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大きくなったので、結婚してください

作者: 千野パズル




 目の前でぐずぐずと子どものように泣く男を見て、私はため息をつく。


「君のことが嫌いな訳じゃないんだ。けど、君と結婚するのはどうしても考えられない」


 祖父の取り計らいで婚約者となった私達ではあるけれど、どちらか一方が本気で拒絶すれば婚約は解消できる。まぁ庶民の婚約なんてそんなものだろう。

 仕方がない、と思う。婚約者として問題行動もなかったし、彼は私を大切に扱おうと努力してくれた。だけど。


「自分より身長のかなり高い君と結婚なんて無理だよ!そりゃあ二、三センチ高いなら僕も我慢できるくらい君を気に入ってるけれど」


 百六十五センチの彼と百八十センチの私。

 まあ、つまりそういうことである。だから結婚の段取りが始まって彼が限界を告げたのも仕方がないと思う。もし彼が私の固有魔法を知ったらもっと慄くのではないだろうか。

 結婚したいなら「強い女は嫌われる」と友達に散々言われたので固有魔法さえ秘密にしたのだが、この様子を見るに最初から秘密にしないほうが婚約にも至らず、お互いのために良かったのかもしれない。


「私もあなたに好意はあるけど、結婚というとどうしても、という気持ちも分かるよ」


 大女と罵られる私を婚約者として必死に守ろうとしてくれていた彼が本当のところは大好きだったけれど、彼を泣かせてまで結婚したくはないし、慰謝料だとかの話もしたくない。婚約したのは私が十四歳のとき、彼は十五歳で、このときの私達の身長は同じ百六十センチ。だからたったの三年で私がここまで身長が伸びて、彼の身長が伸びなかったのは誰にとっても予想外だっただろう。

 真っ赤な目をした婚約者に向けて、微笑みを浮かべた。


「気にしないで、結婚しなくてもあなたは大切な友人だから」


 何故か婚約解消を申し入れられた方が申し入れた方を慰めるという妙な状態になりつつ、婚約を取り計らった祖父がうるさいのだろうなぁと、私はそんなことを憂鬱に感じていた。





「ばっかもーん!!」


 子爵家の邸宅で祖父の怒声が響いた。まだまだ元気である。

 祖父の隣で子爵家を継いだ母の兄が困ったように微笑んでいる。子爵家の三女の母は、商人である父に嫁いだため貴族籍は抜けている。私も貴族ではないけれど祖父は家を出た子どもたちをいつまでも心配する子煩悩な人で、ついでに平民の孫も可愛がってくれる良い人だ。少しばかり口は悪いが、祖父のように愛情深い人はあんまりいない。

 私が珍しく祖父の居る貴族の邸宅を訪れたのは、祖父が取り計らった婚約が解消になった旨を報告するためであった。


「お前のような!大女が!この婚約を白紙にして!結婚できると思っているのか!」


 滑舌の良さとリズミカルな説教に感心しながら、私は視線を下に落とす。慰めてくれるどころかやはりお叱りの嵐である。でもこれも私を思ってのことと我慢する。


「お祖父様、泣きながら結婚はしたくないと懇願する方相手に、それを拒絶するのは私には無理です」


 なだめ役として付き合ってくれている伯父が「めそめそする男に可愛いミリアを預けても不幸になるだけですよ」と説得している。幸か不幸か、私は亡き祖母に孫の中で一番顔が似ているらしい。これだけ大きく育っても祖母の面影のあるわたしは祖父にとっては可愛い孫だった。


「どうするんだ、こんなことになっては結婚など夢のまた夢、お祖父様は可愛いミリアが心配なのだ」

「お祖父様」


 グサグサとくる失礼な言葉に笑顔の仮面で対処する。どうしようかと悩む。私はもう結婚しないでもいいかと思い始めているところなのに。


「分かった、大女でもいいというやつを、泣き言を言わない男をお祖父様が探して」

「いえ、私が自分で探します!」


 このままでは元婚約者のような被害者が増えるだけだと判断して私は声をあげる。私は庶民なのだ、庶民には庶民の婚活があるはず。

 ……たぶん。


「あ、あ!そうです!私には初恋の人がいるのです。その人がまだ結婚していなかったらお願いしてみます!私の相手探しはその結果次第でお願いします!」


 私はしばらく時間稼ぎをしたくて記憶の底から初恋の話を引っ張り出した。そうだ、彼がいた。たぶん結婚を申し込んでも袖にされるだろうが、事情を話せば私に協力してくれるはず。そうすれば時間が稼げる。

