夢の墓場
夜の仕事終わり、とぼとぼと歩いていた。
別に終電を逃したわけでもなく、ただただ無性にどこかへ行きたくなった。
そうして気づけば、見覚えのない書店の前に立っていた。
普段だったら絶対に入らなかった。
当然初めての場所だ。少し古びていて、でも汚らしさはなく、アンティークな、ノスタルジックな雰囲気。記憶にない場所なのに、まるで昔来たことがあるような——。
扉を押すと、鈴の音が静かに響き、暖かい灯りに迎えられた。
「いらっしゃい」
多分店主だろう。男性なのか女性なのかわからない。小柄な男性…いやボーイッシュな女性か?
不思議な雰囲気だ。カウンターの奥から顔を上げる。正直年齢も予想がつかない。
「どうぞ手に取って」
店内は狭いが、天井まで届く本棚にぎっしりと本が並んでいて圧倒される。が、ふと目についた一冊を手に取った。
「夢の墓場へ」
奇妙なタイトルだった。
何気なく開いてみた。
そこには見覚えのある言葉が並んでいた。
当時お金を貯めて買ったギターにエフェクター。奴らに名前をつけていたんだ。そいつらを抱えてワクワクしながらバンドを組んでいた。練習が待ち遠しくて、大きな音でスタジオで合わせるのが楽しくてたまらなかった。
——そしてあの日、僕はギターを手放した。
なんだこれは…まるで僕の話そのままじゃないか。
「これ…なんですか?」
「わかるでしょ?」
「…僕の…話ですか?」
「そうだよ」
店主は顔色ひとつ変えずそう言った。
ページをめくるたび、忘れたはずの過去が蘇る。
動員も増えず、レーベルと契約もできず、地元のライブハウスではそこそこ名前は知られているもののただそれだけで、同級生は昇進し、結婚し、家庭を持ち…耐えられなかった。
ギターを手放したあの日から音楽はただのノイズになった。
「この本は…なんなんです?」
「ここに来る人は皆、かつて夢を見た人たちなんだ。この店に並ぶ本はね、かつて夢を見て、そしてその夢を諦めた記録なんだよ。」
「…。」
「そして夢と向き合うことを選んだ人は、この奥へ行く」
指差した先には扉があった。
来た時はこんな扉なかったような気がするが…気のせいか?それより、扉の向こうには何があるのだろう?
「扉の先に行ったら…戻れなかったりしますか?」
「それは君が決めることだよ」
僕は本を握りしめた。
このまま現実に戻るのか、それとも——。
僕は扉に手をかける。
——ギターの音が、どこか遠くから聞こえた。