春陽と秋子
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黄島が黒沼先輩を倒した後、真っ白な空間は消え、いつもの喫茶店の光景が戻った。黄島の姿も私服に戻っていた。
俺と黄島は喫茶店を後にし、二人で帰り道を歩いていた。
「なんか最後に不穏なこと言われたな」
「そうだな」
黒沼先輩が消える直前に残した言葉。
その言葉が俺の頭の片隅にこびりついて離れない。
「もしも、黄島の言ってたアマツキってやつの言う通り、俺がこの世界を、黄島の大切なもんを守るために邪魔になる時が来たら、その時は遠慮なく俺を見捨ててくれ」
俺は自分のことを価値のある人間だとは思っていない。
少なくとも、俺のせいで心に癒えることのない深い傷を負った女性がいることを俺は誰より理解している。
世界を守るってことは、俺の大切な人を守るということでもある。
それらを犠牲にしてまで幸せになろうとは思わない。
「あほか」
だが、黄島はそんな俺にジト目を向け、そう言った。
「千――春陽は大事な存在だって言ったろ。あたしは絶対に見捨てないからな」
「黄島……」
黄島の言葉に感動しながら、俺は一つ決心した。
もしも、その時が来たら黄島には悪いが自らの手で終わりにしよう。
「てか、あたしのこと名前で呼ばねーのかよ」
決意を固めたところで、黄島がそう言ってきた。
そういえば、さっきから黄島は俺のことを名前で呼ぶようになっていた。
黄島に名前を呼ばれることは未だ花恋ですら成し遂げていない偉業である。
「え? 呼んでいいのか?」
「いいも何も、春陽の方が先に言ったじゃねーか」
ああ、確かに。
なんか戦闘中に勢いで言った気がする。
何はともあれ、呼ばないのかと聞いて来たということは呼んでもいいということだろう。
「じゃあ、これからは名前で呼ばせてもらうな。よろしく、秋子」
「ああ」
返事を返す秋子の口元はほんの少しだけ緩んでいた気がした。
この表情が見えただけでよかった。
心からそう思う。
「そういや、俺が女の子を名前呼びするの花恋意外だったら初めてかもな」
「どんだけ桃峰のこと好きなんだよ。はぁ、これじゃ桃峰を諦めるなんて当分先……いや、もう諦めなくていいんだったな」
「ああ、そうだっけ?」
「ああ。だけど、出来たら少し待ってて欲しい。アマツキの真意を探りたい」
「あー、確かに」
「なんか反応薄いな。……やっぱり我慢するのも嫌だよな?」
「ああ、いやそうじゃなくてな」
本来ならここで、「花恋を諦めなくて済む! やったー!!」と喜ぶべきなのだろう。
勿論、そういう気持ちはある。
だけど、なんか物寂しさも感じる。
「ちなみに、俺と秋子のチームはどうなるんだ?」
「……解散、だろうな。まあ、春陽が桃峰を諦めるって目的のためだったしな。その目的はもうない。春陽もあたしより桃峰と過ごせる時間が増えた方が嬉しいだろ?」
「それがそうでもないんだよ」
「え?」
そう。そこだ。
秋子と過ごす時間が多かったここ数日が俺には楽しかった。
花恋と過ごしていなくても寂しくなかったのは紛れもなく秋子のおかげだ。
「もしかしたら俺、花恋を諦めることが出来るかもしれない……」
「は!? な、なにいってんだ! 春陽は桃峰のことを愛してるんだろ? あたしの為に嘘ついてるならやめろよ。あたしは春陽が一番幸せになれる選択をして欲しいんだ」
「だから、俺が一番幸せな選択を考えた時に花恋を諦めることが出来るかもしれないって話だよ」
「ほ、本気かよ……」
秋子も驚いているが、俺が一番驚いている。
花恋一色だった俺の頭に、まさか割って入って来る女性がいるとは思わなかった。
「いや、でもまだ花恋の方が優勢かも……」
「な、なんだよ……」
秋子がため息をつく。
何だその反応は。まさか、秋子は俺のことが好きなのか?
