第四節 翔璃と“声”
第四節 翔璃と“声”
その夜、翔璃は久しぶりに眠った。
ほんの短い時間だった。アーマイア・コアの作戦室に隣接する仮眠室。仰向けになり、眼を閉じたのは、計算ではなく反射だった。
ノイズのような静寂。
暗い意識の底に沈んでいく。
夢を見たのは、帝国を築いてから初めてのことだった。
最初は何もなかった。
ただ真っ白な世界に、一人立ち尽くす自分がいた。
武器もなければ、塔もない。誰の声も聞こえない。
──いや、違う。
**一つだけ、“声”があった。**
> 「お前は、王になっても満たされない」
どこからともなく響いたそれは、自分自身に似ているようで、違っていた。
冷たくもあり、静かでもあり、怒っているようでも、哀しんでいるようでもある。
翔璃は眉を寄せた。
> 「破壊は創造にならない」
> 「お前が築いているのは国ではない。罰だ」
> 「お前は、王ではなく──**災厄だ**」
その言葉に、翔璃の視界が崩れ始めた。
真っ白な世界に、黒いひびが走る。
誰かの手が、肩を掴む感覚。
振り向けない。見えない。
だが確かに、**“誰かがいる”**。
翔璃は叫ぼうとした。
──その瞬間、目が覚めた。
◇
喉が渇いていた。
息が荒い。手のひらが濡れている。
汗だ。久しく感じていなかった“人間の症状”だ。
翔璃は静かに起き上がる。
部屋の端に置かれたタブレットが、沈黙のまま佇んでいる。
いつもなら、目をやれば自動で光り、次の通知が届いている時間だった。
だが今日は何もない。
それが、逆に不気味だった。
翔璃は額を押さえながら、呟いた。
「……誰だ。俺の中で喋ってるのは──」
誰かが自分の内部から語りかけてきた。
それは妄想でも幻想でもないと、直感で分かる。
この“帝国”を築いて以来、常に明晰で合理的だった自分の思考に、
今、\*\*“異物”\*\*が混ざり込んでいた。
記憶にない言葉。
知らない感情。
自分のものではない“意志”。
それは、**翔璃の王としての存在を疑わせる声**だった。
◇
「満ちていないのか?」
彼は無意識に、自分自身に問いかける。
これほど完璧に帝国は機能している。
都市は沈黙に包まれ、情報は掌握され、流通は最適化され、国民は逆らえない。
だが、それが「正しさ」だと、誰が決めた?
──そんな疑問すら、翔璃にとっては異常だった。
だが今、それは確かに芽生えてしまった。
> 「王ではなく、災厄──」
その言葉が、内側で繰り返される。
「……ふざけるな。俺は誰よりも冷静に、合理的に、正確に国を作っている。
感情も、伝統も、幻想もすべて捨てた。俺こそが“正解”だ。」
彼はそう言い聞かせる。
だが、その声に対して反論している自分の姿こそが、すでに動揺の証だった。
◇
その夜以降、翔璃の中には常に**微かな囁き**が残るようになった。
かすかに聞こえる、もう一人の思考。
彼と同じ口調、同じロジック、だがまるで“鏡”のように反対の価値を語る存在。
> 「恐怖は支配じゃない。依存だ」
> 「お前の秩序は、誰も守らない」
> 「王とは、立場ではなく責任だ」
声は時に遠く、時に近く、まるで意識のすき間を縫うように現れた。
だが誰にも気づかれない。
副官たちにも、ジャッカルにも、声の番人にも。
それは、\*\*翔璃だけに聞こえる“内部の敵”\*\*だった。
◇
そして彼は知らない。
この囁きが、やがて一つの人格へと変化していくことを。
今はまだただの“気配”。
しかし、**第二王の影**は、翔璃の内面という土壌に根を張り始めていた。
それは忠告か、破滅か、あるいは希望か。
翔璃自身にも、まだわからない。
だがこの夜を境に、彼は眠るたびに、**“夢”に問われることになる。**
──王とは何か。
──支配とは誰のためか。
──この帝国の終着点に、何があるのか。
そして、**翔璃自身の本当の正体**に近づいていく。