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選ばれなかった俺が彼女を諦めるまで  作者: わだち
第二章 蒼井千冬
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小圷ミドリ

ブックマーク、評価などありがとうございます!

「やーっと見つけました! 久しぶりですね! 春陽先輩!」

「……もしかして、小圷(こあく)か?」

「はい!」


 はにかみながら俺の腕に抱き着いてくる小圷。

 彼女は中学時代の俺たちの後輩だ。

 だが、中学の途中で転校してこの街から離れていったはずだ。


「お前、戻って来たのか?」

「はい! 今日から転入してきたんですよー。ところで、啓二先輩はどこですか? 二年生の教室探してもいなかったんですよー」

「まだ啓二のこと諦めてないのかよ」

「勿論です! 啓二先輩はミドリの運命の人ですから!」


 ふんす! と胸を張る小圷に冷ややかな視線を送る。

 俺が知るままの小圷ならこいつは見た目ほど可愛らしい奴ではない。


「小圷、ちょっと場所変えようぜ。久しぶりだしな」

「え? まさか告白ですか? 遠慮します」

「ちげーよ」


 机の上に広げていたノートや筆記用具を鞄に詰め、図書委員に一礼してから小圷を連れて図書室を後にする。

 途中、自動販売機で飲み物を買ってから中庭に俺たちは向かった。


「ほら、再会祝いだ」

「わー、ありがとうございまーす」


 適当なお礼を言う小圷と並んでベンチに座る。

 空にはカラスが数羽飛んでおり、影もかなり長く伸び始めていた。


「ところで、こんなところに呼び出してどうしたんですか? ミドリは早く啓二先輩に会いたいんですけど」

「啓二ならもう花恋と一緒に帰ったぞ」

「なっ!? なにしてるんですか! あのメス豚は春陽先輩がメロメロにする約束でしょ!」


 頬を膨らませて俺を睨みつける小圷。

 流石、大勢の男たちを誑かしてきただけはある。

 

「おい、花恋をメス豚って言うな」

「そんなことより、春陽先輩は何してるんですか? 桃峰先輩と啓二先輩をくっつけさせるつもりですか?」


 俺にとってはそんなことではないのだが、小圷にとっては花恋をどう呼ぶかはどうでもいいらしい。

 寧ろ、花恋と啓二のことが気になっているようだ。


「別にくっつけさせるつもりはないけど、花恋が誰と一緒にいるかは花恋の自由だし、啓二にしてもそうだろうよ」

「なら、春陽先輩が花恋先輩に付きまとうのも春陽先輩の自由じゃないですか。ミドリが聞いてるのはそこです。なんで、最優先が花恋先輩じゃなくなってるんですか?」


 責めるような目つきで俺を睨みつける小圷。

 小圷の言葉に俺は何も言い返せなかった。


「はぁ。ミドリがいない間に先輩はすっかり腑抜けてしまったみたいですね。やっぱり先輩にはミドリが必要みたいですね」


 そう言うと、小圷はベンチから立ち上がり俺に手を差し出す。


「この手はなんだ?」

「何って、協力関係を築こうって誘いですよ。先輩も知ってるでしょ? 中学時代のミドリの別名」


 よーく知っている。

 小圷ミドリ。どこか小悪魔的な魅力を秘めたこの後輩は、中学時代『恋愛マスター』と呼ばれていた。

 数多くの恋に悩む男子が小圷ミドリの強力の下、恋を実らせたという。

 これだけなら小圷は恋に悩む男子たちの味方のように見えるだろう。だが、小圷が力を貸した男子たちには例外なく共通点が存在する。


「中学の頃も言ったけど、俺はお前には協力しない。俺は略奪愛には興味無いんだよ」

「言い方が悪いですねぇ。ミドリはただ気になった男子にアタックしただけですよ」

「彼女持ちにまで仕掛けるのはどうかと思うって言ってるんだよ」

「恋は戦争、奪われる側が悪くないですかぁ?」


 ちっとも悪びれない小圷。

 そう、小圷は彼女持ちの男を誘惑したり、両片思いの男女の男の方を誘惑したりすることで、いい感じだった男女の関係を破綻させるのだ。

 そして、好きな人に捨てられ消沈している女側に小圷の協力者が声をかけるまでがワンセットだ。


 好きな人に彼氏がいる、もしくは好きな人に好きな人がいるなんてことはしょっちゅうある。

 小圷はそんな現実に打ちひしがれている男子に声をかけ、その男子が惚れている女性の思い人を略奪することを生業にしていた。


「お前の悪いところは誘惑した男子を後からあっさり捨てることだろ。お前と協力することで花恋と結ばれるなら、それは嬉しいっちゃ嬉しい。でも、そのせいで啓二が傷つくのは嫌だね」

「安心してください、啓二先輩はミドリが可愛がりますから」

「信用できないんだよ」

「もー、頭でっかちですね。人の心なんて遅かれ早かれ変わりゆくものなんですよ。ミドリの誘惑で啓二先輩が靡くならその程度の思いだったってことでしょ」

「バカ言え。誰だって美形に迫られたら動揺する。自分を甘やかしてくれる人に出会ったら多少は心が揺れる。たまに食う外食が特別に感じられるのと一緒だ」

「でも、それで毎日料理してくれる人への感謝を忘れて外食がいいって言うのは、その人の自由じゃないですかぁ?」


 小圷の返答に思わず言葉が詰まる。


 悔しいが少しだけ確かにと思う自分もいる。一時の感情に流された方が幸せだという人もいる。

 皆が皆、毎日の小さな幸せで満足できるわけではないのだ。


「それに、仮に先輩がメスぶ――桃峰先輩と付き合ってたら、ミドリが誘惑しても靡きませんよね?」

「当たり前だろ。花恋の方が心身共に美しいからな」


 見た目に関しては小圷も可愛いが、美しさでは花恋が上を行く。

 

「……ハッキリ言われるとムカつきますね。まあ、それはいいです。とにかく、ミドリが言いたいのは女として先輩みたいに愛してくれる人と結ばれた方が桃峰先輩も幸せだと思うんですよー。ミドリは啓二先輩と結ばれてハッピー、先輩は桃峰先輩と結ばれてハッピー、桃峰先輩は先輩にたくさん愛されてハッピー。ほら、ミドリの提案ってちょーお得じゃないですか?」


 む。

 そう言われるとそんな気がしなくもない。

 いやいや、騙されるな。いい雰囲気のことを言ってるが小圷がやろうとしてるのは立派な略奪愛だ。

 でも、花恋と啓二はまだ付き合ってないわけだし、言うほど悪いことでもないのか……?


「……いや、やっぱり協力はしない!」


 悩みに悩んだ末に俺は小圷にはっきり告げた。

 俺の返答に小圷は不満げだが、これでいいはずだ。少なくとも俺の精神衛生上こっちの方がいい。


「やっぱり花恋と結ばれるなら正々堂々といきたい」

「そんな考え方で欲しいものを手に出来るほど先輩は大層な人間じゃないと思いますけど……まあ、いいです。気が変わったら連絡お願いしまーす」


 そう言うと小圷は俺に連絡先が記された紙を放り投げてから立ち去って行った。


「あ、こんにちはー! ミドリ転入生で、迷っちゃったんですけど、案内してくれませんかぁ?」

「えっえっ……えっ」


 立ち去って直ぐにその辺を歩いている男子生徒を引っかける姿は逆に凄いと思う。

 相変わらずの後輩を横目に、俺も中庭を後にした。


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