 何より、行商をしている彼と会えるのは一年のうちの僅かな期間だ。そのときに会えないと今のように五年も顔を合わさないのだ。いや、これだけの期間会わなかったのは婚約した身だったから控えたのも理由の一つだったけれど。


「相手は誰だ」

「え、えっと、行商人をしているフェイさん、です。カトレアのお屋敷で遊んで貰ったことがあって」


 お祖父様の孫の一人、カトレアは男爵家のお嬢様だ。母の姉は男爵夫人で、第二子のカトレアと私は同じ年に生まれたため、交流が一番盛んだったのだ。それぞれの身分が変わっても成長しても家族仲が良いのが一族の自慢だ。それでも流石にちゃんとした一線は教えられていたから私とカトレアが同じとは思っていないけれど。


「カイル兄さんとフェイさんは同い年で仲が良くて、行商のときに見つけた珍しいものをいつも見せてくれていたんです」

「そうか、カイルの友人か」


 男爵家の跡取りであるカイル兄さんは、努力家で真面目、そして人を見る目があると祖父の信頼を得ている。十人に聞いて八人は胡散臭いと言われるフェイさんが、成長した今、貴族の家に幅広く行商できるのもカイル兄さんの人望あってこそだ。


「カイルと同じ年なら、少し離れているがまぁ、ないことはないか」


 最後にきちんと会ったのが私が十二歳のときで、五年は過ぎた今のフェイさんは二十二歳くらいだろうか。五歳の年の差は若いうちは大きく感じるが、大げさに騒ぐほどの差でもない。十歳くらい違ったら流石に祖父に待ったをかけられただろうから、良い流れだ。


「では、フェイさんが行商で王都を訪れたらそのときに自分から話をしてみます!」


 片目をパチパチ瞬かせて伯父さんに合図をすれば、そうしましょうと話がまとまった。私は自分の勝利に酔う。

 一応被害者である私への説教が短くてよかった。ただし、貴族が後見に入っての婚約なのだから平民同士のゆるい婚約でも慰謝料は請求すると言われて私は素直に頷いた。祖父の顔に泥を塗りたいわけではないのだ。婚約解消が私の方からの申し出なら祖父から派手な謝罪をしただろうが、今回は相手の事情によるものだ。それでも私の優しさによって大きな額の請求はしないと、いかに私が優しく心根の美しい女性なのかアピールして、相手の罪悪感に訴える方針でいくらしい。





「お、おお」


 銀行の私の口座に振り込まれた慰謝料の額を見て驚く。大きな額は請求しないと聞いていたのに、信じられない金額が振り込まれていた。手紙によると少ない金額では私に失礼だからということらしい。祖父に取り次ぎ、円満に婚約解消してくれたことを自分がどれほど感謝しているのかを伝えたいとのことだ。祖父の好意で全額が私のものとなったのだが、このお金で生活したくないなと私は唸る。


「と、言うわけで」


 婚約解消パーティーを開くことにした。

 高級料理店をまるごと借り、親しい人を呼ぶ。計画性がないと言われるかもしれないが、このお金だけは本当に心の底からいらなかったのだ。


「何が、と、言うわけなのよ」

「えへへ、でも、来てくれて嬉しいよカトレア」

「もう、仕方のない子!」


 王子様のように手を取って口づけを落とせば、カトレアは照れたようにそっぽを向く。それなりに伝統とお金のある貴族のお嬢様が、こうして私の開いたパーティに顔を出すのは、彼女が優しいからだということを理解している。

 身長が伸びてからはカトレアのエスコートの練習相手をよくしていたので、今でも彼女をそういう風に扱ってしまう。カイル兄さんには「カトレアが本気で惚れる危険があったから、ミリアが女で良かった」なんて言われたっけ。


