真実②
ブックマーク、評価などありがとうございます!
「……ああ」
手を挙げたクロに秋子は「やっぱり来たか」と思いつつ、返事を返す。
質問する許可を得たクロは余裕の笑みを浮かべながら、席を立った。
「家族を守るために千歳春陽を犠牲にした。そうね、誰だって優先順位は存在する。二つに一つしか選べないのであれば、千歳春陽が選ばれなかったのも仕方ないことだと言えるわ。二つに一つしか選べなかったのなら、ね」
「……何が言いたい?」
「ねえ、黄島明子。本当に千歳春陽は恋心を諦めなくてはいけなかったのかしら?」
「それは……」
「例えば、千歳春陽が桃峰花恋に告白することがトリガーとなって世界が崩壊するならば、確かに彼は諦めるべきかもしれない。でも、あなたがさっき話していたことはどれもこれも伝聞でしょう? あなた自身、何の確証もないのに千歳春陽を犠牲にすることを選んだ。違うかしら?」
クロがそこで秋子の表情を見る。
クロの言っていることが全て事実であるがゆえに、秋子に否定することは出来ない。
押し黙る秋子の姿にクロは満足気に微笑み、法壇に座る三人の千歳春陽に近づいて行く。
「そもそもの話、黄島明子が協力している天精霊とは本当に人間の味方なのかしら? 黄島明子の話は全てが不十分で、天精霊に言われたことをそのまま言っているだけ。つまり、黄島明子は思考停止していたことになるわ。ろくに考えもせず、千歳春陽なんてどうなってもいい。そう考えていたんじゃないの? ねえ、答えなさい黄島明子」
「そんなこと思ってねえ!」
クロの問いかけに食い気味に秋子は否定する。だが、それすらも計算の内なのクロは順調と言わんばかりの満面の笑みを浮かべる。
その笑みに秋子は背中にうすら寒いものを感じた。
「思ってない、ねぇ。なら、聞くわ。本当に千歳春陽は桃峰花恋のことを諦めるべきだったのかしら?」
再度、クロが秋子に問いかける。
「……それは、違う」
「あらあらあら! おかしいわねえ! だって、あなたは千歳春陽の恋心を事実として踏み躙ってる。おまけに、千歳春陽に桃峰花恋を諦めるよう言っていたわよねぇ?」
本来、春陽と秋子しか知らないはずの情報が次々とクロの口から出てくる。
だが、それらは決して出鱈目なものではなく、全て秋子が実際にしてきたことに他ならない。
過去の行いが一斉に秋子の喉元に刃を突き立てている。
秋子にはそんな錯覚が見えた気がした。
「ああ」
「ほら。今は、黄島秋子の気は変わってるかもしれないわ。反省して、千歳春陽の思いを大事にしたいと思ってるかもしれない。でも、これが黄島明子の本質よ。仕方ない、と言い訳して碌に考えもせずに決断を下す。その裏で傷つく人がいるのに。ねえ、千歳春陽、私なら少なくともあなたの思いを踏み躙ったりしないわ。あなたのやりたいことも願いも全て叶えてあげる。私と黄島明子、どちらを信用するべきかよーく考えてね」
言いたいことを言い終えたのか、クロは自分の席に戻っていった。
席に着いたクロと秋子の視線が交差する。クロは秋子の頭上に目を向けると、視線を秋子から逸らして鼻で笑った。
対して、秋子の目にはクロの頭上に浮かぶ80という数値が目に見えていた。
(あたしじゃ、ダメだ……。千歳の思いを踏み躙ったあたしじゃ、今更どれだけ言葉を尽くしたって、千歳には届かない)
唇を噛み締め、視線を下げる。
秋子の胸を無力感と罪悪感が覆いつくしていく。
『双方、最後に言いたいことが無ければ判決に入る。判決は千歳春陽が黄島明子を許すか、否か。言いたいことがあれば挙手して発言せよ』
「私は無いわ。ここまでに出た材料が全てだもの」
勝利を確信しているのか、クロはそう言って椅子の背もたれに寄りかかる。
対して、秋子は奥歯を噛みしめ、目の周りを赤くしながら手を挙げた。
