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選ばれなかった俺が彼女を諦めるまで  作者: わだち
第二章 蒼井千冬
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揺れる心

いつの間にか数週間が経ってました。

忘れられていなければどうぞよろしくお願いします。

 黄島家を訪れた翌日、いつも通り啓二と花恋の二人と登校すると校門の前で偶然黄島に出会った。


「おはよう秋子ちゃん!」

「おはよう、黄島さん」

「ああ、おはよ」


 眩しい笑顔で挨拶する花恋と柔らかな表情で挨拶する啓二。

 そんな爽やかな二人とは対照的に、欠伸をしながら素っ気なく黄島は返事をする。


 もし俺が花恋と啓二の立場ならその温度差に風邪をひいていただろうが、花恋は特に気にした素ぶりもなく黄島の下は寄っていき話しかけていた。

 黄島も黄島で寄ってくる花恋を嫌がる素ぶりは特に無かった。


 流石はマイラブリーエンジェル花恋といったところか。黄島という無愛想な人間ですらその魅力を前にしては敵わないらしい。


 そんなことを考えていると不意に黄島が俺の方に視線を向けた。


「おはよ」

「え、お、おう」


 まさか黄島が自分から挨拶してくるなど思ってもなかったために変な返しになってしまった。

 挙動不審な俺がおかしかったのか黄島はフッとした笑みを一瞬見せたのち、花恋と共に校舎の方へ歩いていった。


 な、なんだあいつ……!

 か、可愛いだなんて思ってないんだからね!


「春陽、黄島さんと仲よくなった?」


 黄島の意図が読めない行動に困惑していると、啓二が不思議そうに聞いてくる。


「まあ、そうだな。家によばれたし」

「えっ。そ、そうなんだ……」


 啓二の反応は少しショックを受けているともとれる奇妙な反応だった。


 俺と黄島が仲良くなって啓二になにか不利益があるか……?

 いや、待てよ。


 ①花恋と仲のいい黄島が俺と仲良くなる→②黄島が俺はいい男と花恋に伝える→③花恋が俺に惚れる


 なんということだ。俺は単純に黄島と仲良くなっていたつもりだったが、結果的に花恋が俺に惚れることになる可能性が浮上するなんて。


「ねえ、春陽」

「ん?」


 おかしなことを考えていると啓二から再び声をかけられた。


「僕さ、理由はよく分からないけど黄島さんから避けられてる気がするんだよね」


 否定は出来なかった。

 花恋が黄島と話しているところは俺もよく見ている。だけど、啓二が黄島と二人で話しているところは俺もあまり見ない。

 まあ、友達の友達が友達とは限らないしそこまで気にするほどのことでもない気がするけど。


「よかったら、黄島さんに僕のこと紹介してくれないかな?」


 啓二の気持ちは分からなくもない。

 幼馴染三人組の中で自分だけ黄島と仲良くないというのはどこか居心地の悪さを感じるものだ。

 いや、でも分からない。


 だって、お前には花恋がいるだろ。


「なんで?」


 自分でもびっくりするくらい感情のない低い声だった。


「えっ」


 予想外の返事だったのだろう。啓二の表情からも戸惑いがよく分かる。


 なにを言っているんだか。これは紛れもない嫉妬だ。

 花恋がいようがいまいが、啓二が黄島と仲良くしようとすることは啓二の自由だ。俺があーだこーだと文句を言う資格などない。


「冗談だよ。黄島には伝えとくよ。啓二が黄島に心奪われそうだって」

「いや、そ、そこまでは言ってないよ!」

「あっはっは!」


 俺が笑うと、啓二も冗談だと分かったのか笑っていた。


 

***



 啓二と教室まで上がったあと、俺は一人生徒会室へと向かった。

 目的はもちろん蒼井だ。


 先日、俺は蒼井家で蒼井に俺の身に起きたことを相談した。相談を受けた蒼井は自分でなんとかしてみると言ってくれたわけだが、そこから何か進展があったのか確認するのである。


「お邪魔しまーす」


 ノックをしてから生徒会室に足を踏み入れると、部屋の中にいた蒼井は顔を上げ、そして一瞬固まったような気がした。


「おはよう、千歳君。こんな朝からどうしたのかしら?」


 気のせいだろうか。心なしか蒼井が緊張している気がする。


「この間蒼井の家で相談させてもらった件なんだけど、なにか分かったことってあった?」

「……っ。ない……わね」


 それ絶対あるやつじゃん。


 こんなあからさまにある「ない」も珍しい。しかし、どうしたものか。

 ない、と言うからには蒼井としてはなにかあったものの隠したいと思っているのだろう。

 そこに俺は踏み込むべきか否か。


 いや、答えなどはなから決まっていた。


「あるだろ」

「……っ!」

「悪いけど、今回の一件はのんびり待ってられないんだ。頼む、分かったことが少しでもあるなら教えてくれ」


 深く頭を下げる。


 俺と黄島の間にあった出来事を俺は純粋に知りたい。それを知ったことで俺がどうなるか分からないが、知らなくてはならない。

 何故だかそんな気がした。


 クールだが根は優しい蒼井のことだ。誠意を見せればきっと頷いてくれる。


「……ダメよ」


 だが、俺の想像以上に蒼井の意思は固かった。


「これだけは、まだ確定した事実ではないとしてもこのことだけは千歳君は絶対に知らない方がいい」

「それって……」


 どういうことだ。

 そう俺が問いかけるよりも早く蒼井は俺の横を通り抜け、逃げるように生徒会室を後にした。


「……まじで?」


 どうやらこの件は俺が思っている以上に面倒で闇が深い話……なのかもしれない。


「せーんぱい」


 蒼井が去った後、一人で佇んでいると背後から聞き覚えのある声がした。

 