「先日振り込まれた慰謝料を使って、記念にパーティを開きました。みんな、おいしい料理を遠慮なく食べて笑い飛ばしてくれると嬉しいな」


 基本的に呼んだのは信頼できる女性だけだ。カトレアのように貴族も呼んだのでそれなりに警備費にもお金をかけた。一生に一度できるかという女だけの楽しい食事会だ。


「ミリアの婚約がなくなったのに美味しい思いしてごめんねぇ」

「人の不幸でご飯がおいしい!」

「ミリアなら次はいい花嫁見つけられるって!」


 友人たちの遠慮のなさに私も笑う。悲しい気持ちを笑い飛ばす。侮辱するように笑う人はこの中にはいない。大女の私に親しくしてくれる彼女たちはとても優しい人たちだ。わいわいとマナーも放って女同士で遠慮なく愚痴も自慢も言い合う。基本は私を笑わせるための馬鹿話だ。


「あ、そうだミリア、お祖父様がミリアに知らせろって言っていたのだけれど」

「なぁに?」

「フェイを呼び寄せたから三日後に来なさいって」

「そ、そう。ありがとう」


 祖父が行動力の権化だと忘れていた私は、途端に味の分からなくなった不相応な豪華な食事をなんとか食べきった。


「あー、あんなに楽しいパーティがあるなんて。ミリアに感謝だわ。あんなの、一生に一度ね」

「二度目のパーティは私もしたくないかな」


 ぐっと伸びをして、貴族の目のないパーティで羽を伸ばしたカトレアは良い笑顔を浮かべている。身内の贔屓目だが、彼女ならそこら中の貴公子を虜にできるのではないだろうか。彼女にとってもあれが一生に一度のものなら開催した意味があった。


「まぁそうね、名目が婚約解消だもの」


 冗談を言い合い、二人で顔を突き合わせて笑った。はしたないけれど今日だけは特別だとカトレアはずっと淑女の仮面を脱いでくれている。迎えに来たカイル兄さんにカトレアを預けると、私は他の友人たちにもお礼を言うために人混みの中に戻った。





「ゆううつ」


 その日の私は、実に憂鬱だった。祖父に呼び出された日になったからだ。

 祖父宅への訪問着の中から、自分の淡いブラウンの髪色に特に合う服を探す。なにせ求婚予定の人に会うので、それなりの服装でなければ祖父をだましたことになるのだ。

 正直、カトレアのエスコートの相手役を務めたときの男装が自分に一番似合っていた気がするが、そんな服装で祖父の元へ行ったら倒れるかもしれない。

 母に助言をもらい少し淡い緑のドレスにした。黄色のリボンをつければサイズ感以外はちゃんとしたお嬢様に見える。


「私も久しぶりにお父様に顔を見せようかしら。どうせ引退して暇なのよ」


 あまりに私が憂鬱そうだったからか、母が祖父の相手をしてくれるという。母の手を取って「女神よ!」と感謝したら「男に産まなくて良かったわ」と母が言った。

 大女として苦労している娘に何を言っているんだと思うが、よく他の親族にも「女で良かった」と言われるので私は何か男では困る性格をしているのだろう。




「おお、ミリアちゃん!大きくなったなぁ」


 久しぶりに会ったフェイさんは座っていた椅子から立ち上がり、にこやかに挨拶してくる。相変わらずの胡散臭い笑顔である。

 手入れのされた長い黒髪は良いが、糸目はこの国においてのかっこいい男の基準には合致しない。常に人好きのする笑みを浮かべている彼は、いくら胡散臭いと言われようと、笑っていないと冷淡に見える自分を知っているのだからそうしているのだ。

