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ー2-


「ただいま戻りました」


 いつものように声をかけ王太子妃の私室に戻ると、待ち構えていたかのように王太子妃オリヴィアが声をかける。


「シンシア、お帰りなさい!! で、どうだった? うまく話はまとまった?」


 キラキラした瞳で食い入るように見つめるその人は、シンシアの主である王太子妃殿下。

 昨年第一子を出産されてなお、若々しく美しい女神のごとき淑女である。


「オリヴィア様。ご期待に添えず申し訳ありませんが、話がまとまる以前のお話です。あの方は私の顔を見ようともしませんし、終始面白くなさそうな顔をしておいででした。相当私のことが気にいらないのでしょう。ですから、このご縁がまとまることはありません。ええ、決して」


 シンシアは話を聞こうとまとわりつくオリヴィアを横目に見ながら、もうすぐ六か月になるグラント王子のおもちゃを片付け始めた。

 

「ええ? そんなはずはないわ。だって、ステファン様が仰っていたもの、必ずうまくいくって。だからきっと何かの間違いよ」


「いいえ。たとえステファン王太子殿下のお言葉でも、ダメなものはダメです。

 王太子の命と思い私も出向きましたが、あれでは先が思いやられます。出来れば私もこのご縁は無かったことにしていただけると嬉しく思います」


「だめよぉ、私たちの二人目の子はシンシアに乳母になってもらいたいと思っているのに。一人目は間に合わないから我慢したけど、二人目はまだ大丈夫よ。すぐに婚約して結婚して、子を作れば間に合うわ。だから、がんばって!!」


「がんばるもなにも、結婚も子作りも一人では出来ません! いくらオリヴィア様のお言葉でも成らぬものは成らぬものです。あきらめてください」


「そんなぁ……」


 オリヴィアは面白くなさそうな顔で、ソファーにボスンっと座った。

 シンシアは他の侍女たちに目配せをして下がらせると、お茶と焼き菓子を持ってオリヴィアの前に並べだした。


「シンシアも一緒に食べましょう」

「ええ、そうするつもり」


 シンシアはオリヴィアの向かいのソファーに座ると、自ら入れた紅茶に口をつけた。



 

 シンシアはアーベル伯爵家の令嬢。王太子妃オリヴィアとは王国の貴族学園で同級生として同じ時間を過ごした学友だった。

 公爵家のオリヴィアと伯爵家のシンシアでは、家格の違いから接点は無いに等しいのだが、つねに成績トップを走るシンシアがオリヴィアに勉強を教えたことからその仲が深まったのだった。


 アーベル伯爵家は元々優秀な文官を輩出する家柄で、父と兄二人も王宮で文官として勤めている。シンシアも例にもれず女だてらに優秀で、成績は常にトップクラスだった。

 対してオリヴィアは大変美しい公爵令嬢であり、その見かけだけでなく心根も大層優しく立派で、すでに王太子と婚約をしていたがその地位に相応しい麗しい令嬢と評判だった。

 だが、彼女の唯一の欠点が算学であった。算学が壊滅的に厳しく、しかし王太子妃に求められているのはそれでは無いと諦めている姿を見て苦言を呈した。

「王太子妃になられる方がそんなことでどうするのです? そんな方に臣下が心から膝を付くとでも? 最初から諦めている妃に、国の民が親愛の念を抱くとでもお思いですか?」

 歯に衣着せぬ物言いでオリヴィアに進言するシンシアがいた。

 面と向かってそのように言われたことなど無いオリヴィアは、冷静を装いながらも実のところ怒りで身体の震えを必死に抑えていた。

 自分でも知らぬところで、彼女の心根は傲慢になっていたのだろう。『王太子の婚約者である私に向かって……』と、悔しさを滲ませていた。

 しかし、家に帰って冷静になってみれば彼女は間違ったことを言っているわけでないと気が付く。そして父である公爵に話せば、彼もまたシンシアと同じことを口にする。

 そして、「甘事だけを口にする者よりも、はるかに価値のある人間だ」と、オリヴィアをたしなめるのだった。

 そんな二人は次第に距離を縮めていき、いつしか目に見えぬ連帯感のような物が芽生え始めた。卒業後もオリヴィアがシンシアを手放したくなくて、ほぼ無理やり自分の侍女として後宮に連れ込んだ経緯がある。

