曇る
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「くそ……好き放題言ってから帰りやがって。こっちはまだ混乱してるっていうのに……」
口を尖らせながら秋子は家への道を歩く。
春陽の言葉は見事に秋子にクリーンヒットし、秋子の頭の中は未だにこんがらがっていた。
ただ、分かることとしては春陽の中で心境の変化が起きているということ。
「とにかく、あたしがやることは変わらないよな」
そう呟くと、秋子はスマホを取り出し、とある人物へと電話をかける。
コール音が何度か繰り返された後、スマホから『もしもし』とどこか警戒した様子の声が秋子の耳に響く。
「悪いけど、用件だけ話させてもらう。よく聞けよ、蒼井」
電話先の相手は秋子と同じ使命を背負った少女にして、千歳春陽とも親しい蒼井千冬だった。
***
「やってくれたね」
その日の晩。
秋子の部屋に、どこからともなく一体の手のひらサイズの小人が姿を現した。その背中には翼が映えており、頭上には光り輝く輪が付いている。
「アマツキか」
「本当、よくもまあやってくれたね。僕は秋子のことを信じていたのに、酷い裏切りにあった気分だよ」
深いため息をつき、やれやれと首を横に振るアマツキ。
その姿を見ながら秋子は思ったより早かったなと思った。
「そうか。それは悪かったな。でも、あたしはアマツキのやってることが正しいとは思わない。それだけだ」
「一端の小娘が正義の味方気取りかい? 何も知らないくせに笑わせてくれるね」
「罪もない人間を嬉々として犠牲にする奴が正義だとも思わないけどな。それに、何も知らないって言うならアマツキの知ってることを教えてくれればいいだろ?」
アマツキが秋子の行動を鼻で笑えば、秋子も負けじと言い返す。
すっかり自分に噛みついてくるようになった秋子にアマツキは顔をしかめ、舌打ちをした。
「これだから人間のガキは嫌いだ。大した力なんてないくせに、何だって出来る気でいる。直ぐに調子に乗る。大人しく僕らと天子に従っておけばいいものを」
「確かにあたしらはガキだが、能無しじゃない。考える頭がある、心がある。何も知らないからって好き勝手操っていいわけじゃない。まあ、あたしがそれを理解したのもつい最近だけどな」
「千歳春陽の受け売りってわけだ。残念だよ、秋子。君の記憶をいじることになるのはね」
アマツキがそう言うと同時に、秋子とアマツキの周りに真っ白なドーム状の空間が出来上がる。
それは黒沼美弥が生み出したものによく似ていた。
鬼魔が操るダークフィールドに対して、天精霊が操るこの空間の名はライトフィールド。
この空間内では天精霊の力が遺憾なく発揮される。
「そう簡単にやらせてたまるかよ。天身!」
アマツキに抵抗するべく、秋子は姿を変える。
輝く黄金のポニーテールに背中からは羽。ただ、これまでとは違い手の中の槍は青白い雷光を最初から纏っていた。
姿を変えた秋子の姿を見て、アマツキは失望したように秋子を嘲笑う。
「秋子、君は賢い方だと思っていたがそれは僕の勘違いだったみたいだ」
「なに?」
「君にその力を授けたのは僕らだ。それは君の力じゃない」
「……ッ!? 身体が、動かない……?」
アマツキが手をかざすと、見えない糸に縛られているかのように秋子の身体が動かなくなる。
必死に身体を動かそうともがく秋子だったが、指先さえピクリとも動かない。そんな秋子にアマツキはゆっくりと近づき秋子の額に手を添える。
「さようなら、穢れてしまった秋子。次に目覚める時、君は千歳春陽のことを忘れているだろう」
アマツキの言葉と供に秋子の頭の中が緩やかに白く染まっていく。
今日の出来事。
千歳春陽家族について知ったこと。
千歳春陽に弟を助けてもらったこと。
二人でチームを組んだこと。
…………。
(いや……だ……春陽………ッ!!)
千歳春陽と秋子の記憶が全て消える。
その直前で、秋子の手にしていた槍が秋子を守る様に雷を秋子の身体に纏わせる。
「……ッ! バカな……これは、ボクらの力じゃない……。まさか、千歳春陽か?」
雷に弾かれた右手をさすりながらアマツキが憎々しげに秋子の周りを包む雷を睨みつける。
アマツキたちを拒絶する力。
その力をアマツキはよく知っている。
「ちっ。まあいいよ。千歳春陽の存在を忘れさせることは出来なかったけど、ここ数日の千歳春陽との出来事は忘れさせた」
そう言うと、アマツキはライトフィールドを解いた。
それと同時に力なく秋子は自身の部屋の布団の上に倒れ伏した。
「無駄な抵抗を……。まあいい。後は千歳春陽のところへ行かないとね。それで元通りだ。全てはボクらとボクらの天子のために」
その言葉を残し、アマツキは姿を消した。
夜空に浮かぶ月には半分雲がかかっていた。
***
とあるボロアパートの一室。
六畳一間の部屋の隅で布団の上に寝転び寝息を立てる春陽の額の上にアマツキはいた。
険しい顔つきのアマツキの手からは淡い光が出ているが春陽が目覚める様子はない。
「……目覚めかけってところだね。さっきの秋子で力を使い過ぎた。これじゃ碌な洗脳も施せないね」
アマツキは憎々し気にそう呟くと、春陽の額から手を放す。それと共に淡い光も消えていった。
「仕方ない。最低限、花恋への思いを諦めさせれば十分かな。全く持って厄介な奴だよ、千歳春陽」
アマツキはそう呟くと、今も目を覚まさない春陽に背を向ける。
窓から外へ出ようとするアマツキの目に、一冊のノートが止まった。机の上に一冊だけ置かれたノート。
表紙には何も書いていない。
何気なくアマツキはそのノートを手に取り、開いた。
『体育祭の準備を手伝ってくれそうな人
たなか
たじま
みかみ
のむら
しむら
たべ
』
そういえば、啓二と花恋も千冬の手伝いで体育祭の準備に関わっていたな。
アマツキはそんなことを考えながらノートを閉じた。
そして、ノートを机の上に置き、今度こそ窓から出て行った。
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