 そんな彼が、私の初恋の人だ。


「お久しぶりです、フェイさん」


 淑女ごっこの真似事をしながら挨拶をする。部屋に案内される前、この家の使用人の人に彼には妻も恋人も婚約者もいないと教えられて、柄にもなく緊張していた。

 彼の周りに幾つか装飾品が並べられていて目を丸くする。


「子爵家から婚約解消で傷ついているミリアちゃんのためのものを見繕ってくれ、っていわれたんだけど、今のミリアちゃんには合わないかもなぁ」


 困ったと言いたげな彼を見て、とりあえず祖父たちが呼び出した方法は分かった。フェイさんは大きくなった私を知らなかったし、祖父たちも婚約解消の理由までは教えていないのだろう。私は何か一つくらいは買わねばと用意されたものをジッと見つめる。この国ではあまり見ない東方の品は、繊細で美しい。が、私が身につけるには全て小ぶりだ。


「この箱はなんですか?」

「お、さすがミリアちゃん。面白いものを見つけるのが上手だね」

「お世辞はいいので教えてください」

「宝石箱なんだけど、ここをこうして」

「わぁ!」


 宝石箱の中に隠し棚が入っていた。別になんだと言うわけではないが秘密の部屋を見つけたみたいなワクワク感がある。この中ならこれを買おうと顔をあげたら、フェイさんがいつもより笑顔が控えめな心配そうな表情を浮かべていた。


「これ、僕がプレゼントするよ?」

「いえ、買います。それよりフェイさん、昔の私のお願いって覚えてます?」

「ああ、大きくなったら結婚してってあれ?」

「そうです、結婚してくれます?」

「ミリアちゃんならもっといい人が見つかるよ。ヤケにならないで」


 ちゃんと言葉にされてはいないが、にっこりとした笑みでやんわりと振られたことを確信して、ならばと私は彼に提案する。彼は父と同じ商人だから取引をすればいい。


「私、もう結婚はいいかと思うんです。だから、私との婚約を考えているフリをしてしばらく時間を稼がせてください。その間にどうするか考えるので」

「考えてるフリかぁ」


 困った様子の彼に私は婚約解消パーティで使った慰謝料の残りを提示する。


「でも子爵家を騙すとなると。しかしミリアちゃん、こんな大金どこから」

「これ、婚約解消の慰謝料です」


 彼は顔を手のひらで覆った。確かにかなり思い切りはいいかもしれないが、私にとってはいらないお金の精算である。


「これでも減ったんですよ、先日婚約解消パーティをしたので」

「ミリアちゃんってほんと変わった子だよね」


 少し考える素振りののち、彼は「いいよ」と笑った。この人は私とカトレアには甘いという認識が間違っていなかったと安堵して微笑む。時間稼ぎは成功したらしい。

 宝石箱もしっかり買った後、祖父と母に自慢しに二人がいる薔薇の見頃な庭に向かう。用意して貰った椅子に座って成果を報告した。


「フェイさんが考えてくれるって!」


 私は宝石箱を抱えて、笑顔で嘘をついた。それを誤魔化そうと、ついでとばかりに箱の仕掛けを祖父と母に自慢しようとしたら、隠し棚の中から今の私にも似合いそうな青い花のブローチが出てきた。

 私が驚いて返したほうがいいかなと迷っていると、笑顔の祖父に「それはやめなさい」と言われる。


「いい人そうねぇ」

「なかなか気の利いた男じゃないか」


 笑顔の祖父と母を見て、私は罪悪感で少し胸が痛んだ。お金で自分を大切にしてくれる人を騙している。





 フェイさんに考えているフリを頼んでから、なぜか服とかリボンとか花とかお菓子とか、そういった物が家に届くようになった。お金は払わないでいいと言われているが、それでは私がフェイさんにお金を払う意味がない。


「ミリアちゃんは可愛い子なんだからもっと自信をつけなさい」


 申し訳ないと伝えると、信じられないくらいに甘いことを言ってきた。確かに私は身長が高い、フェイさんとだってほぼ同じ視界を持っている。可愛くはないのを理解しているし、私にはもう一段、特大の秘密があるのに。

 それでもデートに誘われた私はいそいそと用意をしてしまう。王都にいる間は私のために時間をつかってくれるらしい。なんていい人なんだろうか。

 いま王都で話題なのは、王太子の結婚だ。大聖堂を借りて華々しく行われる予定らしい。そういったこともあってか、王都の賑わいはいつも以上だし、それに便乗して今王都では貴族も庶民も一大結婚ブームが起きている。

