第七章:風の名を持つ者
第七章:風の名を持つ者
第一節:「塩の村と、嘘の王子」
1. 発端:孤立した村からの便り
王子・翔が14歳のとき。
南の「エンゼルス塩田村」から、王宮に便りが届いた。
「最近、塩の取引価格が操作されており、
村では食糧を買う余裕がありません。
雪解けの頃には、子どもたちが飢えるかもしれません」
翔は手紙を読み、誰にも告げず、一人で村に向かった。
“王子”という身分を隠して。
「肩書きがあれば、誰でも話は聞いてくれる。
でも今、僕が欲しいのは“本当の声”だ」
2. 村で過ごす“ただの少年”
翔は「ショウ」と名乗り、村の作業に参加した。
塩田の水汲み
皸で裂ける指
小麦粉を水で伸ばしたスープ
真夜中の焚き火と、小さな子どもの咳
誰も「王子」とは気づかない。
それでも彼は、どこか“浮いて”いた。
「あいつ、言葉が丁寧すぎる」
「使い慣れてない手つきだ」
「でも……不器用なのに、逃げねえな」
3. 村の少年・ルカとの言い争い
ある夜、翔は村の少年・ルカに殴られる。
「お前、王族の人間だろ!」
「黙って、下の暮らしをのぞきにきたのか?“理解してるフリ”して気持ちいいかよ!」
翔は、顔を押さえながら立ち上がる。
「……うん。そうかもしれない」
「でも、“分かったフリ”をしてでも、見に来たかったんだ」
「見ないと、何も変えられないと思ったから」
ルカは言った。
「なら、お前が帰るとき、俺たちのことを“思い出せ”」
「思い出すだけでいい。忘れられるのが、一番痛いから」
4. 翔の帰還と政策提案
3週間後、翔は静かに王宮へ戻る。
父・中川介秀は、彼に何も言わず、ただ耳を傾けた。
翔はこう提案した。
「塩田村のような地域を“資源共同管理区”として王国が直接支援できる仕組みを作りたい」
「価格は需給だけで決まるものじゃない。命に関わるものは“国の意志”で守るべきです」
介秀は静かに頷いた。
「……君はもう、“支配される痛み”を自分で踏んだのだな」
「その痛みを忘れなければ、君はこの国の“芯”になれる」
ラスト文:傷を知る者が、未来を作る
翔は、この国で最も弱い場所に行き、最も小さな声を聞いた。
王になるためにではない。
“人として向き合うこと”が、国の未来に通じると知っていたから。
それが、彼が王子である前に、“王に値する者”となった瞬間だった。