「なんだ、小圷か」

「なんだとはなんですかー? 好きな人から見向きもされない先輩に優しく声をかけるいじらしい後輩に酷いですねー」


 振り返った先にいたのは一つ下の後輩である小圷ミドリだった。

 小悪魔のような俺を小馬鹿にした笑みを浮かべつつ、小圷は俺の方に寄ってくる。

 そして、ずいっと顔を寄せてきた。

 反射的に身体をのけぞらすと、小圷は不満げに頬を膨らませる。


「む、先輩のくせに避けるとは生意気ですねー」

「そりゃ、避けるだろ。お前は啓二が好きなんじゃないのかよ」


 何気なしに問いかけると、小圷は珍しく悲しげに視線を落とした。

 それから、顔を上げると眉を八の字にし、


「フラれちゃいました」


 と言った。


「そうか」


 分かりきっていたことだ。

 啓二が好きな女性はたった一人で、小圷ミドリはその相手ではない。

 全て最初から分かっていたこと。


「でも、いいんです。だって、ミドリの傍にはずっとミドリのことを見守って応援してくれてた先輩がいたって気付けたから」


 そう言うと、小圷は一歩俺に近寄る。


「ねえ、先輩。メスぶ……桃美祢先輩じゃなきゃダメですか? ミドリじゃ、先輩の一番にはなれませんか?」


 上目遣いで小圷は俺の頬に手を伸ばす。

 その表情はまるで叶わぬ恋に手を伸ばす純粋な少女のものだった。


「嘘つけ」


 だが、俺はその手をぺちんとはたいた。


「いくら俺でも流石にその嘘は分かる」

「ちっ。失恋中の先輩なら余裕かと思ったんですけどねー」


 さっきまでの表情が嘘かのように小圷は唾を吐き捨てると、生徒会室の椅子にドカッと身体を預ける。


 相変わらず裏表の激しい女だ。

 いっちゃ悪いが啓二はこいつをフッて正解だったと思う。


「全く、そんなくだらない嘘つきに俺に会いに来たのかよ?」

「違いますよー。ミドリは嘘つきで怪しい先輩に囲まれてお困りの春陽先輩に救いの手を差し出しに来てだけですよー」


 にやりとした笑みを浮かべつつ、小圷は席を立ちゆっくりと俺の前を通過して生徒会室の出口へと向かう。


 まるで私は何かを知っていると言わんばかりの口ぶり。

 そして、「きになるだろ? 聞きにこいよ」と言わんばかりのゆったりした動き。


「いや、嘘つきで不気味なのはお前だろ」

「むっ!! いくら優しいミドリでも怒っちゃいますよ!」


 頬を膨らませ怒ってますと言わんばかりの表情をみせる小圷。

 あざとい。そして胡散臭い。


 ぶっちゃけ小圷を信用することは出来ないが、こいつが意味なく嘘をつくとも思えない。

 つまり、小圷が俺を救いに来たというのは全てが嘘というわけではないのだろう。ただし、それが俺にとっての救いかどうかは不明だが。


「お前はなにか知ってるのか?」


 俺の問いかけに対し、待ってましたと言わんばかりに小圷は足を止め半身になりつつ、唇に人差し指を当てた。


「知ってますよぉ。生徒会長さんが先輩にわざと隠していることもミドリはお見通しです」


 なぜそんなことを知っているのか。

 益々小圷が怪しくなるが、そんなことはどうでもいい。


「蒼井が隠していることを教えてくれるのか?」

「いいですよー。ただし、先輩が私の言うことを聞いてくれるなら、ですけどね」

「じゃあ、この話は無しだ」


 小圷がなにかを知っているなら聞きたかったが、こいつの言うことを聞く必要があるなら話は別だ。

 花恋を敵視しているこいつの言うことを聞くと安易に言ってしまえな、それこそ花恋を傷つけることになりかねない。

 それだけは許容できるはずもない。


 それに、俺は蒼井ならきっといつか自分の口で伝えてくれると思っている。


 話は終わり。

 つまらなさそうな表情の小圷の横を通り抜け、生徒会室を後にする。


「相変わらずバカですねー。先輩が今大事にしている人間関係なんてほんのちょっとのことで全て壊れますよ。壊せるだけの爆弾を先輩が抱えている限りはね」


 背中にかけられる小圷の声はなぜか楽し気で不気味だった。

ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ほんと更新してくればいつでもみます!新しい作品も待ってます!
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