 といっても人様の結婚式を観覧する訳にもいかないので、無難に舞台を見に来た。屋外ステージで行われる劇は大劇場で行われる貴族向けのものと比べると貧相だ。だけど、庶民にとっては大切な娯楽である。

 劇の内容は女性が活躍するものと聞いていたが、まさかの男装した女性騎士の話だった。私に向いているかもしれない。今から騎士にはなれなくても騎士役ははまり役ではないだろうか。そう話す私に、フェイさんは「ミリアちゃんの進路をこれで決められても困るよ」と言って、劇団に顔を出そうとするのを止められてしまった。「行動力がおかしい」と言われるが、それだと祖父と似ていると言われているみたいなのでやめてほしい。


「あ、また結婚式だ」


 結婚ブームの王都では、道を歩けば結婚式にぶち当たる。来週の王太子の結婚式までは王都にいるらしいフェイさんは、結婚願望はないのだろうか。


「フェイさんは結婚はする気がないんですか?カイル兄さんはフェイさんが拗らせてるだけって変なこと言ってましたけど」

「う、う〜ん、結婚したくない訳じゃないよ」

「そうなんですか」


 少し悲しくなって、それ以上は聞けなくて顔を逸らす。私は断られた身だ、そうしつこくはしないようにしよう。


「あれ、もしかして僕どっかで間違ったかなぁ」


 しょんぼりと肩を落とした私を見て、フェイさんは不思議そうに首を傾げた。

 間違いとかそういうのではなく、フェイさんと結婚できたら幸せだっただろうなぁと私が虚しい夢を見てしまっただけだ。





 王太子の結婚式が始まった。王都は朝からお祭り騒ぎで、皆で結婚式後のパレードを楽しみにしている。かくいう私も、フェイさんが誘ってくれたので沿道で見るより少しだけいい場所でパレードを見ることができる。大聖堂から王都のシンボルである螺旋の塔のある広場を通り、王城へと向かう。王族の結婚式でよくあるルートらしい。

 フェイさんは螺旋の塔の広場前に場所を取ってくれたらしい。貰った青い花のブローチをリボンと合わせる。そういえばこのブローチは見せてくれた品物の中になかったと言うことを思い出した。人混みで引っかからないように、シンプルな服を着た。好きな人に会いに行くにはなかなか地味だ。楽なら男装してもいいよとフェイさんは笑ってくれたが、さすがに私の乙女心が男装を否定した。

 約束の時間より早めについたのに螺旋の塔の広場は既に人でごった返していた。

王都のシンボルの螺旋の塔は、賢王と呼ばれた三代目が「当たり前にあるものも疑問をもつように」という理由で設置したものだ。日常に溶け込んでいる塔はしかし、子どもや観光客によって「あれは何なのだろう」と一度は考えさせられるものだ。


「すごい人ですね」

「そりゃあこんないい日はないからね」

「王太子の結婚パレードが見られるなんて、いい時代に生まれました!」


 フェイさんはいつもよりめかしこんでいる。私だって着飾りたいがあんまりすると女装しているみたいになるうえに、周囲へ威圧感を出すので人が溢れている今日は今の服装が限界なのだ。


「おっ、ブローチつけてくれたんだね。やっぱりミリアちゃんによく似合う」

「ありがとうございます」


 お礼を言いながら「やっぱり」って少し変な言い方だなとフェイさんを見つめた。

 フェイさんはそんな視線に気が付かなかったのか、にこにことしているだけだ。うん、今日の笑顔も胡散臭いなぁ。

 パレードのために警備員が立ち、道が用意される。フェイさんがとってくれた場所はちょうどよく馬車が見えそうだった。近くでは螺旋の塔がずっしりとした存在感を放っていた。