 シンシアもまた、伯爵令嬢としてただ結婚することを望んでいたわけではないので、渡りに船とうまい話に飛びついた。

 オリヴィア的には相談役としての地位を授けたかったが、要らぬやっかみを招くのも面倒なので、シンシアたっての願いで敢えて侍女扱いにしてもらっている。


 婚姻後、すぐに第一子であるグラント王子を懐妊したオリヴィアは、王太子妃としての務めをする間もなくバタバタと出産し、ようやく半年が経った。

 目まぐるしく過ぎる日々の中で夫婦仲はたいへん良く、そしてようやく余裕もでてきたのだろう。ハタと気付けば、自分の腹心とも言える友に未だ婚約者もいない。

 そして冷静になってみて、万が一結婚でもしようものなら、侍女の地位を降りて夫の元に走りかねない。そんな不安から第二子の乳母にするべくオリヴィアは動き出したのだ。

 


「ねえ、シンシア。セドリック様の何がダメ?」


「オリヴィア。さっきから何度も言っているでしょう? 私ではなく相手が私を嫌がっているのよ。それはもう顔も見ようともしないんだから、子供なんて出来るはずがないわ。だから、乳母の件は他をあたって。私には無理だわ」


「私だって別にセドリック様にこだわっているわけじゃないわ。ステファン様にご相談したらセドリックが適任だって。彼しかいないっておっしゃるから。それで……」


「殿下だって見誤ることはおありでしょう、人間だもの。いくら仲が良くても人の気持ちまでは完全に理解できないってことよ」


「あら、私はシンシアの気持ちならわかるわ。あなたセドリック様の事、嫌いじゃないでしょう? むしろ好みのタイプじゃない、違う?」


「っ! まあ、見た目だけなら……」


「でしょう? 私の目に狂いはないのよ。

 それにしても、セドリック様はシンシアの何が気に入らないのかしら? 私が言うのもなんだけど、あなたはとっても可愛いわよ」



 オリヴィアが言う可愛いとは……。


 オリヴィアの美貌は言わずもがなであるが、スタイルもまた素晴らしい。

 背も高く、そして出るところは出て、引っ込むところは引っ込む。理想のプロポーションであるのに対し、シンシアはと言うと……。

 貴族令嬢としては少し丸い体型。年齢の割に低い身長。いわゆる幼児体型。

 それに加え、幼い顔立ちはそれを一層際立たせている。

 それなのに優秀な頭脳、淑女の割にかなりキツイ性格。

 問題のない伯爵家の令嬢であり、穏やかそうなその見た目から近寄る令息は少なくなかった。それなのに、いざ話をしてみるとその容姿とのギャップで皆逃げていく。男を立てることを知らぬ……わけではないのだが、曲がったことも不正も見過ごせない真っすぐな性格。そして、女を見下す男の性根を大層嫌っていた。

 そんな話を彼女の前でしようものなら、論破のごとく言い負かしてしまう。

 子供の頃ならいざしらず、学園に上がってもそれは変わらなかった。

 彼女に言い負かされ悔しい思いをした子息は、数えるのも面倒なほどいる。

 学園で縁を繋ぐ者もいる中で、終ぞ彼女は縁を結ぶことが出来なかった。

  


「シンシア。口が尖っているわよ」


 シンシアは面白くないことがあると頬を膨らませ、口をとがらせてしまう。幼げな顔立ちでのこの表情は、何とも愛らしいのだが。淑女としてはあるまじき顔芸。


「はっ! ご、ごめんなさい」


「そんな顔のあなたも可愛いのに」



 こんな会話を今まで何度としてきただろうか?

 侍女として後宮に上がり、早一年半近く。王太子妃殿下の侍女であり、友人でもあるシンシアを取り込もうとする輩は今までにも大勢いた。

 学園で結べなかった縁も、王宮内でなら。と、期待もしていた。

その頭脳を買い、妻にと望む声もあった。だが、どれも縁を結ぶには至らなかった。

幼い見た目に触手が伸びないのか? 自分よりも出来の良い頭脳に、男としての矜持が耐えられないのか? キツイ物言いは淑女らしからぬものではあるが、間違ったことを言っているつもりはない。これからもそれを改めるつもりはない。

そんな小生意気な娘を娶り躾をし直そうなどと思うのは、妻に先立たれたような年配のもの好きくらいかもしれない。

シンシアにだって選ぶ権利はある。まだ妥協はしないと決めていた。



「セドリック様がダメでも他があるわ。私はあなたを乳母にするのは諦めていないのよ」


 シンシアはオリヴィアの言葉に「はいはい。期待しているわ」と、薄っすら笑みをこぼして残りの紅茶を飲みほした。




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― 新着の感想 ―
>すぐに婚約して結婚して、子を作れば間に合うわ。 不妊症だったらどうするんだろうと、こういうのを読むたびに思います。
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