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選ばれなかった俺が彼女を諦めるまで  作者: わだち
第二章 蒼井千冬
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近づいていく

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 春陽が黄島家へ訪問している頃、蒼井千冬は春陽の幼馴染である美藤啓二を生徒会室に呼び出していた。


 啓二と千冬は花恋という共通の友人がいるものの、二人きりで話すことは実は少ない。

 啓二もそれを理解しているからこそ、表情はどこか固い。

 しかし、それと同時に美少女と呼ぶに相応しい千冬に「二人きりで話がしたい」と言われたこともあり啓二の表情にはわずかな期待も見え隠れしていた。


「美藤くん、急に呼び出してごめんなさい」

「う、ううん。別にいいよ。特に用事も無かったしね」

「そう? 花恋と二人で帰る約束をしていたんじゃないの?」

「花恋ちゃんならいつも帰ってるし、平気だよ」


 だから気にしないで、と笑顔を見せる啓二。

 その裏には千冬を安心させようという意図があるのだろうが、今の千冬には逆効果だった。


(いつでも帰れる……。それを強く望んでも叶わない人がいるのに、美藤くんにとってはもはや当たり前のこと。皮肉なものね……好きな人の横にいられるありがたさを本当に理解している人が好きな人の横にいないなんてね)


 千冬は千歳春陽のことを応援している。

 だからこそ、啓二の悪気ない一言でもついつい考えてしまう。

 千歳春陽なら、少なくとももっと違った言葉を選ぶだろう。少なくとも、いつも一緒だから平気だなんて甘えた考えは抱かない。


 とはいえ、それを表面に出すほど千冬は子どもではない。それに、千冬は知っている。自身の親友でもある花恋なら今も美藤啓二のことを待っていることを。

 ならば、千冬に出来ることはこの話を素早く終わらせて必要な情報を得ることだ。


「そう。なら早速本題に入りましょう」

「う、うん」

「美藤くん、アマツキと初めて出会った日のことを覚えている?」

「え……? ア、アマツキとの出会い?」


 予想外の質問に啓二は狼狽える。

 それから周囲を見渡す。アマツキの存在は一般人には知られない方がいいことだ。誰が聞いているかも分からない高校で話すようなことではない。


「大丈夫よ。この時間にこの辺りを通る生徒はいないわ」


 啓二の不安に応えるように千冬はそう言った。

 そして、再び催促する。


「だから、教えて。いえ、教えてください。お願いします」


 頭を下げた千冬に啓二は再び狼狽える。たかだかアマツキとの出会いについて聞くために千冬がそこまで必死になる理由が啓二には分からない。


「あ、蒼井さん、頭を上げてよ。そんなことしなくても話すよ」

「本当?」

「うん。えっと……あれは僕と花恋ちゃんが高校に入学する前のことだったかな」


 そして、啓二は語り出す。

 全ての始まりの日のことを。


***


 啓二、花恋、春陽の三人は幼馴染として毎日のように一緒に過ごしていた。

 だが、中学を卒業した3月のある日、啓二は花恋を誘い二人きりで出かけた。


 既に花恋に対する淡い恋心を抱いていた啓二にとっては恋のライバルたる春陽もおらず、花恋と距離を縮めるには絶好の機会だった。

 事実、この日啓二は花恋に告白することも考えていた。


 二人で映画を見て、カフェに入ってゆっくりと話す。

 そんなありきたりなデートをした。


 告白するチャンスはあった。だが、臆病だった啓二には幼馴染という貴重な関係性を壊すリスクを背負ってまで花恋に告白する勇気は無かった。


 告白する度胸すらない自らの臆病さに嫌気がさしたそのときだった。

 啓二と花恋を包み込むように世界が暗くなり、恐ろしい姿の化け物が二人の前に現れた。


(な、なんだよこいつ……に、逃げなきゃ!)


 化け物を前にした啓二の選択は逃亡だった。花恋の手を取り、走り出そうとした。

 しかし、化け物は逃がさないと言わんばかりに啓二たちの行く手を阻み、その腕を啓二に伸ばした。


「啓二! 下がって!」

「……っ!?」


 絶体絶命の危機に啓二は助けを求め、目を閉じる。そして花恋は啓二を守るように前に出た。

 とはいえ、所詮はただの十代の子ども。奇跡でも起きない限り、二人が怪物を退けることなど出来るはずもなかった。


 しかし、その奇跡は起こった。


 花恋の細い腕か怪物の強力な一撃を受け止めたのだ。


「え……?」

「な、なんで?」


 啓二はもちろん受け止めた花恋でさえ困惑する中、二人の前に白い羽をつけた小さなナニカが近づいてくる。


「ふぅ、間に合った。遅くなってすまなかったね。救いにきたよ、ボクらの天子」


 それがアマツキと啓二たちの出会いだった。


***


「それからは花恋だけじゃなくて蒼井さんや黄島さんも天子として一緒に戦うようになったから知ってるよね? 一応、これが僕らとアマツキの出会いだよ」


 啓二の話を聞いた千冬は少し考えるような仕草を見せてから、顔を上げ啓二に問いかける。


「美藤くん、アマツキは何者なの?」

「な、何者って蒼井さんも知ってるでしょ? アマツキは天使だよ」

「ええ、それは知ってるわ」


 啓二の言葉に蒼井は同意を示す。

 この世界には千冬たち人間が暮らす人間界の他に、己の欲望のままに生きる鬼魔と呼ばれるものたちが暮らす魔界と、アマツキのような天使と呼ばれるものたちが暮らす天界が存在する。