 遠くで花火の上がる音と、ここまで響く歓声が聞こえた。

 パレードが始まったらしい。あまりに楽しみすぎてフェイさんの服の袖を掴んで揺する。そんな私をフェイさんは少し嬉しそうに見ていた。

 だんだんと歓声が大きくなり、パレードが近づいてくる。螺旋の塔の広場に王太子夫妻の乗った馬車が見えた。そのあまりの美しさに私は声をなくして興奮した。

 お人形のような王太子妃に、優しく微笑む美男子と有名な王太子。おとぎ話が目の前に現れたのだ。

 そんな興奮をかき消すようにドォン!という大きな爆発音がする。見れば螺旋の塔から煙が上がっていて、塔が傾いてくる。広場に落ちれば大惨事になることは間違いなかった。

 フェイさんが私を守るように抱きしめてくれたけれど、そこから抜け出す。普通の魔法では間に合わない。仮に王太子夫妻だけは助かっても広場にいる私達には甚大な被害が出るだろう。

 でも、私なら間に合う。

 私には固有魔法がある。魔道士と違ってたった一つだけ使える魔法。貴族の血が流れる平民にも覚醒することがよくあるのだ。その固有魔法を私は持っていた。特に私の魔法は発現してから何年も使っていないので、たっぷり魔力を蓄えている。

 だから、たぶん。


 ――支えられる!



 悲鳴で埋め尽くされた広場で、固有魔法を使って巨大化した私は、倒れてくる螺旋の塔を支えた。

 唖然とする周囲の顔を見ながら、なけなしの乙女心が服も一緒に巨大化できた安堵を抱えている。視線だけで探せば、フェイさんが笑顔を消して私を見ていた。

 じわり、と涙が溢れそうになる。やってしまったのだ。王太子夫妻を、皆を助けるためとはいえ、私は王都のど真ん中で「巨大化」という意味不明な固有魔法を使ってしまった。

 結婚なんて夢のまた夢だ。

 王太子夫妻の護衛が何か叫んでいるみたいだけれど遠すぎてよく聞こえない。

 私に押しつぶされた人もいない様子なのが不幸中の幸いだ。

 でも、もう駄目だ、おしまいだ。

 人目も気にせず私は泣いた。婚約を解消したときだって泣かなかったのに、もう今がどういう状況かも忘れて、塔をそっと地面に置いた後、手のひらで顔を覆ってわんわんと泣いた。数分経たないと小さくなることすらできないのだ。

 こうなったら私のことを誰も知らない田舎に引っ越してひっそりと暮らそう。そうしよう、一人でもたくましく生きるのだ。私はやればできる子だ。


 シュルシュルとだんだん小さくなる自分に気づかずに泣いていると、いつの間にか普通の大きさに戻っていた。王太子夫妻は困ったように私を見つめ、護衛の騎士たちも泣いている私に毒気を抜かれたような表情を浮かべている。


「ミリアちゃん!」


 人混みをかき分けてフェイさんが現れた。その顔にはやっぱりいつもの安心する胡散臭い笑顔がなくて悲しい。


「ふぇ、フェイさん」

「怪我したの?ああ、もう!とにかく無事で良かった!」


 ぎゅうっと痛いくらいに抱きしめられた私は目を白黒とさせた。


「どうしたの?なんで泣いてるの?僕には君を泣き止ませることはできないかな?」

「わ、わたし、もうお嫁にいけないよぉ!!」


 優しく問いかけられて私の感情が爆発した。覚悟して秘密の能力を使ったけれど、使ったら使ったでやっぱり辛いのだ。

 私が泣いている理由を察したのか、同情的な視線が多くなってくる。お人形のような王太子妃の視線が痛い。泣き止もうと思うのに、涙が枯れることなく出てきて、抱きしめてくれるフェイさんに縋りつけば、彼は困ったように私の背中をさすった。


「そんなことないよ」

「無理だよぉ、私みたいな大きくなる女なんて!あんなにはしたない姿を王都の中心でさらして、もう王都で生きていけないぃ」


 全力で泣きつく私を支えてくれるフェイさんは優しい。こんなことをしている場合ではないと分かっているのだが、泣きやめないだけではなく、実は今、私は腰が抜けていて立てないのだ。