もう遅いかもしれない。今更、千歳には許してもらえないかもしれない。
それでも、伝えなくてはならないことがあるから、秋子は春陽を呼び出した。
今一度、秋子は覚悟を決めた。
『黄島秋子、発言を許可する』
天から響く声に小さく返事を返し、秋子は目の前にいる三人の千歳春陽を見据える。
三人の視線は冷ややかというより、最早興味が無いという様子だった。
その目を前にして、心が折れかけるが自分を奮い立たせ秋子は頭を下げる。
「千歳、本当にごめん」
以前、三人は興味無さげに秋子を見つめている。
「全部、そこの黒沼先輩の言う通りだ。あたしは碌に考えもせずに千歳を傷つけていた。千歳に桃峰を諦めるよう伝えたのも、自分の罪悪感を減らすためだった。あたしは、自分のことしか考えてなかった」
小さな声で、クロが「その通りね」と呟いた。
「だけど、千歳と関わっていくことで、あたしがどれだけ考えてなかったかを理解した。千歳はこんなあたしのことさえも思ってくれているのに、あたしは千歳のことを何も見ていなかった。見ようとすらしてなかった」
秋子が顔を上げる。両端の二人は依然として興味無さげに秋子を見つめている。
だが、真ん中の千歳春陽だけは秋子の目を真っすぐ見つめていた。
「自分の選択がどれだけ考えなしだったか痛感する中で、頭によぎるのは千歳の言葉だった。二者択一とは限らない。千歳の言う通りだ」
秋子の脳裏に千歳春陽が秋子にいた言葉がよぎる。
二者択一とは限らない。だから、考え抜いて生み出さなきゃいけない。
誰かに決められた選択肢の中から選ぶんじゃなくて、大切なものを一つでも多く拾える選択肢を自分で生み出す。
それが黄島明子の答えだ。
「あたしはもう一度選び直したい。千歳春陽はもうあたしにとって大事な人なんだ。だから、もう一度だけあたしにチャンスをくれないか……?」
秋子の懇願を最後に、静寂がその場を支配する。
誰も何も言えなくなっている中で、天からの声が降り注ぐ。
『判決へ移る』
天からの声が響き、秋子の目の前に100の文字が二つ横並びに写る。
そして、その数値が変化し始める。
片や、春陽から黒沼クロへの信用度を示す数値、片や、春陽から黄島明子への信用度を表す数値だ。
暫くして、数値の変化が終わり、天の声が結果を告げる。
『信用度、80対12で黒沼クロの方が信用できるという結論が出た』
その結論は黄島秋子の敗北を示していた。
秋子の視界が滲む。
その姿を法壇にいる三人の千歳春陽はジッと見つめてから、互いに頷き合う。そして、三人の千歳春陽が合体し、先ほどまでの人形のような姿ではなく正真正銘本物の千歳春陽が法壇の前に立った。
「あはっ。あはははは!! はい、これでお終い。あなたの意思なんてどうでもいいのよ。所詮、人間も獣に過ぎないわ。突き詰めれば自分の欲望が何より大事」
満足のいく結果に、クロは高笑いしながら法壇へと近づいて行く。
「誰だって自分の願いを踏みにじる存在より、叶えてくれる存在に心惹かれる。特に、私たち鬼魔と呼ばれる欲望に忠実な存在なら猶更そうだし、私たちに近しい存在の千歳春陽だってそう」
クロの言い方では、まるで千歳春陽もクロ同様鬼魔と呼ばれる人外の存在だと言っているようだった。
秋子は目の前の結果から目を逸らしたい気持ちを必死に抑え、自分のしでかしたことの大きさをその目に焼き付けていた。
そんな秋子の様子を詰まらなさそうにクロは鼻で笑う。
「ふん。まあ、何はともあれあなたは選ばれなかった。千歳春陽が選んだのは私。さあ、千歳春陽。一緒に自由に生きましょう。桃峰花恋でも母親でも誰でも、あなたのものにすればいいわ」
その言葉と供に、クロは千歳春陽に手を伸ばす。
その様子を秋子はただ黙って見ていることしか出来なかった。
よろしければブックマーク、評価などお願いします!




