきの横顔もずっと見ていたかったな……なんて考えていたら、視線が合った。
「……惚れたか?」
「綺麗なお顔だなー、とは思っていましたが綺麗なお顔って鏡があればいつでも見られるんですよね」
「……ふ、っ……ふふっ」
あ。ユリーシア様が両手で口元を覆って笑いを噛み殺している。こんな仕草もするんだ。可愛いな。
「これから惚れるだろう」
え。なに? 世の中の女子が全員自分に惚れるものだと思ってる? そのマインド、私よりよっぽど妖怪だよ?
「正直惚れた腫れたってわかんなくて。今まで婚約やお付き合いのお申し込みってあったんですけど、恋愛とか結婚とかって、まずは今自分自身が出来る楽しいことを目一杯やってからって思ってお断りさせていただいてるんですよね。もちろん自分のやりたいことと恋愛を両立出来る人もいるんでしょうけれど」
紅茶に入れた砂糖をティースプーンで掻き混ぜると、自分の顔が歪んで映る。確かに前世の記憶を含めたら良い大人なんだけれど、こちらで生を受けてからは十六年。まだまだ突っ走れる歳だ。
「あら、残念。ねえ、ルル。わたくし貴女に妹になってほしくってよ」
「もう、ユリーシア様ってば。私もユリーシア様みたいなお姉様がほしいですけれどね」
生きてきた総年数は私の方が長いし、現状は同い年なのだけれどユリーシア様の気品や落ち着きぶりはついお姉様とお呼びしたくなる。ちなみに実際姉はいるのだが、次期侯爵として忙しくしている長女とお嫁に行ってしまった次女の二人とあまり関わりはない。
ユリーシア様はクレイスくんと結婚すれば義妹になれるとかそういったことを言いたかったのだろうが、私にもクレイスくんにもそんな気はないので仕方がないのだ。
クレイスくん当人はといえば、お姉様を取られたとでも思ったのか、終始しょんぼりとしていた。
ゲームをしていたときにふともし私と同じゲームを好きな子が異世界転生をしたらどんな行動をして何を望むんだろうと思って書き始めたこの作品です。
ルルにもクレイスにもユリーシアにももっともっと楽しんでほしい。
そして読んでくださったどなたかにもその『楽しい』が届いたのなら幸せです。