「ねぇミリアちゃん、約束覚えてるよね」

「約束?」

「大きくなったら結婚してって君が言ったやつ」

「うん」

「そのとき僕がなんて答えたか覚えてる?」

「わ、わたしが、おおきくなって気持ちが変わらなかったら結婚しようかって」


 涙でひきつりながらなんとか言葉をつむぐ。それを受けたフェイさんはにっこりと、心の底から笑いたいから笑っているような、きれいな笑顔を浮かべた。


「ふふ、ミリアちゃんびっくりするくらい大きくなったけど、僕と結婚したいって気持ちは変わってないかな」


 大きくなるってそういう意味だっけとか色々考えながら、笑って受け入れてくれたフェイさんに安心した。


「フェイさん、わたし、大きくなったから、結婚して」

「うん、僕と結婚しよう」


 話がまとまったとばかりフェイさんに抱き上げられると、広場では歓声があがった。祝福の声に私は顔をあげられない。ちらりと見た王太子妃は涙ぐんでいた。安全が確認されたからと王太子夫妻がパレードの続行を宣言し、想定外のトラブルはあったけれど死傷者を出さずにパレードは終了した。私の手は傷だらけだが、カウントしないでおく。





 後日、王城に呼び出された私は、国王陛下に感謝の言葉を直接賜るという奇跡の出来事を体験した。私の付き添いで子爵家の祖父と伯父、それからフェイさんも王城に入ることができた。というか私が陛下に直接会えたのは王太子夫妻の命の恩人だからというだけではなく、祖父から連なる身元がしっかりとしていたからだろう。

 私の固有魔法についても詳しく聞かれたが、先日魔力を全て使ったので、現在は少し大きくなる程度の効果しかないことを伝えた。螺旋の塔を支えたときにできた手の傷は王家が信頼する薬師を派遣してくれるという。

 陛下が直々に私とフェイさんの婚約を祝福する言葉をくれたのは、たぶん結婚できないと嘆いた私の話を耳にして、この婚約を反故にすることは絶対許さないという圧力をかけたのだと思われる。王家はそれだけ私に感謝しているということだ。言われたフェイさんはいつもの胡散臭い笑みのまま神妙に頷いていたのだが。

 王都のシンボルである螺旋の塔を爆破した人物はもう捕まっているので報復の危険はないだろうから安心してほしいとのこと。私がいなければ大事なパレードで王都に血の記憶を刻むところだったのだ。王の威信にかけて捜査がされたらしい。

 そして、壊れた螺旋の塔を再建するらしいことも教えてくれた。王都にとってはやはり大切なシンボルだ。


 王から祝福されたこともあり、私の婚約は子爵家で祝われることになった。

 呼んだのは殆どが子爵家に連なる身内なので、皆私を心配した後、王族を守ったことを誇らしいと褒めてくれる。巨大化については、親族は「ミリアなら納得だ」と笑い飛ばしてくれた。

 私の固有魔法を両親以外で唯一知っていたカトレアは私を抱きしめて、それから「初恋の成就おめでとう」と美しい笑顔を浮かべてくれた。


「フェイも必死だっただろうなぁ」

「どういうこと?」


 カイル兄さんがワインを飲みながらケラケラと珍しい笑い方をするので、詳しく話をきこうと私とカトレアが身を乗り出す。


「お前に結婚してってお願いされた日、あいつ俺になんて言ったと思う?」

「困ったなぁ、とか?」

「まさか!可愛いミリアに求婚されるなんて、生きているといいことあるんだなって言ったんだ」

「えっ」


 あまりに予想外の言葉に私はカトレアと顔を見合わせる。


「けどなぁ、あいつがいつか王都に店を構えたいからって独り立ちの準備をしている頃に、爺さんがミリアに縁談を持ってきたろ。それであいつ諦めたんだよ。ミリアが幸せになるなら仕方ないって」


 初耳の話が続いて聞いてもいいものか迷うが、もっと知りたいという気持ちのほうが大きくなる。


「前の婚約者は大女なんて侮辱されるお前をきちんと庇う男だっただろ?ミリアの婚約者がいいやつで良かったって。まぁ、それでも拗らせていたあいつはお前が結婚するまでは自分も結婚する気はなかったんだよ。約束してるからとか言い訳してたけど。行商先の東方じゃモテたのに一途なやつだよ、まったく」


