第四章:静かなる綻び
第四章:静かなる綻び
第一節「計算にない“ノイズ”」
アーマイア・コアの中央塔。
情報省の地下室。依柊は、報告書の山を静かに読み込んでいた。
いつも通りだ。
密告率:前月比+1.3%
満足度調査:平均4.7(5点満点中)
兵站状況:98.5%達成
すべては正確に動いている。
だが──1枚の紙が彼の目を止める。
【地方巡察報告】
対象地域:サンルーガ村
内容:反政府思想は見られず、住民は制度に満足している
補足記述:「……なのに、誰も笑っていなかった」
依柊は眉をひそめる。
「“笑い”など統治目標には含めていない。だが……なぜ、気になる?」
第二節「幻聴」
その夜。
依柊はふと、静寂の中で“声”を聞いた。
「制度は、回ってる。だが、人は……生きているか?」
男の声。自分の声ではない。
記憶のどこにもない、けれどどこか懐かしい。
「君は、正しく組み立てた。だが、正しさだけで国は育たない」
依柊はベッドから起き上がる。額に汗。
「……誰だ。誰が、私の中にいる」
第三節「旧図書庁への訪問」
数日後。依柊は廃棄予定だった“旧王立図書庁”をひとり訪れた。
本など必要ない。知識はデータで管理されている。
それでも、なぜか足が向いた。
埃をかぶった書架。誰も触れない史書。
その奥にあったのは、翔璃時代の記録帳ではなく、さらに前の時代の哲書だった。
「国家は制度で築かれ、
だが人間は物語で生きる」
――中川 芳郁『統治とは対話である』
依柊はページを閉じる手を止めた。
「……中川 芳郁?」
その名が、意識の奥から浮かぶ。
まだ知らない。だが、確かにそこにいる。
第四節「兆し」
依柊は完璧な法案を提出する。
だが、自分でそれを“棄却”する。
「民に十分な意見聴取を行っていない」
「機械ではなく、人の声を反映するべきだ」
側近たちは驚いた。依柊が「人の感情」を考慮に入れるなどあり得ない。
「……最近の王は、柔らかくなったな」
「いや、違う。別の誰かを感じる」
終幕:鏡の中の第三の影
夜。再び、鏡の前。
今回は、依柊は鏡を見つめるだけで済まなかった。
そこには自分と似て非なる男の姿。
柔和な目。
本を抱え、穏やかな笑みを浮かべている。
声が聞こえる。
「依柊。君の国は、動いている。だが、息をしていない」
「力でも、構造でもない。今度は“意味”が必要だ」
依柊は問いかける。
「……お前は誰だ。俺をどうしたい?」
声は静かに応える。
「私は中川 芳郁。
王国に、“生きる理由”を与える者だ」
章のラスト文
権謀王・新井依柊、静かなる綻びを許す。
第三王・賢王 中川芳郁、その存在が揺らぎをもたらす。