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選ばれなかった俺が彼女を諦めるまで  作者: わだち
第一章 黄島秋子
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千歳春陽と黄島秋子

ブックマーク、評価などありがとうございます!

 千歳春陽にとって黄島秋子とはどういう存在か。


 人形のような姿になって分裂するという不思議な体験をしながら、俺はその問いに向き合っていた。

 黒沼先輩と黄島によって次々と明かされる衝撃の事実。

 その事実一つ一つに、少なくないショックを受け、黄島に対して猜疑心を抱いてしまう。


 黄島は俺の花恋と結ばれたいという思いの邪魔をし続けていた。

 黄島にとって、俺はどうでもいい存在。

 俺の願いを叶えるためには、黄島は邪魔だ。


 花恋と結ばれることをまだ諦めきれていない俺の心の奥底に眠る薄暗い欲望が叫ぶ。

 黄島明子は敵だ、と。


 だって、黄島がいなければ俺は花恋を諦めなくてよかったのだ。

 黄島の話が正しければ、俺が花恋と啓二がお似合いだと思うことも洗脳されているからということになる。


 そりゃ、黄島にだって事情があることは理解している。だけど、人の思いを何だと思っているんだ。

 許せるわけがない。許していいはずがない。


 なら、黄島秋子は俺にとって――。


『千歳春陽はあたしにとって大事な人なんだ。だから、もう一度あたしにチャンスをくれないか……?』


 黄島の懇願が俺の胸に響く。

 何と都合のいい言葉だろう。そんな甘言に俺が騙されるとでも思っているのだろうか。


 どれだけ黄島が心を入れ替えようとも、黄島が俺の思いを踏み躙ってきたことは紛れもない事実だ。

 だから、黄島秋子は俺にとって敵でしかない。


 それで本当にいいんだろうか。


 頭にここ数日の黄島との出来事が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返す。

 悩める黄島。照れる黄島。不安げな黄島。微笑む黄島。真剣な表情の黄島。

 ここ数日だけでも俺が知らなかった色々な表情の黄島秋子を見てきた。

 俺が落ち込んでいるときに唐揚げを口に突っ込んできた黄島は本当に俺を傷つけたいと思っていたのだろうか。

 俺の家族に関して踏み込んできた黄島は、俺のことをどうでもいいと思っていたのだろうか。



 瞳を閉じて、深呼吸を一つする。

 目を開ければ、目の前には目元を赤くした黄島と妖艶な笑みを浮かべ俺に手を差し出す黒沼先輩の姿があった。

 黒沼先輩の手を見つめる。

 綺麗な手だ。汚れなんて欠片も知らなさそうな白い手。

 黒沼先輩の表情も、罪悪感やら世界の命運やらを背負わされて、苦しそうな黄島とはまるで違う。

 自由で優美な微笑みだ。


 きっと黒沼先輩の手を取れば俺は自由に欲望のままに生きることが出来るのだろう。

 花恋を俺のモノにして、やりたい放題やって、苦しい思いから逃げる。

 こんなにも楽で幸せなことはない。


 だけど、俺は黒沼先輩の手を取る代わりに一つの質問を投げかけることにした。


「俺が黒沼先輩の手を取れば、花恋を俺のモノに出来るって言いましたよね?」

「ええ、勿論よ。桃峰花恋だけじゃないわ。蒼井千冬でも、そこにいる黄島明子でもいいわよ」

「それって、どうやって俺のモノにするんですか?」

「人の心なんて簡単に変えられるでしょう? 痛み、恐怖、利益、他にもいろいろあるわ。それに、過程なんてどうでもいいじゃない。大事なのは、あなたの欲望が満たされることでしょう?」


 俺の言葉に黒沼先輩は何でもないようにそう答えた。

 その返答を聞いて、俺の決心は固まった。


「あら?」


 黒沼先輩の前を通り、驚きを露わにする黄島に近づく。


「黄島、驚いたぜ。洗脳だとか、鬼魔やら天精霊やら、アニメの世界かっつーの。でも、納得もいった。黄島が俺にたいして見せる苦悩の表情。あれの理由がよく分かった」

「千歳……今まで黙っててすまなかった」

「あー、謝る必要はない。黄島には黄島なりの事情があったみたいだしな。まあ、だからといって黄島のしたことを許せるかっていうのは別の話だ。悪いが、俺は黄島を許せない」


