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あの後、シンシアもセドリックも大変な目にあわされた。
一緒に参加していたセドリックの父は、彼の男意気を褒め。そして母は涙を流して喜んでいた。
同僚であるマルコは憧れの眼差しで二人を見つめ、「俺、感動しちゃった。お前の友達で良かったよ。自慢の仲間だ」と、セドリックと熱い抱擁を交わしていた。
シンシアと言えば、知り合いに囲まれ、もみくちゃにされながら質問攻めにあい、やっとの思いで馬車に乗り込んだのは、夜も大分深けた頃だった。
「はぁ~~」
セドリックの手を取り馬車に乗り込むと、シンシアは大きく息を吐いた。
「ああ、色々となんだ。今日はすまなかった」
向かいに座るセドリックが殊勝な態度で頭を下げている。
その態度がどこか他人事に見えて、シンシアは少し怒りが込み上げて来た。
「ええ、本当です。まさかこんなことになるだなんて、まったく。
本当なら婚約破棄のお話しもしっかりと聞きたいところでしたのに」
「いや、それはもう。君も許すと言ったじゃないか」
「ええ、彼女のことは許します。あの方に『その女』呼ばわりされたことも、指を刺されたことも気にしておりませんので。
私が言いたいのは、婚約者がいたことや、ましてや婚約破棄をなさったことを隠していたことを言っているのです」
「そ、それは。それはもう聞いていると思っていたし、まさか自分から婚約破棄をしたなどと言えるわけはないだろう」
「なぜです? なぜ言えないのですか? 大事な事ではないですか」
「いや、そうだが。言えば彼女を傷つけることになるかもしれないだろう。
これ以上傷を増やすような真似はしたくなかったんだ」
少し伏せ気味に視線を動かし、セドリックは答えた。
この人はなんだかんだ優しいのだ。しかも女性限定で。いや、子供やお年寄りにも優しそうだなと、思うシンシアだった。
(これが執務となれば恐ろしいくらい冷淡になれるのに、まったく)
彼が婚約をしていようが、婚約破棄をしていようが関係ないはずだったのに。
それなのに、その話を聞いてからのシンシアは心がざわついて仕方が無かった。
話だけなら何となく面白くないで済んだかもしれない。しかし、目の前に自分とは正反対の大人で妖艶な女性を出されたら、それはもう敵わないと両手を上げるしかなかった。
幼児体型で、童顔で。その見た目だけでも男性陣の触手を伸ばすにはいたらないことは、彼女自身が十分知っているのだから。
「どうかしたか?」
無言で押し黙るシンシアの様子に、セドリックがたまらず声をかける。
「いいえ、別に。なんでもありません」
「いや、何でもないという感じではない。やはりなにかあったのだろう?
それとも具合でも?」
本気で心配している風な様子に、シンシアもいいかげん我慢の限界を迎える。
「ああ、もうそういうのは大丈夫です。全て丸く収めるための演技であることも、ちゃんとわかっていますので。もう無理はなさらないでください」
彼の優しさが半分は本気なことはわかっている。それでも今までのことを考えると素直にはなれないし、なんだか気恥ずかしさを覚えてしまう。
今さらどうにかなるはずはないと知っていても、それでもやはり喧嘩相手のままでいた方が何かと都合が良い。
彼女もまた、男性への免疫が皆無にひとしいのだから。
そんな彼女の様子を見ていたセドリックは、そのまま黙りこんでしまった。
馬車の中はシンシアのアーベル伯爵家に着くまで、重苦しい空気が漂うのだった。
馬車がアーベル伯爵家へ着くと、セドリックに手を引かれ玄関ホールへと向かう。
家では両親と兄が心配で待ち構えていた。
初めて義理の家族と共に参加する夜会。粗相がないようにと、それだけを心配していた母は、セドリックに手を引かれ帰って来た娘の姿を見て安堵の表情を浮かべていた。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい」
「セドリック殿、送っていただき感謝いたし……」
シンシアの父がお礼を述べるのも待たずに、セドリックが突然シンシアの目の前に片膝をついた。
当の本人であるシンシアも、そして家族もまた驚いて言葉を失った。
「シンシア嬢。今宵、夜会で告げた言葉に嘘偽りはありません。あれが私の本心。
どうか、どうか私の妻になってください」
突然のことでシンシアは驚いた。いや、家族はもっと驚いた。
王太子の命とはいえ、一応見合いをした二人。もう婚約も済ませているのに、何を今さらという思いと。いや、プロポーズはまだだったのかという驚きと。
「立ってください」
「いや、でも」
「立ってください!!」
大きな声を上げるシンシアの声で、セドリックは思わず立ち上がった。
「あなたと私はすでに婚約しております。言われなくても時期が来ればあなたの妻になることは決定事項です。一体どうしたというのです。
はぁ~。今夜はお互い疲れました。ゆっくり休みましょう。
送っていただき、ありがとうございました」
シンシアは本気で疲れたような顔を浮かべ、その場を後にした。
あまりのことで家族は未だ呆然とはしていたが、父がシンシアを呼び止めセドリックを見送るよう告げた時だった。
「私はあなたを愛しています。この想いに嘘、偽りはありません。
あなたを心から愛しています!!」
突然の告白にシンシアは思わず足を止めてしまった。
止めてしまったら、なかなか足が動かない。再び動かすには、何かきっかけが必要なのだ。
「シンシア」
熱く焦がれたような声で名を呼ばれ、シンシアは思わず叫んだ!
「私も同じです!!!!」
叫んだことがきっかけで、シンシアは淑女らしからぬ速さで駆け出していた。
気が付けばすでに階段を上り切り姿が見えず、しばらくするとバタンと大きな音がした。
自室に駆け込んだシンシアは思い切り閉めたドアを背に、ヘナヘナと座り込んでしまった。
(なんなの? あれはなに? あんな人だった?)
熱くなる頬を押さえながら、シンシアはとんでもない言葉が口から出たことに驚き、そして明日からの対応を思案していた。
シンシアが逃げ出した後、残された者達は居たたまれず……、というわけでもなく。
父は不機嫌さを隠そうともせず、母は終始満面の笑みを浮かべ、そして兄は義弟になる男と固い握手を交わしていたのだった。