 そして、アマツキたち天使はそれら三つの世界の均衡を保つことを重要視しており、人間界に侵攻する鬼魔を止めようとしている。


 アマツキが人間に力を貸す理由について、千冬はそう聞いていた。

 だが、先ほど啓二の話を聞いた千冬はとある疑問を抱いた。


「質問を変えるわね。天子……アマツキは美藤くんと花恋の前に初めて姿を現したときに『僕らの天子』とそう言ったのよね?」

「え……? た、たぶん……?」


 自信なさげに啓二は応える。

 啓二からしても、アマツキとの出会いは一年以上前のことだ。アマツキの発言まではっきりと憶えていないことにも無理は無かった。


「アマツキが言っていた天子というのは、誰のことなの?」


 はっきりとしない啓二に対して千冬はストレートに問いかける。

 

「それは花恋のことじゃないかな。特別な力を与えられたのは花恋だしね」


 自信があるのか、先ほどとは違い啓二はあっさりと答えを返した。


「なら、私と黄島さんは?」

「え?」

「アマツキから力を与えられたのは花恋だけじゃないわ。でも、私たちは天子とアマツキに言われたことは一度もない。なら、本当に特別な存在は花恋なのかしら?」


 なにかを探るような視線に啓二は僅かにたじろぐ。

 

「それって……」


 どういうことか。そう問いかけようとしたところで、啓二は目を見開き固まった。

 啓二の異変を察知した千冬は咄嗟に振り返る。

 そこにいたのは窓の外からジッと二人を見つめるアマツキだった。


 千冬とアマツキの視線がぶつかる。すると、アマツキはいつも千冬や啓二に見せるような笑顔を浮かべながらコンコンと窓をノックした。


 千冬にとっては春陽の敵かもしれないアマツキの登場は歓迎できるものではない。しかし、ここでアマツキの存在を無視すればアマツキから余計な疑いを向けられかねない。

 千冬に出来ることはアマツキに先ほどの話が聞かれていないことを願いながら窓を開け、アマツキを迎え入れることだけだった。


「千冬と啓二が二人きりで話って珍しいね。どうかしたのかい?」


 部屋に入るや否や、挨拶代わりにアマツキは啓二に向けて問いかける。


「あ、えっと……」

「花恋のことについて話していたの」

「ボクは啓二に聞いているんだけどねぇ」


 千冬の言葉にアマツキは一瞬だけ千冬を睨みつける。

 だが、それはほんの一瞬のことで直ぐにまた笑顔を浮かべ啓二に話しかける。


「啓二、花恋が待っているよ。話が終わったなら早めに行きなよ」

「え? そうなの? でも……」


 チラリと啓二は千冬に視線を向ける。

 話はまだ途中だが、千冬はアマツキの前でこれ以上啓二と話をする気は無かった。


「美藤くん、今日はありがとう。続きはまた後日にしましょう」

「う、うん。蒼井さんがそれでいいなら……じゃあ、僕はもう行くね」


 千冬の言葉を受けて、啓二は生徒会室を後にする。

 だが、啓二が去った後もアマツキは生徒会室に残っていた。


「そういえば千冬は千歳春陽のことが好きなんだっけ?」


 不意にアマツキは千冬にそう問いかけた。


「……何の話かしら?」


 アマツキの口から千歳春陽の名前が出たことに驚きつつも、努めて冷静に千冬は言葉を返す。


「否定はしないんだね」

「あまりにも突拍子のない話で理解が追いついていないだけよ。今まであなたの口から千歳くんの名前が出ることなんて無かったのに、どうして急に千歳くんの名前が出てくるのかしら?」

「ボクと親しい関係の人と少なからず関係がある人間に興味を持つことが不思議だと?」

「ええ、不思議よ。今になってそこを聞いてくることはとても不思議。まるで千歳くん関係で何かがあったと言われているみたいだわ」

「……やっぱり千冬は賢いね。君には無駄な駆け引きなんて必要ないみたいだし、単刀直入に言うことにするよ」


 アマツキの表情が真剣なものへと変わる。


 アマツキにどんなことを言われようと千冬は千歳春陽の味方でいるつもりだった。

 それが、千歳春陽の友人である蒼井千冬の正しい行動だと信じているからだ。だが、アマツキの言葉を聞いて、ようやく千冬は思い知る。


「彼は鬼魔だ。つまり、ボクらの敵だ」


 自分は千歳春陽のことを何も知らないのだ、と。

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