 黄島の表情が曇る。

 普段の強気な態度とは一転、今にも泣きだしそうな黄島の姿がブランコに座っていた長人と重なる。


 そこに、俺は黄島の言葉に嘘が無いことを確信した。


「だけど、俺は黄島を選ぶ」

「……え」


 黄島が目を丸くして、俺を見つめる。


「千歳春陽君、どういうことかしら? あなたは彼女より私の方が信用できると判断したのよね?」


 不快そうに黒沼先輩が俺を睨みつける。

 まあ、最後の最後でどんでん返しを食らったのだ。納得がいくはずがない。


「まあ、そうですね。でも、黒沼先輩のやり方は結局黄島がしていたことと変わらないでしょ?」

「……私が黄島明子と同じですって?」

「はい。被害者が違うってだけでしょ。黄島明子の場合は俺、そして黒沼先輩の場合はそれが花恋になるだけです」


 黒沼先輩の申し出は個人的に嬉しいものだ。

 俺と花恋の恋を純粋に応援してくれるなら、な。


 でも、そうじゃない。黒沼先輩は俺がされたことを花恋にしようとしているだけだ。

 俺が花恋を選んで、花恋も俺を選ぶ。それがいいんだ。


「黒沼先輩、俺には大嫌いな男がいます。そいつは、自分の欲望のために一人の女性を不幸にした。その女性から色んな未来を奪ってきた。俺は、そいつみたいにはなりたくない」


 その一言に黒沼先輩は目を丸くする。

 それから理解できないというような表情を浮かべた。


「分からないわね。桃峰花恋を自分のモノにしたくないの?」

「そもそも花恋は誰かのモノじゃありません。花恋が誰と結ばれるかは花恋が決めるべきで、そこを歪めるのは何があってもダメだ」

「それを桃峰花恋と美藤啓二をくっつけようとしていたあなたが言うのかしら?」

「俺がしてるのは啓二の背中を押してるだけです。花恋の思いを啓二の方に誘導しようとしたことは一度もない」


 俺の言葉を聞いた黒沼先輩はため息をつき、呆れたように首を横に振った。


「重症ね。まあ、でもあなたが私を選ばない理由は分かったわ。なら、何故黄島明子を選ぶのかしら? 彼女のしたことはあなたが嫌悪する行為でしょう?」

「そこに関しては否定しません。でも、黄島は自分がしたことを認めて、悩み苦しみながらもやり直そうと足掻いている。黄島がしたことを知っておきながら、それを別の誰かにしようとしている人よりは黄島の方が俺は好きだ」


 黄島は確かに俺に対してやってはならないことをした。

 でも、黄島は俺に謝った。二度としないと誓った。やり直したいと言った。

 なら、その言葉を信じる。


 選ぶのは俺だ。だから最後は、信用とかじゃなくて好きかどうかで決める。


 俺の言葉を聞いた黒沼先輩はキョトンとした表情を浮かべてから、口を開けて笑い始めた。

 思い通りに事が進まず、つまらないはずなのに、心底楽しそうに。


「あはは! なるほどね。やっぱりあなたはちゃんとシロの子供ね」

「シロの子供?」


 黒沼先輩の言いぶりが、まるで俺の父親のことを知っているかのようだった。


「まさか、黒沼先輩は俺の父親のことを知ってるんですか?」

「それが知りたければ私を選びなさいよ」

「それは遠慮します」

「そう、残念。あーあ、こんなことなら最後のルールなんて組み込むんじゃなかったわ」


 黒沼先輩がため息をつく。

 そして、天から渋みのある声が響く。


『ルール7.最終的な判断を下すのは千歳春陽である。これにより、今回のゲームの勝者は黄島秋子とする』


 その宣言と供に、法廷のようになっていた空間が崩れ落ちていく。

 崩れ落ちていく空間の中で、黒沼先輩の姿にも変化が表れていた。額には小さな二本の角が現れ、歯は鋭い牙へと変わる。

 身に纏うスーツはスリットの入た漆黒のドレスになり、首回りには白銀のファーマフラーが巻かれていた。


 法廷のような光景から、何も無い真っ白な空間が現れる。

 その空間の中で黒沼先輩は真紅の瞳を輝かせ、俺を指差す。


「力づくで強引にっていうのは品が無いから嫌いなの。でも、仕方ないわよね。欲しいものを手に入れるためだもの」


 その言葉と供に、黒沼先輩の指先から僅かな光さえ残さず飲み込むような漆黒の閃光が放たれる。

 目の前が真っ黒に染め上げられる。


 あ、これやばいやつ……。


 やられる。そう思った瞬間、夜空に浮かぶ月の如く輝く黄金が俺の視界に飛び込んでくる。

 そして、その黄金の光が黒い閃光を振り払う。


「千歳、大丈夫か?」


 そこには天使のような羽を背中に広げた黄島の姿があった。

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