 やれやれと呆れたような動作をするカイル兄さんを揺さぶってカトレアが話の続きを促す。


「で、お前の婚約が解消になって、子爵家から連絡がきてフェイは大急ぎで帰ってきたわけ。傷ついているお前に付け入りたくはないって言って、無駄に意地を張ったのがこの前。だけどお前の提案に乗って婚約を考えるフリには同意して、お前にどうにか結婚願望を無くして欲しくなくてあれこれ貢いだりデートに誘ったり、そりゃもう必死で。お前が自信を取り戻したらあいつから告白する予定だったんだと」


 だがしかし!と、酔っ払っているらしいカイル兄さんが塔を支えるようなポーズを決める。そう、私の巨大化事件が起きた。


「命の恩人であるお前が王族の前で結婚できないなんて嘆くもんだから、王家主体で縁談が来ないように、大勢を証人に約束を取り付けようと、あの日のあいつはそりゃあもう必死だったと思うぞぉ」


 ケラケラと笑っていたカイル兄さんが挨拶を終えて一度戻ってきたらしいフェイさんに小突かれる。秘密をほぼ暴露されてはさもありなん。たぶん兄さんが悪い。私は知ることができてとても嬉しかったけれど。


「僕のこと気持ち悪い?子どもの言うことを鵜呑みにしてずっと待ってたとか」

「ううん。フェイさんが私のこと好きだったって知れて嬉しいです」


 私の笑顔に安堵したように微笑んだフェイさんは思いついたように私を見た。


「僕も、今なら聞いていい?」

「何をですか?」

「僕ってこの国じゃカッコイイ男じゃないでしょ?なのになんでミリアちゃんは僕を好きになってくれたのかなって」

「しかも初恋ですわ」

「嬉しいなぁ。でも本当にどうして?」


 問われた私は当時を思い出す。特別なきっかけはなかったかも知れないけれど。


「フェイさんっていつも胡散臭い笑顔じゃないですか」

「え、うん。よく言われる」

「でもカイル兄さんの友達ってことは、絶対にいい人なんだって当時の私は思いました」

「うん」

「実際に私とカトレアには優しいし、むしろちょっと甘い人で私はすっかりフェイさんが好きだったんですけど」

「うん」

「フェイさんってこの胡散臭い笑顔の下で何を考えているのかなぁって思ったら、もう毎日のようにフェイさんのことばっかり考えていて、フェイさんのことが知りたいんだって気がついたら、それはもう恋になっていました」


 ほぼ同じ高さにある、顔を真っ赤にしたフェイさんの目を見つめると、それに耐えられないとばかりに手のひらで顔を隠す。乙女のような仕草をフェイさんの方がするんですか。


「本当に、もう。ミリアちゃんらしいねぇ」

「ミリアなら巨大化もありえると親族が口を揃えるくらいだぞ」

「ミリアは女に生まれて良かったと、血を血で洗う女の戦いが回避されたともよく言われているわ」


 言われていることはちょっと納得できないが、昔と同じように四人で話をしているのが楽しくなって、私も笑った。

 たぶん私は、世界一幸せな人間だ。

 素敵な人に「大きくなったら結婚して」ってお願いしていて良かった。だって誰にも予想できないくらい大きくなっても、こうして約束が守られたのだから。




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― 新着の感想 ―
[一言] 巨大娘は好きだったので、要素として組み入れられていて嬉しかったです 内容もハッピーエンドだったので、すごく面白かった
[良い点] ミリアの明るくさっぱりした性格の効果か、話がカラッとしていてテンポよく読み進められること。 タイトルのダブルミーニングがばっちり決まっていること。 [一言] 王太子夫妻の成婚パレード中の事…
[良い点] 初めましてこんにちは すごくすごくいいです。 何度読み返しても 貰い泣きしてしまうし嬉し泣きしてしまいます。 そしてまた頭から読みたくなります。 素敵なお話をありがとうございました。 [一…
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