まあ、それは一先ず置いといて、秋子には聞きたいことがある。
「啓二と花恋、もしかしたら蒼井も今回の件に関わってんのか?」
「ああ」
「そっか、そっかぁ……」
正直に言うと、結構ショックだった。
秋子の件に花恋が関わっているのだとしたら、遠回しに俺はフラれているということになるんじゃないかと思ったから。
「勘違いすんなよ。春陽の思考を歪めようとしてたのはあたしとアマツキって奴だけだ。桃峰も蒼井も美藤もあたしが春陽にしたことは知らない。あいつらは純粋に鬼魔って奴らと戦ってるだけだよ」
落ち込む俺に秋子がそう告げる。
「そうなのか?」
「ああ。だから、花恋たちは責めないでやって欲しい。あいつらは春陽を巻き込みたくなかっただけだと思うから」
「分かってるよ。親しい仲でも秘密の一つや二つはあるもんだ。打ち明けられても俺は自分の無力を呪うことしか出来ないしな」
秋子の言葉で納得は出来た。
何はともあれ、花恋や啓二、蒼井が俺の洗脳に関わっていないなら一安心だ。
それにしても、話を聞いているとアマツキという存在が分からなくなってくる。そいつには何が見えているのだろうか。
「なあ、秋子。そのアマツキって奴の狙いは何なんだ?」
「鬼魔による人間界の支配を阻止することだって言ってた。だけど、それ以上をアマツキは語らない。ヒントがあるとすれば天子って言葉だな」
「天使? それって、天国にいるとかそういうのか?」
「微妙に違う。アマツキが言う天子は天の子って書いて天子だ。あいつらは天子のことをやけに大事にしている節があった――」
そこで秋子が突然黙り込む。
そして、真剣な表情で口に手を当て考え込み始めた。
「秋子?」
「――分かったかもしれない」
「え? 何が?」
「いや、まだ確証は得られていない。でも、もしかしたら全て解決出来るかもしれない」
「だから何が?」
「天子の正体だ」
「それが分かるといいことあるのか?」
「あたしの勘が正しければ天子を説得出来れば春陽の問題は解決するはずだ」
「おー!」
俺には何が何だかさっぱりだが、秋子は俺よりそちら側の事情に詳しい。
これまでの情報から一つの仮説に辿り着いたようだ。
「とりあえず、あたしは勘が正しいか確認するために動くことにする。警戒したいのはアマツキの動きだ。いざとなったら蒼井千冬を頼れ」
「蒼井を?」
「ああ。間違いなく春陽の力になってくれるはずだ」
「まあ、連絡先も交換してるしな。でも、花恋や啓二でもいいんじゃねえの?」
寧ろ花恋や啓二から頼るのが自然ではないだろうか。
それにも関わらず蒼井の名前を出す。裏に隠された意味を考えずにはいられなかった。
「それもありだが、アマツキには洗脳できるだけの力があることを考慮した方がいい。その点、蒼井は春陽と花恋の恋を応援してたろ?」
「あー、なるほど。あの行動はアマツキって奴の方針に逆らってるもんな」
「そうだ。蒼井はほぼ確実にアマツキからの干渉を受けてない」
「心強い味方になるってわけだ!」
「ああ、多分な」
逆に言えば、秋子は啓二と花恋の二人を信用しきってはいないということだろう。
まあ、自分がアマツキに干渉を受けてたわけだし他を疑うのも仕方ないか。
だけど、あまり想像したくはないな。花恋と啓二がアマツキの考えを知っていて、俺の気持ちを蔑ろにしようとしてるってことは。
「まあ、何にしても俺は俺の方で色々と頑張るよ。今回の一件でちゃんと考えなきゃいけないってことも分かったしな」
「それは、桃峰を諦めるかもって話か?」
「それもあるな。まあ、秋子と一緒だよ。もう一回選び直したいんだ」
花恋を愛している。間違いなく。
でも、それは花恋ばかり見てきた中で俺が辿り着いた一つの答えに過ぎない。
花恋以外にもこの世界にはたくさんの人がいる。
それこそ、花恋よりも好きになれる人に出会えることだってある。それを今更になって理解した。
まあ、その人と結ばれるかは別の話だけど。
「そうか。春陽がそうしたいなら、あたしは応援する」
「ありがとな」
そのまま二人で並んで暫く歩く。
別れ際になって、秋子が俺に手を振る。
「じゃあ、またな」
「ああ。……なあ」
背を向ける秋子を呼び止める。
迷ったけど、言いたくても言えない時が来るかもしれない。だから、伝えたい言葉は伝えられる時に言うべきだと思った。
振り返ってこちらを見る秋子の目を見つめる。
「俺にとっても、秋子は大事な人だ」
それだけ告げて背を向ける。
これ、意外と言う側も恥ずかしいな。
あいつ、よくこんなこと真剣な表情で言えたな。まあ、それだけ俺のことに必死になってくれてたって証拠か。
顔が熱くなるのを感じながら、俺は家までの道をのんびりと歩いて帰った。
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