新しい妖怪
そして再びの公爵邸。
「……………………………」
ユリーシア様が歌う曲の伴奏を終え、私はピアノに備え付けられた椅子の上で絶望していた。
私の、やれることの少なさに!!
「ルル、どうかしら?」
額にうっすらと汗を滲ませながらユリーシア様が私の顔を覗き込んでくる。少し上気したそのお姿は何とも色っぽい。
歌ってみてください、とお願いした後からずっと黙り込んでしまったので、自分の歌が下手だったのかと心配になっているのだろう。
正直、もし少しくらい下手だとしてもそれもご愛嬌だと思っていた。練習して、それでも足りないところは他でカバーすれば良い。
けれど、ユリーシア様ってば普通に歌が上手いのだ!!!
そういえば、エール公爵家のユリーシア嬢といえば社交ダンスも上手で有名だった筈だ。
アイドルの振り付けとは分野は違うのだけれど、培った体幹は間違いなく強みになるはずだ。
そちらも易々とこなしてしまいそうな気がしている。
「どうしましょうユリーシア様が素晴らしい方すぎて私のやれることがほとんどないです……」
「ええっ……」
あ、照れてる照れてる。可愛いな。
「あっ、あの……駄目よ? 私はもうやる気になったのだし今日は比較的平穏に過ごせたのはルルのおかげだもの。これからも一緒に居てもらわなければ困るわ」
私がこの話を降りるのではと不安になったらしく必死なユリーシア様。けれど、もちろんそんなつもりはない。
「大丈夫です、私はユリーシア様担ですからね」
「たん……??」
「その方の応援を担当してるって意味です」
今は私とクレイスくんの二人だけだが、三週間後には何十人にもしてみせる。それにはまだまだ出来ることがあるはずだ。
「歌声、とっても素敵でした。次はダンスですね。当日はドレスで踊ることになると思うので、制服のまま踊っても動きやすい服装に着替えてきていただいても良いですよ。上着は脱いだ方が良いかもしれませんが」
「着替える時間も勿体無いし、今日はこのまま踊るわ」
そう言って、丈の長い上着を抜いで侍女の方へ渡す。邪魔にならないようにと気配を消して見守る公爵家の侍女の方々は優秀だ。
我が学園の制服は男子は日本でも良く見るような一般的なブレザーに少しお洒落な衣装を足したもの、女子は丈の長い上掛けとその下にシンプルながらも質のよいワンピースを着ることとなっている。
社交ダンスはこれより装飾の重いドレスで踊るのだし、着替えの提案など要らなかったかもしれない。
振りの見本を見せるために立ち上がるとすっぱーんとでも言いそうな勢いで小ホールの扉がひらかれた。
「クレイス、貴方ね……。もう少し落ち着いた所作を心掛けなさい、はしたなくってよ」
ぜぇはぁと肩で息をするクレイスくんに、同じようにそうだそうだびっくりしただろーと言ってやりたかったが流石に侍女の方も見ている前で公爵家のご令息に文句は言えない。
「二年前まで木登りしていた人に言われたくない」
「その話は良いのっ。もうしていないでしょう!?」
二年前というと十四才だ。私は十一歳の時には木登りは卒業していた。
「木登りキャリア、ユリーシア様の方が三年長いんですね。負けましたっ……」
「そんなもので競ってないわ!! まったく……それで? クレイスったらどうしたの、そんなに慌てて」
そうだ、木登りキャリアはそんなに重要ではない。クレイスくんがこんなに慌てているということは。
「新しい妖怪でも見つけましたか?」
クレイスくん、見た目に反して怖がりだからなー。あっ、私はもちろん妖怪じゃないけどね!
「新しく……、はないが、妖怪に絡まれた」
そういえば今日はユリーシア様のレッスンのために一緒に帰宅すると言っていた。けれどいつまで経っても校門に現れないから、先に帰りましょうというユリーシア様の一言で先に公爵邸に向かったのだった。
「私は絡んでませんよ。放課後はユリーシア様と一緒に居ましたし、そもそも妖怪じゃないので」
「もう一匹の方だ」
匹? 匹って言ったこの子!?? まさか私のこともその数え方しないよね!!?
「要領を得なくってよ。クレイス、きちんと説明しなさい」
「……わかった。順を追って説明する」
流石ユリーシア様。弟君を窘めるのが上手い。
「帰ろうとしたらあのちっこい変な女に追いかけられて、明日弁当を持ってくるから食ってくれとか今度家に遊びに来たいとか言われた」
「ええ……?貴方とわたくしが姉弟なのを知らないわけでもないでしょうに」
いきなり手作り弁当や家への招待を強請るなどなんと大胆な。それに、確かにシュシュちゃんは可愛らしいが、クレイスくんを落とそうと思っているならユリーシア様へのあの態度は悪手なはず。
ヒロイン力で誰でも落とせるという自信があるのだろうか?
「偵察のためにあいつらと行動してた時だってまともに一対一で話したこともないのに……なんで今更」
「飽きちゃったんですかねー、今の取り巻きに。あの人たちよりクレイスくんの方が格好良いですしね」
「…………」
「…………」
あ。二人とも黙ってしまった。なんだ一体。
「こんな言葉言われ慣れてるでしょう。それで? なんとか逃げてきたって感じですか?」
「逃げてきたというか……今日にでも家に遊びに来たいと押し掛けてきそうな勢いだったが、今日はグラシュー侯爵令嬢が家に来ていると……お前の名前を出したら向こうが逃げた。ルル、お前やっぱり妖怪の頂点だったりしないか?」
「誰が妖怪総大将だっっ」
まったく。失礼な話である。
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