4. 背景に潜む異常
4. 背景に潜む異常
夜が更けていく。だが翔璃の目は、冴え続けていた。
玉座なき玉座、旧ルストリア王宮の一室。かつて国王が国法を記した書斎は、今や彼専用の作戦室へと変わっていた。
壁にかかる地図、無線機、試作中の発電設備──その中で、ひとつだけ異質なものがあった。
翔璃の手の中にある、それは漆黒の板。
どこにも接点がない。発光もなければ、素材の種類も不明。
けれどそれは、彼の指先が触れた瞬間に応える。
「──Welcome to JACKAL」
異界の声が、無音の空間に響いた。
タブレットの画面が、にじむように浮かび上がる。
検索バー。カテゴリ別表示。無数の武器名、兵器名。
そして、その横に並ぶのは──この世界の者には到底理解し得ぬ言語と、奇怪な価格表記だった。
■おすすめ商品
・自動小銃(5,000発付き)……金貨800枚/魔石50個/
・ポータブル火砲(折り畳み式)……金貨1,200枚/
・戦術AI・中級型(多言語対応)……金貨3,000枚/魔石150個/
翔璃は眉一つ動かさず、画面をスクロールしていく。
その目は獣のようでいて、どこか機械的でもあった。
「ようこそ、ジャッカルへ。ご希望の商品は?」
表示されたその声は、まるで誰かの囁きのようでありながら、確かに彼だけに届いていた。
ここには、他の誰も立ち入れない。
翔璃だけがこの「通販」を知っていた。
いや、正確には──彼にしか“見えない”のだ。
他の者がこのタブレットを手に取っても、ただの黒い板にしか見えなかった。
触っても、何も起きない。
兵士たちは「王の魔道具か」と噂したが、翔璃は否定も肯定もしなかった。
なぜ彼だけが使えるのか。
なぜ世界の理を越えた兵器を取り寄せられるのか。
それはまだ、語られていない。
翔璃自身もまた、その答えを知らないのかもしれない。
最初にこのタブレットが現れたのは、彼がこの世界に落ちてきて間もない頃。
気づいた時にはポケットに入っていた。起動方法も、支払い方法も、最初から「知っていた」気がした。
まるで、それこそが“本来の自分”であるかのように。
◇
だが異常はそれだけではない。
翔璃が使用しているその通販サイト「JACKAL」は、ただの武器商人ではない。
それは明らかに、世界の理の外側にある。
ときおり、検索画面の片隅にこういった文字が現れる。
「New Arrival:世界崩壊セット(限定1)/推奨使用レベル:管理者」
「魂スキャン完了:翔璃個体、適合率92.4%。試験継続中」
「次回配送予定:72時間後 ※干渉レベル中位に達します」
意味はわからない。だが確実に、これは何かを“観察”している。
翔璃だけを。
彼はその異常さに気づきながらも、黙って受け入れていた。
目的はただ一つ。勝つこと。
それがどんな形であっても、構わない。
翔璃の支配は、外見こそ武力による制圧だったが、裏ではこの異常な力との“共犯関係”によって成り立っていた。
彼が「戦争のルール」を壊せたのも、ジャッカルが提供する兵器あってこそ。
だが、彼はそれを決して口にしない。
この力の正体を探ろうとすることすら、危険だと本能が告げていた。
◇
それでも、翔璃の瞳には常に“未来の火”が灯っていた。
焼け跡の上に都市を築く。
瓦礫の中に秩序を作る。
従属と技術、恐怖と快楽、支配と教育。
矛盾するあらゆる価値を一つの意思にまとめあげ、押し通す力。
「火」は消えない。
なぜなら、それこそが翔璃自身なのだ。
◇
夜、タブレットの画面がひとりでに変わった。
何の操作もしていないのに。
「次の注文を。
君の“国”に必要なものは、なんだ?」
翔璃は、それをじっと見つめた。
そして、口元に笑みを浮かべた。
「……じゃあ、次は“教育システム”でも頼むか。」
彼は今、“国”を作ろうとしている。
血で得た王座ではなく、知で築く帝国。
だがその根本には、説明不能な力が存在していた。
それはまるで、“誰かの意志”が彼を王に仕立てようとしているようでもあった。
翔璃はまだ知らない。
このタブレットが、どこから来たのか。
そして、それが何を目的としているのかを。
彼の支配の裏には、明らかに──異常が潜んでいる。