散歩
白のスニーカーが音を鳴らす。
ザク、ザク、ザク
君とじゃり道を歩いている。
僕のブーツも音を鳴らす
ジャッジャッジャ
僕の音の方が鈍くて品がない。
『きっと足音にはその人の品性が現れるんだと思う。』
君はそう言って舌を出して逃げるように走る。僕は全力で追いかける。足音がもっと下品で大きな音をたてる。君は噴水の前まで走ると急に振り返り、もう会えない、そう宣言する。
就職のために地元を離れ、君は大阪に行く。僕とは離れ離れになる。君が選択したのは別れだった。僕は頷く。僕が選択したのも別れだった。なんども君と散歩したこのじゃり道を明日からは僕は1人で歩くことになる。
『あなたは私のことを忘れるだろう。それは10年後かもしれないし、20年後かもしれない。』
僕は首を振る。彼女は涙ぐんで続ける。
『私よりもずっとかわいい、素敵な彼女ができるかもしれない。それが明後日で、1ヶ月後には私のことを思い出さないかもしれない。』
僕はニコッと笑って頷く。僕の人生も捨てたもんじゃないのかもしれないと返事をする。
『君は将来元気が取り柄の女の子と恋に落ちて結婚する。2人の子供を授かり、お腹は出て、毎日生え際の後退を気にするだろう。』
素敵な人生だと思う。僕は本心からそう伝えた。
『そう、それ以上に幸福な人生なんてないの。君は素晴らしく素敵な人生を送る。そしてあなたは私のことを思い出さない。』
彼女の目から大粒の涙が溜まる。それは数秒後に目尻から垂れ落ちて頬を伝い、顎まで到達するだろう。ひと筋の涙の跡が我々2人の間の境界線のようにクッキリと二分する。
『きっと思い出す。』
約束すると言った。彼女は微笑んで小さく首を振る。
『私の人生だって捨てたもんじゃないのよ。給料は少ないかもしれないけど、愛嬌とユーモアがある年下の男の人と恋に落ちて結婚するの。そして男の子一人と女の子を二人産んで、でっぷりと太って、洗濯物がしんどいが口癖になるの。最高の人生になるわ。』
素敵な人生だねと相槌を打つ。
『あなたを思い出せないくらい忙しくなるのよ。』
僕はうん、と頷いて彼女の手を取り、歩きだした。
来た道を戻るのはやめようと彼女が提案した。私たちは未来に向かって歩き出しているのだ。過去を振り返り、来た道を戻るようなことはやめようと言った。
ふたりで何度も歩いたこの公園の散歩道、まだ通っていない道が一本あった。あの道を通ってみよう。
きっとその先には素敵な何かが待っているのだ。